聖女の魔力は万能です/橘由華

 秋のとある日。

 所長の「そろそろ栗拾いができる頃だな」の一言で、王都近郊にある森に栗拾いに行くことになった。


 同行者は言い出しっぺの所長と私に、秋の森で採れる薬草に興味津々の研究員さん達。

 それから、護衛として来てくれた団長さんと第三騎士団の騎士さん、宮廷魔道師団からアイラちゃんも来てくれた。


 研究所から参加した人数の割に護衛の人数が少ないのは、魔物の発生が落ち着いたからだ。

 しかも、私がいるからか今日はまだ魔物に一匹も出会っていない。

 だからだろうか。

 周囲を警戒しつつも、皆の雰囲気は穏やかなものだった。



「気持ちのいい天気ですね」

「森の中だからか、何となく空気も美味しく感じるよね」



 ニコニコと辺りを見回すアイラちゃんに、私も笑顔を返す。

 アイラちゃんが言う通り、確かに過ごしやすい季節になったなと思う。

 頭上から降り注ぐ木漏れ日は柔らかく、時折吹く風は心地良い温度だ。



「久しぶりに来たが、いい気分転換になるな」

「所長とこうして出掛けるの、初めてですよね」

「言われてみれば、そうだな」



 アイラちゃんとの会話を聞いていたのか、後ろを歩いていた所長がのんびりとした口調で会話に加わった。

 普段、所長は研究所に詰めていることが多い。

 研究員さん達と森に薬草を採りに行くときも、所長はお留守番で、一緒に森に行ったことはなかったはずだ。

 所長は王都にある御実家のお屋敷から研究所に通っているので、休日に会うこともない。

 もちろん、休日に一緒に出掛けたこともないので、研究所以外で所長と一緒にいるのは初めての気がする。

 所長も同じ認識だったようで、問い掛ければ頷きが返ってきた。



「やっぱり。なんか、凄く新鮮な感じがしたんですよね」

「なんだ、それ?」



 感じたことをそのまま伝えれば、言葉は呆れた風のものだったけど、軽やかな笑い声が返ってきた。

 釣られて、私もクスクスと笑い声を上げる。



「仲がいいな」

「ん? 妬いてるのか?」

「違う」



 じっとりとした声は、護衛として一緒に来てくれた団長さんのものだ。

 拗ねたような物言いに、所長が揶揄うような声で問い掛けた。

 会話は後ろで繰り広げられているため、二人の表情は窺えないけど、所長が意地の悪い笑みを浮かべているのは想像できた。

 所長と私のことを仲がいいって言うけど、団長さんと所長も仲良いわよね。

 そう考えると、二人のやり取りが何だか可笑しくて、再び笑い声を上げた。



「あっ! セイさん!」

「どうしたの?」

「あれ、栗じゃないですか?」



 道中見付けた薬草も摘みながら、森の中を和気藹々と歩いていると、ふいにアイラちゃんが道に転がる物体を指差した。

 目を凝らすと、枯れ葉と一緒に茶色い木の実があることに気付く。

 アイラちゃんが言う通り、栗っぽい。

 栗だねと答えようとすると、私が口を開くより早く、所長が告げた。



「いや、あれは違うな」

「そうなんですか?」

「あぁ。よく似ているが、あれはウマグリの実だ。そばに落ちてる外皮が違うだろう?」



 アイラちゃんへの説明を聞いて、木の実の周囲を見れば、実とは異なる茶色い物体が落ちていた。

 棘はあるけど、栗のいがに比べれば生え方がまばらで、全然違う。

 所長曰く、実は苦くて食べられないらしい。

 美味しそうなのに、残念。



「栗の木までは後少しだ」

「沢山生えてるんですか?」

「固まって生えている訳ではないが、近い所に何本か生えていたはずだ」



 考えていたことが顔に表れていたのか、私の様子を見て団長さんが笑いながら目的地に近いことを教えてくれた。

 食欲旺盛なことがバレてしまったことが、少し恥ずかしい。

 慌てて、誤魔化すように質問を口にしたけど、出てきたのはこれまた食欲に直結してそうな内容だ。

 団長さんもそれに気付いたようで、口元に手を当てて、笑い声を上げないよう堪えながら答えてくれた。

 身の置き所がないというのは、こういう心境のことを言うのだろう。


 ウマグリの木があった所を通り過ぎて、更に暫く歩いた所に栗の木はあった。

 団長さんが言った通り、周辺にも数本の栗の木が生えていた。

 地面に落ちた枯れ葉の上に、見慣れた毬が落ちているのを見付けてテンションが上がる。

 盛り上がったのは私だけではなく、他の人達も歓声を上げて、我先にと栗を拾い始めた。

 やる気があるのはいいことだ。

 本日の目的だった栗は、思ったよりも大量に集まった。


       ◆


 拾ってきた栗は、その日のうちに研究所の料理人さん達が下処理をしてくれた。

 まずは洗い、虫に食べられている物を避け、沸騰手前のお湯で茹でてから乾燥させ、更に待つこと三日間。

 そこで漸く料理を始める許可が料理人さんから下りた。

 三日間置いたのは追熟させるためらしい。

 一ヶ月程置けば更に甘味が増すらしいんだけど、待ちきれない人がいたので、最短の三日で料理することになった。


 最初に作ったのはマロングラッセだ。

 日本にいた頃に実物を食べたことはあったんだけど、作り方は知らなかったので、王宮の料理人さんに教えてもらった。

 一般的に皮と呼ばれる鬼皮と、その内側にある渋皮も取り除き、日毎に砂糖を加えながら、数日間煮詰めて作るらしい。


 正直、こんなに手間が掛かるとは思っていなかった。

 大量の栗の皮を剥くのは、とても大変だった。

 一人だったら音を上げていただろう。

 料理人さん達が一緒に剥いてくれたからこそ、やり遂げることができた。


 大変だったのは栗の皮を剥くことだけではなかったけどね。

 煮ている途中、摘み食いをしようとした人達ねずみから守るのには少々骨が折れた。

 厨房に寝ずの番を置かないといけないって、どういうことなんだろうね?

 こっちも、料理人さん達がいなかったら出来上がるまでの間に栗が消えていたと思う。

 いつも思うけど、本当に料理人さん達には感謝の気持ちで一杯だ。


 そうして出来上がったマロングラッセは、すぐに皆の胃袋に収まった。

 出来上がるまでに掛かった時間と比較すると、本当にあっという間の短い時間で消えていった。

 しかし、全てがなくなった訳ではない。

 栗の採集からマロングラッセの作製まで携わったことを盾に取り、一部を別の料理に使うために確保したのだ。



「こんにちは。書類を届けに来ました」

「ありがとう。いつも、すまないな」

「いいえ。これも仕事ですから」



 第三騎士団の団長執務室に書類を届けに行くと、団長さんが今日も眩しい笑顔で迎えてくれた。

 毎回律儀にお礼を言ってくれるけど、本人に言った通り仕事の一環だ。

 ただ、今日は個人的な用事もあった。

 むしろ、そっちの用事がメインだと言っても過言ではない。



「それはもしかして…」

「はい。この間拾いに行った栗を使ったお菓子です」



 団長さんもそのことに気付いていたのだろう。

 何せ、私の腕には書類とは関係ない籠がぶら下がっている。

 期待の眼差しを籠に注ぐ団長さんに頷けば、団長さんの口角が更に上がった。

 そして、休憩がてら、早速この場で食べることになった。



「いつ食べても、セイの作る菓子は美味いな」

「あ、ありがとうございます」

「それにしても、マロングラッセを使ったパウンドケーキとは……。初めて食べたよ」



 差し入れを持ってくる度に掛けられる褒め言葉と、後光が射して見える団長さんの笑顔に、ほんのりと頬が熱くなる。

 相変わらず、団長さんの笑顔は遠目に見る分には目の保養になりそうだけど、近くで向けられると心臓に悪い。


 団長さんが言う通り、今日持ってきたのはマロングラッセを使ったパウンドケーキだ。

 特権を利用してマロングラッセを余分に確保したのは、パウンドケーキを作ろうと思ったからだ。

 マロングラッセは単体で食べても美味しいのだけど、甘い物があまり得意ではない団長さんの口には合わないかもしれない。

 そう思って、更に一手も加えることにしたのだ。


 甘さ控えめのパウンドケーキには、風味付けにお酒も使っている。

 そのことも団長さんの琴線に触れたらしい。

 追加で、お酒の風味が良いと感想をもらえて、私の笑みも深まった。



「お口に合ったようで何よりです」

「あぁ、本当に美味しかった。ヨハンからはマロングラッセを作ったと聞いていたから、ケーキが出てきて驚いたよ」

「マロングラッセの方がよろしかったですか?」

「いや、こっちの方が好みだ」

「良かったです。マロングラッセはホーク様には甘過ぎるかなと思ったので、ケーキにしたんですよ」

「特別に?」

「はい。特別……、に……!?」



 団長さんから良い評価がもらえたことで、気が緩んでいたのだろう。

 視線をケーキの残りに向けていたから、問い掛けたときに団長さんが悪戯を考えているときのような笑みを浮かべていたことにも気付けなかった。

 だから、隠すことなく本音が出てしまった。

 話しながら失言に気付いて、ゆるゆると団長さんの顔に視線を戻した所で固まった。

 私の返事に合わせて、団長さんの笑みが甘さを増すのが目に入ってしまったからだ。


 その笑顔は反則です!!!

 それ以上見ていられなくなった私は、慌てて視線をケーキへと戻した。

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