レジェンド/神無月紅

「え? パーティ? 俺が? ……何でまた?」


 ギルドの中で、レイは受付の担当であるレノラにそんな声を漏らす。

 何かいい依頼がないかと思ってギルドにやって来たのだが、依頼を探す前にレノラに呼ばれ、とある商人のパーティに参加して欲しいと言われたのだ。

 いきなりの言葉にレイが驚くのも当然だろう。


「何でもその商人の商会が七周年を迎えて、そのパーティに有名なレイさんを呼びたいとのことです。……依頼で」

「依頼でか」


 これが普通にパーティに招待するのなら、わざわざギルドを通してレイに話を通す必要はない。

 だが、依頼となればギルドを通す必要があった。

 勿論ギルドを通さない個人依頼というのもあるが、今回は違う。


「はい。何でもその商人の奥さんと子供がセトちゃんを好きらしくて」

「あー……うん。何となく納得出来た」


 つまり、パーティの賑やかしとしてセトを呼びたいということなのだろう。


「どうします?」

「受けるよ」


 これが、例えばレイとお近づきになりたいといったような理由でなら、恐らくレイも断っていただろう。

 だが、セトを愛でたい、セトと遊びたい。

 そんな風に言ってくる相手であれば、受けてもいいかと思う。

 レイがレノラから聞いた話によると、それなりに大きな商会のパーティなので料理にも期待出来るというのも、レイがその依頼を受けた理由だったのだが。


「ありがとうございます、レイさん」


 パーティに参加するというレイの言葉に、レノラは感謝の言葉を口にする。

 そんなレノラの様子を見て、恐らくその商会から何とか自分を呼ぶように言って欲しいと要請されていたんだろうなと思いつつ、口を開く。


「ちなみに、パーティに参加したからといって、これからその商会と深い付き合いをするとか、依頼を受ける上で優先的にその商会の依頼を受けるとか、そういうのはないからな? もし当然のようにそんな風に言ってきた場合、こっちも相応の態度を取らせて貰うことになる」

「問題ありません。向こうもその辺りはしっかりと理解してるでしょうし」


 そのくらいの判断が出来ないと、商会設立からたった七年で今のような大きな商会には出来なかったでしょう。

 レノラはそう言いたくなるのを、何とか我慢する。

 商会についての先入観は与えないようにと、上から……実際には商会から要請されていた。

 勿論、これがもっと横暴なこと……それこそギルドからの命令でレイに絶対に依頼を受けさせろといったようなものであれば、ギルドもそんな要望は聞かなかっただろう。

 だが、先入観を与えないようにしたいと言われれば、ギルドとしても納得するしかなかった。

 こうして、レイはパーティに参加することになるのだった。






「おお、これはレイ殿! それにセトも……よく来てくれました」


 パーティ当日、レイはセトと共にその会場となる商会にやって来たのだが、そんなレイとセトは商会の職員に大歓迎を受けていた。

 当然だろう。レイとセトという、ギルムでも有名な一人と一匹を七周年記念に呼ぶことに成功したのだ。

 その理由としては色々とあるが、とにかくレイとセトが来たということを周囲に大きく広め、それによって商会の強い影響力を周囲に広めたいと思っての行動だろう。

 何より、セトが来るということで中庭でパーティをすることになったのだから、それが無駄にならなくてすんだという思いもあった。

 商会のパーティに参加していた他の者の多くはレイとセトの存在に気が付き、何人かは驚きの表情を浮かべてる。

 レイやセトが来るとは聞いていなかったのか、それとも来るとは聞いていたが本当に来るとは思っていなかったのか。

 何らかの急用で実は来ることが出来なくなった……そんな風に説明をされるかもしれないと思っていたのかもしれない。


「パーティに招待してくれて、感謝している。ありがとう」

「グルゥ!」


 出迎えてくれた相手にそう感謝の言葉を口にする。

 セトもまた、嬉しそうな様子で喉を鳴らす。

 もっともセトの場合は、パーティで出てくる料理が目当てだったのだろうが。

 レイもその料理は楽しみだったが、パーティ会場にいると色々な相手が声を掛けてきて鬱陶しいことになるような気がして、少しだけ憂鬱になる。


「では、こちらにどうぞ。皆様お待ちかねですので」


 商人に案内され、中庭に通される。

 中庭そのものはそれなりの広さだ。

 集まっている人数もそれなりに多いが、それでもある程度の空間的な余裕がある。

 ギルムの中でも貴族街の少し手前にある、裕福な者達が暮らす場所だ。

 貴族街よりも狭いが、それでも普通の住人が住む家と比べるとかなりの広さを持つ。

 そうして中庭に入ると、レイとセトはパーティ会場の中を突っ切って進む。

 パーティに参加している多くの者が、レイとセトを見て驚きの声を上げていた。

 そんな視線を感じているのだろう。案内役をしている者もどこか落ち着かない様子を見せていた。

 やがてパーティ会場の中央付近……何人もの人が集まっている場所に到着する。

 そこに誰がいるのか、レイは考えるまでもなく予想出来た。

 人垣にレイとセトが近付くと、自然と人混みが割れていく。

 レイやセトに向けられる視線には驚きの色が強い。

 ただし、セトに向けられる視線には好意的なものも多い。

 そんな視線を向けられながらも進むレイとセトは、やがて集まっていた者達の中心部分に到着する。


「おお、レイ。それにセトも……よく来てくれた。私はハイラインという。こちらは妻のヒューナン」

「初めまして、レイ殿。お会い出来て光栄です」


 ハイラインとヒューナンの二人が、レイとセトを見てそう挨拶をしてくる。

 二人とも年齢は二十代後半といったくらいで、それなりに若い。

 商会を起ち上げてから七年ということを考えれば、このくらいの年齢なのはそうおかしな話でもないのだろう。


「レイだ。今回はパーティに招待してくれて感謝する。セトも喜んでいるようだ」

「グルルゥ」


 レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。


「わぁ……」


 そんなセトの様子を見たヒューナンは、嬉しそうに笑う。

 元々このパーティにレイを参加させるのは、ヒューナンがセト好きで、どうせならパーティにセトを呼びたいと、そう思ったからだ。

 ハイラインはそれなりにギルドにも影響力があるので、少し無理をした形になるが。


「その、レイ殿。私の妻はセトが好きでね。お恥ずかしい話だが、街中でよく子供達と遊んでいるのを見て、羨ましく思っていたらしい」


 熱心にセトを見ている妻の姿に、ハイラインは少し困ったような、照れ臭そうな様子で言う。

 言葉とは裏腹に、恥ずかしいとは思っていないのは明白だった。

 それどころか、そのような妻の様子に微笑ましいものすら覚えているのは、レイの目から見てもすぐに分かった。


「そうなのか? けど、別にセトと遊んでいるのは子供達だけじゃないんだから、気にせずにセトを可愛がってくれてもよかったんだけど」


 これは事実だ。

 子供達がセトと遊ぶことが多いのは間違いないが、それ以外の者達……それこそ大人であっても、セトを可愛がる者は多い。

 特に屋台で売っている料理を食べさせると、セトは喜んで食べるので、大人達も色々とセトに料理を渡したりしていた。


「それは知ってます。ただ……妻はあまり人の多い場所は好みではなくて」


 なら、ここはどうなんだ?

 周囲に人が多くいるのを見てそう聞きたくなったレイだったが、わざわざ波風を立てる必要もないだろうと思い、その辺についてはやめておく。


「なら、今日のパーティでは十分にセトと一緒に楽しんでくれ」

「ありがとうございます」


 妻がセトと遊ぶ許可を貰い、頭を下げるハイライン。

 そんなやり取りを見ていたヒューナンは、嬉しそうにセトを見る。


「グルゥ」


 遊ぶ? 遊ぶ? と円らな瞳でヒューナンを見るセト。

 するとヒューナンは、嬉しそうな様子でセトを撫でる。


「遊びましょうか。……それに、遊ぶのは私だけじゃなくて、他にもいるわよ」


 そうヒューナンが言うと、少し離れた場所にいた数人の子供達を手招きをする。

 セトには興味津々だったが、大人が集まっている場所だけに近付いてもいいかどうか分からなかった子供達だったが、ヒューナンが来るようにと手招きをしたので、嬉しそうに近付いてくる。


「セト、何人か乗せてパーティ会場を歩き回ってきてもいいぞ。……あ、この場合はパーティの主催者に聞く必要があったか。構わないか」

「勿論。妻も他の子供達も喜んでくれるでしょう。大歓迎ですよ」


 そう言い、笑みを浮かべるハイライン。

 パーティの主催者の許可を貰ったセトは、早速ヒューナンを乗せて歩き出す。

 そこは子供じゃないのか?

 そう思ったレイだったが、念願のセトと遊ぶという行為を楽しんでいるヒューナンを見れば、何も言えなくなる。

 ハイラインも妻が喜んでいるのを見て、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「それにしても、セトがあそこまで人気があるのは羨ましいですね」

「……羨ましい?」


 ハイラインの言葉に疑問を持つレイ。

 だが、レイの視線を向けられたハイラインは、笑みを浮かべて頷く。


「ええ。このようにセトが高い人気を誇るのなら、もし私の商会にいれば商機は幾らでも生まれそうですし」


 ギルムにおいてマスコットキャラ的な存在であるセトを商機に繋げるとなると、レイが思い浮かべるのは日本で行われていたマスコットキャラを使った商売だった。

 分かりやすいのは、グッズか。

(セトのグッズか。……売れそうだな)

 ハイラインがレイに対して羨ましそうな様子を見せるのは、お世辞でも何でもなく本気で言ってるのだろうとレイには思えた。

 実際に何らかのセトのグッズが売りに出されれば、セト好きの多くがそれを購入するだろうと予想出来たからだ。


「テイマーを雇って、テイムしたモンスターで何らかのグッズを作ってみたらどうだ?」

「テイマーですか。……あまり人数が多くないですし、セトのような愛らしい存在をテイム出来るかどうかはわからないんですけどね」

「その辺は、運か実力か……とにかく、頑張るしかないだろうな」

「私の商会七周年を記念して、少し考えてみますか」


 そう言うハイラインは、他の子供にセトに乗るのを代わっている妻を見ながら、そう呟くのだった。

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