理想の聖女? 残念、偽聖女でした! ~クソオブザイヤーと呼ばれた悪役に転生したんだが~/壁首領大公

  <A、ただの勘、あるいは愛>



 四季の中で俺は、秋が一番好きな季節だ。

 というより正確に言うと、秋以外がそんなに好きじゃない。

 前世での話になるが、春はとにかく花粉がクソ鬱陶しくて滅茶苦茶嫌いな季節だった。

 花粉対策の薬は高いし、ヨーグルトが効くと聞いて食べたりしてたが全く効果がなかった。

 春になるたびに『杉の木 絶滅』とか『杉の木 何故燃やさない』とか調べてたような気がする。

 夏は暑くて嫌だというのもあったが、とにかく蚊が鬱陶しい。

 夜に寝ようとした時に痒くて寝れない上に、それでも無理矢理寝ようとしたら、まるで悪意があるかのように耳元でプーン、と音を立ててこっちを起こしにかかる。

 夏になるたびに『蚊 絶滅』とか『蚊 絶滅したらどうなる』とか調べてたように思う。

 冬は寒かったり、道が凍ったりするくらいでまだマシ。少なくとも嫌いではない。

 だが前世の俺は病弱だったので、冬の寒さも割と洒落になっていなかった。

 そして秋が一番いい感じの気温で、花粉もそんなアホみたいにバラ撒かれないし蚊もいないしで快適だった。

 だから俺は好きな季節は? と言われたら迷わず秋を選ぶ。

 そんな秋だが、こちらの世界……というか俺が暮らしている大陸では、主に収穫の時期、あるいは冬に備えた備蓄の時期という認識が強い。

 この世界における冬とは魔物以上の脅威であり、秋にどれだけ食料を収穫出来るかがそのまま生存率に直結している。

 俺も冬に備えてレイラと一緒に色々準備しているのだが、ふと思った。

 ――サンマ食いてえな。

 何の脈絡もなく、この発想に至る経緯もなく、切っ掛けもなく。ただ何となくサンマが食べたい!

 思えばこの世界に転生してから、サンマを食べた覚えがない。

 というわけでやってきました、海!

 正直俺は、サンマに関して『美味い』と『秋の味覚』であるという以外の事をほぼ全く何も知らない。

 海の魚であるというのは、まあ分かる。

 秋の味覚なんだから、多分秋にとれるんだろうというのも何となく分かる。

 だがそれだけだ。他はマジで何も分からないに等しい。

 例えば学名は? 何科何目の何属? どこに分布しているのか? 好む水の温度は?

 そうしたものを今この場でクイズとして出されれば、もれなく全問ミスるだろう。そのくらい分からない。

 サンマは何となく北海道で釣れるイメージなので、寒い場所の方がいいのかな、と思って大陸の北の方に来たが本当にここにサンマがいるかどうかは不明だ。

 ちなみにこの世界にそもそもサンマいるの? という疑問に関しては『多分いる』と俺は思っている。

 というのもゲーム知識になってしまうが、ゲームではベルネルが装備出来るネタ武器にサンマってのがあったんだよ。なので多分サンマはこの世界にいる……はず。

 まあ何はともあれやってみよう。

 俺は自作の釣り竿に餌を取りつけ、まずは試しに釣り糸を垂らしてみた。

 そのまま待つ事五分ほど……何かが引っかかったので釣り上げてみる。

 ……普通に小さい魚だった。

 大物ではないし、かといってネタにもならない。ごく普通のよく分からない小さな魚だ。

 一番リアクションに困るやつだな。ここで何故か人間が釣れたり魔物が釣れたり、鮫が釣れたりしたら絵的に面白いんだが、小魚かあ。

 あ、いや、やっぱ人間は釣れなくていいや。こういう事言ってると変態クソ眼鏡が釣れそうで怖い。

 まあ小魚でも食えない事はないだろ。って事でバケツに入れて、次!

 今度はかなり引きが強く、大物の手応えだ。

 というかめっちゃ引っ張られる。俺は普段魔法ばっか撃っているが、こう見えてフィジカルもつよつよなので問題なく釣り上げられるが、一般人なら逆に海に引き込まれてたかもしれん。

 で、釣り上げたのは……ペンギンだった。


「…………」

「…………」


 しばらく見ていると、ペンギンの足がニュッ、と伸びて直立した。

 俺の腰くらいの高さだったのが、俺と同じくらいの高さに代わり、スラリとした足を見せ付けるように足をクロスして心なしかドヤ顔をしている気がする。

 魔物か? と思いたくなるが……これ、実はこの世界の普通のペンギンである。

 ペンギンというのは実は足が長く、普段は折りたたんでいる。ここまで地球もこの世界も共通しているのだが、この世界のペンギンは折りたたんでいる足をこうして伸ばす事が出来る。

 ペンギンはそのまま、長い足を素早く動かしてどこかへ走り去って行った。

 シュールなやっちゃなー。

 気を取り直して再び釣り針をポイーと。

 というかサンマの釣り方ってこれでいいんだろうか? もっと網とか、そういうのが必要なのかもしれないが……うーん、スマホが恋しい。スマホがあればすぐに検索して答えが出るのにな。

 前に日本に行った時にスマホ買っておくべきだったかなあ……いやでも契約しようと思ったら個人情報必須だし、こっちでネットが繋がるわけないし、どのみち無理だったか。

 そうこう考えているうちに何かが引っかかったので、釣り上げてみる。

 釣れたのは……馬鹿でかい亀だった。

 ……というか、プロフェータ!? 馬鹿な、死んだんじゃなかったのか!?


「プ、プロフェータ……?」

「…………」


 亀はじっと俺を見て、それからのそのそとどこかへ歩き去っていく。

 プロフェータじゃない……のか? 亀違い?

 でもあんな巨大な亀がプロフェータ以外にいるとはなあ。

 ……いや待て、そういえばプロフェータは確か、ミレニアムタートルって種族だったとか以前聞いたような気がする。

 ただ、預言者の能力には別に生物を巨大化させる能力なんかないわけで……つまり、預言者とか全く関係なく千年くらい生きる巨大な亀がこの世界には生息してるって事か。

 というかアレ、生息地海なのか? プロフェータは川に住んでいたはずなんだが。

 うーむ、流石異世界。まだまだ俺の常識では計れないものが多いぜ。



 それからしばらく粘ってみたが、結局サンマは釣れなかった。

 まあ、そもそも場所を間違えているかもしれないし、釣り方も間違えているかもしれないし、そんな都合よくはいかんって事だな。

 いつの間にか俺の隣にミレニアムタートルが戻ってきていたり、甲羅の上でペンギンが仁王立ちして腕組みをしたりして見守ってくれていたが、残念ながら目的達成は出来なかった。

 結局釣れたのも小魚ばかりで、夕飯にするには物足りない。

 隣の亀とペンギンがじっとこちらを見ているし、こいつ等にやってしまっていいか。

 バケツを亀とペンギンの前に置いてやると、二匹は凄い勢いで食い始めた。

 おお、喜んどる喜んどる。

 あっという間に空になったバケツを回収してその場を離れると、ペンギンは俺を見送るように羽を振ってから海に飛び込み、亀もその後を追うように海へ帰っていった。

 ……いや、無駄に賢いな? この世界の生物。

 で、俺も魔法でひとっ飛びして帰宅。すっかり慣れ親しんだログハウスへ戻った。


「あ、エルリーゼ様。お帰りなさいませ」

「ただいま、レイラ。今日の料理当番は私でしたね。これから夕飯を作りますので、待っていて下さいね」


 料理は当番制で、今日は俺が夕飯を作る日だ。

 サンマは手に入らなかったが、まあ仕方ない。

 森で採れたマツタケに柿、サツマイモと栗があるし、これだけでも十分秋の味覚は出せる。

 ……と、思っていたら保冷箱に魚が入っていた。

 しかもサンマだった。


「あれ? レイラ、これは?」

「釣れたばかりのサンマだそうです。さっきサプリ教諭が来て、置いていったんですよ」


 へえ、変態クソ眼鏡がねえ。あいつも気が利くじゃないか。

 ……いやでも待てよ? 俺、サンマが食べたいなんて誰かに言ったっけ? 言ってないよな?

 じゃあなんでサプリは的確に俺が欲しい物を……?

 …………。

 ぐ、偶然だよな。そうに決まっている。

 流石に、俺が今欲しい物まで把握してたらドン引きものだぞ。

 よし、この件について考えるのはやめ! サンマが手に入ったんだからいいじゃないか。


 ……偶然だよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る