異世界ウォーキング/あるくひと

  <歓迎の言葉とお別れの時>



「ウルフを見たんですか?」


 フリーレン聖王国の聖都から別々に旅立ち、テンス村で合流した俺たちは、そろそろ次の目的地であるエーファ魔導国家へ向かおうと思っていた。

 少し長居をしてしまったのは、ミアが村の手伝いで頑張り過ぎて体調を崩したからだ。聖都でミアが巻き込まれた、ある事件の影響も少なからずあったのかもしれない。

 そんな俺たちのもとにやってきたのはエルク。俺よりも少し年上のその青年は、今ではテンス村の警備隊長だ。本人は農作業の方がいいとは言っているが、今は人手不足のため仕方なく警備隊長をやっているみたいだ。


「ええ、それで言いにくいんですが……」


 エルクはチラリとヒカリの方を一度見て、頭を下げてきた。

 実はテンス村を旅立つことを知った村の人たちが、北の森で降臨祭が行われるこの時期にしか採れないという珍しいキノコを用意して、振る舞ってくれることになっていたからだ。

 どうやらそれがウルフの出現により採りに行けなくなってしまったとのことだ。

 ヒカリを見て謝ってきたのは、ヒカリが物凄く楽しみにしていたのを知っていたからだろう。

 事実それを聞いたヒカリは、ショックを受けているようだ。同じくもう一人、もといもう一匹もワナワナと震えている。精霊のシエルだ。いつもならピンと伸びている耳が垂れさがっている。

 ミアがヒカリを慰めれば、シエルも仲間に入れてとばかりに二人の周りを飛んでいる。

 ちなみに一般の人は精霊を見ることが出来ないため、エルクからは見えていない。


「どれぐらいの数がいたのさ?」


 とエルクに尋ねたのはセラだ。

 エルクの説明によれば、二〇体以上はいるとのことだ。遠目でウルフの群れを発見し、危険だと思ってその時は離れたが、その後の調査で分かったそうだ。

 ちなみにその調査で活躍したのが元冒険者の奴隷の一人、ボルト。ハウラ奴隷商会のドレットから購入した者だ。

 ここフリーレン聖王国では奴隷はあまり歓迎されない風潮があるようだが、ここテンス村はそうでもないみたいだ。

 もちろん最初は戸惑う者もいたが、その勤勉さで、まだそれほど時間が経っていないのに徐々に信頼を得始めている。

 特に男性陣は、女性が多いこともあって我先にと良いところを見せようと躍起になって頑張っているように見えた。呆れたような視線を向ける者もいるが、こればかりは仕方ないよね。


「主、ウルフは滅ぶべき!」


 ショックから立ち直ったヒカリがやってきて宣言した。

 確かにウルフを討伐して安全が確保出来ればキノコ採取は出来ると思うが……。

 何かその言い方が、全てのウルフを狩り尽くそうと言っているように聞こえたのは気のせいだよね?


「とりあえずエルクさん。今村にいる商人で、武器や防具を扱っている人がいないか探してください。居たらその人から装備を購入しましょう」


 今奴隷の人たちが使っている道具は、村で搔き集めたものが殆どだ。一つの装備を交代で使用しているのが現状だ。魔物と戦う以上、全員分の装備をこの際揃えた方が良いだろう。

 安全を考えればもっと早くに取り組むべきことだが、今のテンス村の状況を考えると優先順位が低かったんだよな。一応派遣された警備兵もいたから。


「分かった。村長にも言った方がいいかな?」

「そうですね。予算のこともありますし、相談した方がいいでしょう」


 エルクの言葉に俺は頷いた。

 お金は俺の方で出してもいいが、何でもかんでも与えすぎても相手の負担になることだってあるからな。

 もっともこの時期でしか食べられないというキノコを入手するためなら、出資する意味はあると思う。ヒカリたちはもちろんのこと、俺だってどんなキノコか気になっている。

 限定や珍しいものって言葉は、人の心を惹き付ける魔法の言葉だ。


「主様、ウルフ程度ならボクが狩るよ?」

「うん、セラ姉と二人で十分」


 確かに二人の強さを考えれば、他の人たちの手を借りるまでもないと思う。俺も参加すれば安全に問題なく狩れるはずだ。ただ……。


「今後のことを考えたら、村の人たちで出来ることは自分でやってもらった方がいいと思う。俺たちだっていつまでもここにいるわけじゃないだろう?」

「そ、そうですよ。ヒカリちゃんにそんな危険なことはさせられません!」


 ミアはミアでヒカリのことを心配しているようだ。

 幼い外見からは想像出来ないが、ヒカリの戦闘能力は高い。出会った当初は俺を圧倒する強さがあったほどだ。

 ただミアは実際にヒカリが魔物と戦っているところをまだ見たことがないからな。一応模擬戦は何度か見て、その強さは分かっているとは思うのだが……。


「とにかく、だ。今回俺たちは補助に回って、エルクたち村の人たちに活躍してもらおう。そうすればまだ奴隷に懐疑的な人たちへも、良いアピールになるだろうし」


 その言葉で俺の意図を察したセラは、少し嬉しそうだった。

 やはり奴隷期間の長いセラにとって、短い期間だが一緒に過ごした奴隷の待遇が良くなることは嬉しいみたいだ。

 セラが前いた環境はかなり特殊なような気もするが、それでも思うところはあるのだろう。



 その翌日。早速装備を新調した一行は、まだ日が昇る前から森の中に入って行く。

 ボルトを先頭に、まずはウルフを目撃した場所まで移動した。

 ドレットから購入した奴隷には、元々冒険者をしていた者の他に、町で警備兵をしていた者たちもいる。

 元冒険者の人たちはそうでもないが、元警備兵の人たちは魔物との戦闘経験がないみたいで少し緊張しているようだ。

 顔が強張っているのが俺でも分かった。


「この辺りでウルフを目撃したみたいなんだ」


 エルクの言葉に痕跡を調べていたボルトが、皆に指示を出して誘導を開始した。

 ボルトは俺たちみたいに探索系のスキルはもってないそうだが、足跡や木々につけられた傷跡からウルフのいる方を導き出したようだ。

 分かるものなのかと思うが、実際ボルトが向かう先にウルフたちがいるのは確かだ。

 凄いと思う反面、これ程の能力のある人でも運が悪いと簡単に奴隷になる世界なんだと、改めてこの世界の過酷さを教えられた。

 ちなみに今回俺たちが口出ししないのは、出来るだけエルクたちだけでウルフの討伐をさせるためだ。もっとも俺のMAPには三〇体近いウルフが表示されているから、戦闘が始まったら手を貸す予定だ。


「その予定だったんだけどな……」


 実際は俺の出番はなかった。

 ボルトは罠の達人でもあったようで、戦闘開始前にウルフ用の罠を上手いこと設置していく。

 その手際にはエルクたちだけでなく俺も驚かされた。いや、そもそも罠とか作らないで向かってくるものを狩るスタイルだしな、俺。うん、勉強になる。

 けどヒカリがそれを瞬く間に吸収して覚えていく。皆に褒められてちょっと得意げに胸を反らす姿は、可愛いかったとだけ言っておこう。ボルトも驚いていた。

 最終的にウルフたちを上手く罠地帯におびき寄せ、罠で半数以上のウルフが脱落し、残りは普通に正面から戦った。

 元冒険者たちは問題なく狩ったが、町で警備兵をしていた面々は慣れない魔物の動きに翻弄されていた。それでも力を合わせて傷を負いながらも打ち負かせば、そこには笑顔があった。

 エルクも堂々と戦っていた。本人は否定するだろうが、警備隊長のままでいいと思う。指示を出す様は決まっていた。

 俺はミアの護衛をしていたから前線に出てウルフと戦うことはなかったし、ヒカリとセラは危ない人の援護に回って少しだけ活躍していた。ミアは手に持った杖をギュッと握っていて、戦闘中は終始緊張した様子だった。

 狩りが終わればウルフの死体を回収し、負傷者はミアのヒールで治療した。

 その後村まで戻って遅い朝食というか早い昼食を食べたら、今度はキノコ狩りのため再び森の中に入った。

 今度は村の女性陣の出番だ。

 もちろんエルクと数人の男たちが護衛についてきた。残りはウルフの血抜きと解体のためお留守番だ。



「大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫よ」


 俺が声を掛けたのはミアだ。

 ヒカリとセラは大丈夫だと思うが、ミアは体力的に心配だ。近くで魔物との戦いを見て、さらにはウルフの死体を見て顔を青くしていた。俺も最初の頃は慣れなかったからな。

 村で休んでいてもいいと言ったのに、頑なに一緒に行くと言うから連れてきた。それでつい最近体調を崩したんだが……一度何処かで話し合った方がよさそうだ。


「ミア姉こっち! 主、たくさん採ってくる!」


 そしてそんなミアは、ヒカリに手を引かれてキノコを探しに行ってしまった。


「ミアもきっと必死なのさ」


 その後姿を心配して見ていたらセラが話し掛けてきた。


「どういうことだ?」

「主様と一緒にいたいってことさ。あとは役に立ちたいってとこかな?」


 俺が首を捻れば、


「ま、自分で考えればいいさ」


 と詳しいことは何一つ教えてくれず、ヒカリたちの後を追っていってしまった。

 ルリカやクリスのことを話したことで多少は距離が縮まったかと思ったが、まだまだ心を開いてくれるには時間がかかりそうだ。

 ちなみにルリカとクリスというのはセラの幼馴染で、俺にとっては冒険者の基本を教えてくれた先輩である。

 俺がある意味この世界で生きてこられたのは、二人との出会いが大きい。


『で、シエルはキノコ探しに行かないのか?』


 一匹残ったシエルに念話を飛ばせば、長い耳で肩を叩かれた。

 一人残された俺を慰めてくれるのか? と思っていたら、一緒にキノコを探そうと誘ってくれたようだ。

 優しいんだな。普通ならヒカリと一緒に探しに行きそうなのに。

 シエルは精霊のため、普通の人には見ることが出来ない。

 ヒカリたちも最初は認識することが出来なかったが、俺と奴隷契約を結んだことでシエルのことが分かるようになった。

 そのため周囲に他の人がいる場合は、シエルに話し掛ける時は念話だ。普通に話すと独り言を言っているようにしか見えないからだ。

 シエルが自由気ままに森の中を飛ぶ傍ら、俺は鑑定を使ってキノコをはじめとした食材を探す。

 鑑定があれば毒があって食べられないものも一目で分かるから便利だ。


『シエル。それは見た目綺麗だけど毒があるからな』


 シエルには注意するがそれも回収する。錬金術で役に立つアイテムを作れるかもしれないから。アイテムボックスに余裕があるから出来ることだな。

 テンス村の娘ネイによれば、傘の内側に赤い斑点があるのが例の珍しいキノコという話だ。

 一見すると外見は普通のキノコと変わらないため、一々傘の中を確認するのが手間だと言っていたが、俺はキノコの名称を教えてもらっているから鑑定すれば一目で分かるから楽だ。

 ただ珍しいというだけあって最初はなかなか見つからなかったが、一つ見つけると周囲に複数生えていたからそれなりの数を回収出来た。

 それからもシエルと一緒に森の中を歩いて、食材を次々と確保していく。ただ珍しいキノコ以外の食材は採り過ぎないように注意する。

 そして思った。シエルが俺を誘ってくれたのは、荷物持ちが必要だったからかもしれないと。

 楽しそうに右に左にキノコを探す姿を見ると、それは邪推のし過ぎかな? と思ったが、実はその通りだった。

 それが分かったのはヒカリたちと合流してからだった。


「主見て。こんなに採れた!」


 嬉しそうに言うヒカリの持つ籠の中には、たくさんのキノコが詰まっている。珍しいキノコもそれなりの数を採っている。キノコの他にも木の実や山菜のようなものもある。

 シエルがクイクイと耳で俺に何かを訴えている。

 こちらも見せろということか?

 俺たちが採取した量は、ちょうどヒカリたちの倍近くある。シエルが人のいないところに連れていったから、採り放題だったというのもある。薬草採取の時もそうだったが、鑑定の力で何処に何があるか近付くと一目で分かったというのが大きい。

 もちろん採り過ぎないように注意しても、これだけ採れたのだ。

 俺が見せるとシエルが自慢するようにヒカリの前でピンと耳を伸ばした。

 ヒカリはそれを見てぷくっと頬を膨らませた。

 そんな一人と一匹の姿を見てミアとセラが苦笑を浮かべている。


「なあ、何かあったのか?」


 俺がミアに尋ねたら、ヒカリとシエルでキノコをどちらがたくさん採れるか競争していたと言う。

 いつの間にそんなことを話した……もとい意思の疎通を図ったんだ?


「シエル……」


 俺は非難するようにシエルを見た。

 だからあんなに俺を急かせたのか、と。

 ただその反面、そもそもシエルだけじゃキノコを持って帰れないから、競争をすること自体無理があったと思う。


「ヒカリ頑張ったな。それじゃネイさんたちにこれを渡してこよう。きっと美味しく料理してくれると思うし」


 俺が頭を撫でれば、どうやらヒカリの機嫌も直ったようだ。

 シエルもヒカリに謝罪したのか和解したようだ。傍から見たら戯れているようにしか見えないが。

 ヒカリとシエルは食を通じて大の仲良しになったから、さっきのも本気で対立したわけじゃなかったようだ。

 きっとヒカリたちにとっては、競争もコミュニケーションの一つだったんだろうな。



「それでは皆さん。今夜は新たな仲間を迎えるための歓迎会ということで……乾杯!」


 村長のマハトの音頭で宴会が始まった。

 雲一つない満天の星のもと、お祭り騒ぎだ。

 最初は俺たちの送別会云々の文言も入れるとのことだったが、それは丁重に断った。既に村の人たちからは感謝の言葉はもらっているから。

 それに今まで必死に村に馴染もうとして頑張っていた元奴隷の人たちにとって、村長の言葉は嬉しいに違いない。席も中心近くに用意されているみたいだしね。

 ちなみに今回振る舞われるお酒は一杯だけ。特に元奴隷の人たちや男たちの中には、あとで見張りの交代をする人がいるからだ。

 なお最初に仕事に就いていた人に関しては、もう少し振る舞うお酒の量は増えるみたいだが、飲み放題というわけにはいかないそうだ。お酒がそこまでないというのも理由の一つだ。ある意味お酒は、今のテンス村にとっては贅沢品だしな。

 それと村人に混じって、聖都の方から避難してきた商人や旅人たちの姿もチラホラ見える。

 聖都での一件は既に終わっているが、それを知る前に聖都を脱出した人たちのようだ。

 大量のウルフ肉が手に入ったのもあって大判振舞をしている。これには今後もテンス村をよろしくお願いしますという狙いもあるようだ。大変な時に手を差し伸べてもらうと、強い恩を感じるからな。

 特に慌てて避難して碌な食料が手に入らなかった人たちにとっては、ご馳走に違いない。

 話を聞けば携帯食で食いつないできた人が大半を占めていたようだし。



「主、これ美味しい!」

「肉厚で味がしっかりしているさ」


 ヒカリは両手にキノコと肉が交互に刺さった串を持ち頬張り、セラはゆっくり味わいながらそれぞれ楽しんでいる。

 シエルもお皿に載った串焼きキノコを食べて、満足そうに深く頷いている。そしてお皿が空になったら、次の料理を要求するのも忘れない。耳で皿を叩いて催促するのはやめような。

 本当は中央の目立つところに席を用意されたが、それだとシエルと食事を一緒に食べられないから丁重に断った。その分村の人たちと長いこと挨拶を交わすことになったがそれは仕方ない。心からの感謝を無下にすることも出来ないから。

 それにその申し出を、何故か村の女性陣が賛成に回ったことでマハトも折れた。村長とはいえ、やはり女性を敵に回す訳にはいかないみたいだ。

 思えば村に到着してからミアは村の女性と一緒に家事などの手伝いをし、ヒカリとセラは元奴隷の人たちと活動する時間が多く、四人と一匹でゆっくり時間を過ごすことが少なかった。

 だから気心の知れた仲間たちと一緒に楽しめるように気を遣ってくれたのかもしれない。

 だから今は四人で料理を囲って座っている。シエル用の料理が他の人から見えないように配置するのも忘れない。


「はい、ソラもどうぞ」

「ありがとう」


 俺はミアから料理の一つを受け取った。

 これは一度焼いたキノコの傘の中に肉や野菜を軽く炒めたものを詰め込み、キノコのだし汁で最後に蒸し焼きにしたものだそうだ。

 今回俺は料理を一切していない。手伝おうとしたら断られた。

 お客さんなんだからと言われたが、ミアは連れて行かれたんだよな。

 拳大のそれをナイフでカットして、それを食べようとしてミアがこちらをジッと見ていることに気付いた。無言の圧が強い。まるで早く食べて食べてと言っているかのようだ。

 俺はミアの視線を気にしつつ一口食べた。

 濃厚なキノコの味と炒め物の旨味が口の中に広がり、思わず声を上げそうになった。


「ど、どうかな?」

「……うん、美味しい」


 それは素直な感想。それを聞いたミアははにかんで自分も食べ始めた。

 もちろん俺の呟きに反応したヒカリとシエルもキノコの肉詰め料理みたいのを要求してきた。


「そう言えば、さっきネイさんたちと何の話をしてたんだ?」


 俺がふと尋ねると、何故かミアは顔を真っ赤にした。

 お酒は飲んでないと思うが、何処か具合が悪いとか? 確かにミアにしたら、今日一日はハードだったに違いない。結構な距離を歩いたし、魔物との戦闘もあった。さらにはその後にキノコ狩りもしたし、休む暇もなく料理もしたからな。


「えっと、もうすぐお別れだから少し話をしたの」


 ミアはそれだけ言って、黙ってしまった。

 確かに四人の中で、一番村の人と交流していたのは間違いなくミアだった。失敗も多かったようだが、楽し気に話しているのを何度も目撃している。

 比較的近くに座る村の女性たちがこちらをチラチラ見るのは、そんなミアとの別れを惜しんでいるからなのかもしれない。

 俺もこの世界に来て多くの出会いと別れを繰り返してきた。その中にはもっと一緒にいたいと思える人も多くいた。

 だからミアの気持ちも少しは分かる、と思う。


「何だったらあの輪に入ってきてもいいぞ?」

「……ううん、ここで大丈夫よ」


 ミアはそう言うが、いつの間にか大きな焚火の周りを踊り出した村人たちをチラチラと見ている。

 この村の惨状を知る者の一人として、その光景は感慨深いものがある。誰もが笑い、心から喜んでいる。その中には村人だけでなく、元奴隷たちの姿もあった。

 もちろん全ての傷が癒えた訳じゃない。それでも前に進もうという気持ちは伝わってくる。


「せっかくだし主様たちも踊ってくればいいさ」


 そんな俺にセラが意外な提案をしてきた。


「俺たちが?」


 ミアを見ると少し期待するような目で見られた。


「ヒカリはどうする?」


 少し照れくさくてヒカリに尋ねたら、


「ミア姉と行ってくるといい。私はご飯!」


 と言われた。

 肉串をそんな突き上げなくてもいいぞ? シエルもヒカリの肩に乗って耳を器用に振っている。

 行ってこいと言っているのか?


「ヒカリちゃんとシエルのことはボクに任せるさ」


 セラが一人と一匹の面倒を見てくれると言う。

 俺は迷ったが、結局ミアの手を取って村人の輪の中に入っていった。

 その時のミアの嬉しそうな顔は、久しぶりに見たような気がした。

 村で何度も笑っているところは見たことがあったが、それとは質がなんとなく違うように感じた。何でそう思ったかは上手く説明出来ないけど。


 その後村の女性たちにはやし立てられたりしながら、ぎこちなく踊った。踊り方なんて知らないし。ミアが恥ずかしがりながらも最低限リードしてくれたからどうにかなった。

 そしてそれを見た村の人たちや旅の人たちも、一人、また一人と輪の中に入って来て、それは警備の交代の声が掛かるまで続いた。

 その宴会は夜が更けるまで行われたみたいだ。

 俺たちは一足先にマハトに断りを入れて宿に戻ったけど。ヒカリとミアがウトウトし始めたというのもその理由の一つだ。

 ミアが寝惚けながら受け答えした言葉は、ちょっと面白かった。彼女の名誉のため何を呟いたかは内緒だ。

 宿に戻った後もしばらくは祭りの音に耳を傾けていたが、やがて俺も眠りについた。

 目が覚めたら新たな一日が始まる。それは旅立ちを意味するが、決して今生の別れではない。

 俺の旅の行き着く先は不明だが、またここに戻って来られたらいいな、と思えたそんな一日だった。

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