鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる
<もし、鍛冶スロが異世界ファンタジー学園モノだったら お祭りの日>
白亜の塔にその人影はあった。眼下を見下ろし、比較的ピッチリした服に褐色の肌を包んだ容姿端麗なその姿はこの施設の長のもの。
カラーンカラーン、と鐘の音が響く。ここは王国にある学園、そして人影は学園長である。 生徒の自主性は重んじるが、道を踏み外しそうな生徒には苛烈とも言える態度で接することから、彼女は“魔王”と綽名されていた。
普段はそれこそ夜叉の如き顔になることもあるが、今日は多少羽目を外しても目くじらを立てずとも済む。
可能なら丸一日何も言わずに済ませたいところだが、ある程度は発生してしまうだろうことを思って、“魔王”は小さくため息をついた。
同時刻、別の場所で小さくため息をつく姿があった。
「やれやれ」
ため息をついたのはやや目つきの悪い中年の男性。もちろん、彼はこの学園の学生ではない。学園の設備や用具その他の修理をしている用務員である。
ここは彼の仕事場であり作業場であり、つまりは戦場でもある用務員室。
そして、彼の目の前にはやや乱暴に扱われ、少しその姿を損なってしまっている器具の数々が並んでいた。
「おーっす! エイゾウ! ……ってなんだこれ!?」
勢いよく扉を開けて用務員室に虎の獣人の娘が飛び込んできた。
「サーミャか。ノックしろって言ってるだろう。見ての通りだよ」
「うへぇー」
用務員――エイゾウが言うと、サーミャが肩をすくめた。
「これ全部今からか?」
「いや」
エイゾウは首を横に振った。
「“魔王様”からは『2~3日中で問題ない』と言われてる。まぁ今日はお祭り……大祭だからな」
この日は外部から家族や街の人を招いて、学校でお祭りをする大祭の日。有り体に、地球の言葉で言うならば“学園祭”というやつである。
エイゾウの前に死屍累々とばかりに転がっているのは、その準備の際にこき使われた道具たち。
長らく出番がなかった道具たちを、勝手がよく分かっていない者たちが扱えばどうなるかについて、火を見るより明らかではあったが、実際にこうやって見るとややいたたまれない部分もある。
それで飛び出したのが小さなため息だったというわけだ。
とは言え「道具は使われてナンボ」という信条も持ち合わせているエイゾウにとって、特段恨むべきものでもない。
怪我をしない程度に扱いについての指導はしたが、それ以上は「生徒に任せよ」との言も“魔王”からはいただいている。
生徒たちにはこういった道具を扱うことの難しさや失敗も経験して欲しいからとのことだったが、エイゾウもそれには深く同意していた。
それもあって、修理すべき道具の多さは気にならなかった。ここにある道具の数はすなわち、それだけの数の生徒が経験を積んだということなのだから。
「これ全部修理するのか?」
「もちろん」
エイゾウは頷いた。これらの修理は彼の領分で――実はこういった修理は好きだからだ。
用務員である彼はクラスを受け持っているわけでもなければ、分担されている作業もないため、いつも通りに一日中時間が確保できる。
であれば、彼の腕なら復活の時を待つ道具たちを、今日中にすべて蘇らせられるだろう。
それでもいいな。明日に残す必要もあるまい。教師たちはともかく、エイゾウはそう思って腕まくりをした。
そのまくり上げた腕をサーミャがつんつんとつついた。エイゾウがサーミャの方を見ると、彼女は少し上目遣いでエイゾウを見上げている。
「なんだ?」
「エイゾウは今日は暇なのか?」
もじもじしながら、サーミャは言った。エイゾウはそれを見て微笑んだ。
「暇……と言うには仕事があるが、急ぎではないから時間はあるぞ」
それを聞いて、サーミャは目を輝かせる。
「じゃあさ、一緒に回ろうぜ!」
「俺と? クラスの友達と一緒じゃなくていいのか? それかリケとかディアナとか、リディとかアンネもいるだろ。先生だけどヘレンも」
サーミャは学生である。当然、同じクラスの友達がいて(エイゾウは放課後にサーミャから友達の話を何度も聞いていた)クラス外にも仲のいい友達がいた。
エイゾウが名前を挙げたのが、その仲のいい友達だ。主に運動を教えているヘレンは教師だが。
エイゾウの言葉を聞いたサーミャがわずかばかり頬を膨らませた。
「そうじゃないんだよなぁ」
小さな、エイゾウに聞こえないくらいの声でボソリとサーミャが言う。
エイゾウがそれに気がついた様子はなかったが、指先で頬を掻いた。
「ま、時間はあるし、俺でいいなら」
「ホントか!?」
再び目をキラキラと輝かせるサーミャ。エイゾウは静かに頷く。
生徒と学園の大人とが仲良くしている、というのはあまり褒められた行動ではないのだろう。
しかし、彼女の学園での時間はまだかなり残っている。
彼女がそのうちの1回を普通とは少し違う人との思い出にしてもいいと、選んでくれるのならそれは素直に光栄に思うべきなんだろう。
エイゾウはそう思い、サーミャに腕を引っ張られるままに用務員室を出て行った。
「剣術演舞……」
この学園には剣技場がある。広いため、今日の学園祭ではいろいろな催しものの舞台としても活躍しているのだが、今やっているのはそのものズバリの内容であるという告知だった。 少しだけ腕に覚えがあり、そういったものを見るのが嫌いではないエイゾウがそれに目をとめたのだ。
「誰が出てるんだろうな」
「ええと……」
サーミャが出演者のところを指でなぞって確認し、その片眉が上がった。
「ディアナが出てる」
「ええ……。ってそりゃそうか。確か得意って話してたし」
サーミャの仲のいい友達はよく用務員室にやってくる。作業の依頼だったり、なぜか駄弁っていたりと様々だが、ディアナもその中の一人だ。
「ちょっと見ていくか」
「うん」
エイゾウとサーミャは優美に、舞うように剣を振るうディアナの姿を思い浮かべながら剣技場に入る。
中は彼らが思ったのとは大きく違う喧噪に包まれていた。
喧噪の中心がディアナであることは想像と違ってはいなかったのだが、その喧噪の種類と彼女がしていることが想像とは全く異なるものだったのだ。
「どうしてディアナとヘレンが打ち合っているんだ?」
「さあ……」
エイゾウのつぶやきにサーミャは首を傾げた。剣技場の中心ではディアナが剣を振るい、それをヘレンがいなしている。
ガキンと音が響き、火花が散るたびに観客が沸き立つ。まるで熱い鉄を打つときのようだなと、現実逃避気味にエイゾウは思った。
「どうしたどうした! もっといけるだろ!」
「くっ!」
大声で煽るヘレンに綺麗な剣筋で攻撃を繰り出すディアナ。勢いは鋭く、刃が落としてあっても、そのまま斬れてしまいそうだ。
「なんと言うかこう……」
言ったエイゾウをサーミャが見上げる。
「これはこれで見所はあるが、剣舞ってよりは剣の稽古か試合だな」
「そうだな……」
サーミャは小さくため息をついたが、すぐにクスリと笑った。今度会ったときに詳細を聞こうと思い、すぐにアタフタするディアナの姿を思い浮かべたからだ。
「真剣にやってるし、他を回るか……」
「だな」
剣劇の響きと大きな歓声を背に、エイゾウとサーミャは剣技場を後にした。
「お、リケだ」
学園の広場のそれを見つけたのはサーミャだった。
「そう言えば、やるって言ってたなぁ」
エイゾウとサーミャの前には、広げた布の上に所狭しと並べられた様々な品。片隅には「蚤の市」とある。
体裁上は不要品を売っていることになっているし、実際それに近い状態ではあるのだろうが、正確な実態はそれとは違っていそうだなと、エイゾウは小さく苦笑した。
「あ、サーミャと親方!」
「よう」
2人を見つけたリケが手を振る。サーミャが大きく振って返し、エイゾウはかなり控えめに振った。
「親方はよしてくれよ。これ、不要品ってあるけど、リケが作ったもんだよな?」
エイゾウはリケに尋ねる。どれも作っているところを見た記憶があった。
他のドワーフの生徒もそうなのだが、彼女も申請をしているので課外授業として工作室の道具で、何かを作ることを認められている。
手に職、という点ではそれ以上のものもないのが理由で、大抵のものは工作室でなんとかなる。
だが、物を作ったり修理したりすることに詳しい先生となると、これは工作室に常備というわけにもいかない。
それもあってリケは「修理の跡が分からないほどの凄腕」がいるという用務員室に入り浸るようになり、エイゾウからアドバイスをもらっているうちに「親方」と呼ぶ(エイゾウは「そんな良いものではない」と言っているが)ようになった。
「ええ。習作なので」
リケは頷いた。習作とは言っても十分実用に耐えうる品質のもので、例えば捨て値と言っていい価格で置いてあるナイフも、街に出て同じ品質のものを探せば2倍ほどの価格で並んでいてもおかしくはない。
何でもないことのように言うリケにエイゾウは苦笑した。これが大量生産されたらと考えると空恐ろしい。
しかもこれが習作であるというのだから、彼女の目指す製品ができたときにはとんでもないことになるのではないか。
「ほどほどにな」
エイゾウはそう言うのが精一杯だった。言われたリケはと言うと、一瞬キョトンとしたあと、満面の笑みで、
「わかりました!」
と応える。わかったのかわかっていないのか、エイゾウには判断がつかなかったが、出店が許可されたということは学園的には問題ないのだろうと、その場はヒラヒラと手を振って離れることにした。
「ちょっと腹が減ってきたな」
「食堂に行くか」
「そうしよう」
エイゾウとサーミャが2人でそう言ってやってきた食堂。いつもはなんと言うことのない(しかし、味と栄養、そして量は太鼓判の)メニューが並んでいるのだが、学園祭とあってこの日は一風変わったメニューも並んでいた。
「なになに、“ドワーフの炭焼き風パスタ”か」
「こっちは“リザードマンの焼き魚定食”だって」
2人でなぞりながらメニューを見ていく。王国には様々な種族が住んでいるが、他国からの留学生も受け入れているとあって、より多種多様な種族がいた。
そして、今日の食堂に並んでいるメニューはそんな彼らの“故郷の味”がたくさんあった。
ふと厨房を見ると、料理の腕自慢なのだろう生徒達が慌ただしく動いていた。ドワーフ、獣人、リザードマンにマリート、そして巨人族にエルフ。
それを目にして、エイゾウは思わずつぶやいた。
「……巨人族にエルフ?」
この学園にも巨人族はかなりいる。ざっくり1学級に1~2人くらいで、物珍しいと言うことはない。
物珍しいのはエルフの方だ。彼らは事情があるとかであまり住んでいる森からは出てこない。
しかし、それでは他種族が学園で学んで知っていることをエルフ達だけが知らない、と言うことにもなりかねず、その対策として数年に1人程度を入学させている。
タイミングさえ合えば、同じ時間をエルフと過ごせるため、入学の時には倍率が跳ね上がるのがご愛敬なのだと、エイゾウは修理を頼みに来た教師から茶飲み話として聞いていた。
つまり、今厨房であまり見かけない野菜を切ったり、その煮え具合を確かめたりしているしているエルフの少女(実際にはエイゾウよりも年上だろうが)はその希少なエルフの1人なのである。
そして、エイゾウにはその少女に見覚えがある。いや、彼女だけではない。彼女を補佐している巨人族(正確には人間と巨人族の間の子だが)の少女にも見覚えがあった。
「アンネとリディじゃないか」
その答えはサーミャの口から出た。巨人族のアンネとエルフのリディはサーミャの友人でもある。
忙しくしているアンネとリディはこちらに気がついた様子はない。
「何のメニューだろう……“エルフ野菜のスープ”か」
エイゾウがなぞった先にこれもやはり見覚えのある筆跡でそう書かれたメニューがあった。
「美味いのかな」
「そりゃ、リディが育てた野菜だろうしなぁ」
サーミャの言葉にエイゾウが肩をすくめた。
エルフのリディは学園で野菜を作っている。学園にはかなり大きい菜園があり、その一角がリディの「エルフ菜園」になっていた。
そうなった経緯は様々あるが、つまるところ「みんなエルフの作る菜園が見てみたかった」の一言に尽きる。
その期待に応えた、と言うわけでもないのだろうが、あまり王国では見かけない野菜(とその花)ができて、ちょっとしたお祭り騒ぎになったことをエイゾウは思い出す。
「で、なんでアンネが……」
「さぁ……」
今度はサーミャが肩をすくめる番だった。アンネが帝国からの留学生であることも、巨人族であることもいずれも珍しくはない。
アンネは帝国の皇女である。第七皇女であるため、皇位継承権こそかなり末席ではあるものの、それでも帝室に名を連ねる者であることに変わりはない。
その彼女がエルフであるとは言え、一般の生徒を手伝う理由はあまりない。
しかし、当の皇女殿下はいい笑顔で野菜を切ったり、それを鍋に放り込んだりしている。
エイゾウはそのアンネと目が合った。「あら」と言わんばかりに目を丸くした後、にっこりと微笑むアンネ。すぐにポンポンと隣にいたリディの肩を軽く叩き、エイゾウを指さす。
ヒラヒラと手を振るエイゾウ。リディはエイゾウを見つけると、ぱっと花の咲くような笑顔を浮かべた。
「注文させてもらうよ!」
「アタシも!」
エイゾウとサーミャが手を挙げながら言うと、リディは一層の笑顔を浮かべて頷き、鍋に戻った。
「おお」
「おお~」
エイゾウとサーミャの前には赤いスープがあった。普通のパンも添えられている。
スープにはズッキーニのような野菜やパプリカのような野菜、ジャガイモや芽キャベツみたいなものもゴロゴロと入っており、スープのベースになったトマトのような野菜のいい匂いがしている。
この世界のトマトのような野菜はかなり原種に近い――つまりあまり食用に適するような味ではない――のだが、そうではなく普通に食べられるのがエルフ野菜ということなのだろう。
「いただきます」
「いただきまーす」
エイゾウとサーミャは北方流の食事の挨拶をして、スプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
口の中に広がるのは少し青臭さを残しながらも、しっかりとしたトマトのような野菜のうまみにパプリカのような野菜の甘み、ズッキーニのような野菜のわずかばかりにトロリとした食感には、ほくほくとしたジャガイモのようなものの食感が一緒になっていて……
「うまい!」
「うん、自信をもって出すだけあるな」
サーミャが目を丸くし、エイゾウがしみじみと頷きながら味わう。
何を隠し味にしているものか、おそらく野菜だけなのだろうが、複雑な奥行きのある味わいがある。普段からメニューにあれば大人気は必至だろう。
「うふふ、ありがとうございます」
いつの間にか2人のそばに近寄っていたリディが笑いながら言った。
「あれ、リディ」
「材料が無くなっちゃったんで」
リディはそう言ってチロリと舌を出した。
「ああ、エルフ野菜も限りがあるってことか」
「ええ。菜園の広さも限られてますから」
頷いて、エイゾウの隣に座るリディ。こういうところ、抜け目がないのだよなとサーミャは思ったが、それは口に出さず、もう残り少なくなってきたスープを口に運んで一緒に飲み下してから言った。
「そういえば、なんでアンネが手伝ってるんだ?」
「多分、気まぐれでしょうねぇ」
「ええ……」
困惑の顔をするサーミャ。それを見てリディはクスリと笑った。
「冗談です。“後学のために、こういうのも経験しておかなくちゃね。他の人だと畏れ多いとかってやらせてくれないけど、リディは違うでしょ?”と頼まれまして」
「なるほど、断りにくい頼み方だ」
エイゾウはニヤッと笑った。皇女殿下らしいというかなんというか。本心が含まれているであろうことが窺えるあたりは、随分と丸くなったものだ、と彼は思った。
確か、知り合ってそう経たない頃は、周囲に心許していない感じをかなり受けた。エルフと皇女殿下と「この学園には2人といない」属性もあったのだろうが、仲の良い友人として過ごしているなら良いことだ。
また今度、アンネに今日の感想でも聞いてみるか、そう思いながらリディに礼を言い、休憩を終えて後片付けに戻ると言う彼女をエイゾウとサーミャは見送った。
「さて、それじゃあ次はどこに行こうか?」
「そうだなぁ……」
そんな会話を交わしながら、祭りで賑わう学園を2人はゆっくりと歩く。
それはまるで、2人で森の中でも散歩するようだったと、見たものは噂するのだった。
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