ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん/恵ノ島すず


  <義姉妹のお願い事>



 夏期休暇が終わり、新学期も二週間程が経過した頃。

 その日、フィーネは聴くことのできるようになった神々の声に従い、リーゼロッテを問い詰めた。

 悪夢にうなされているのではないか、無理をしているのではないかと。

 その場にリーゼロッテの婚約者であるジークヴァルトもかけつけ、弱り切ったリーゼロッテは、悪夢に飲み込まれるように気絶。

 しかし、ジークヴァルトがしっかりとそんなリーゼロッテを支え抱きかかえ、自宅にまで送り届け、ひとまずは悪夢を乗り越えられたように見えた、その日の夕食後。


 リーフェンシュタール邸の一室では、静かな尋問が行われていた。


「ねえフィーネ、あなたの得意魔法は、回復魔法と身体強化だったわよね? この上なく、病人怪我人の付き添いには、適しているわよ、ね。どうして今日は私の妹のあなたではなく、殿下のお手を煩わせることになってしまったのかしら?」

 そう切り出したリーゼロッテの表情は、この上なく美しい笑みの形だったが、フィーネはそれを、素直に笑顔だとは思えなかった。


 だって、なんだか空気がひんやりしてる。


「いや、私も一回は言ったんですよ? どうせ同じ家に帰るし、護衛も付いてるし、任せてくださいって。でも殿下が譲らなかったんです! あのおっそろしい笑顔には逆らえませんよ!」

 そう、ちょうど今のあなたのように、笑顔だけど全然笑顔じゃなかったんです。

 とまでは、言えなかったが。

 とにかく必死に主張したフィーネに、けれどリーゼロッテは今度はわかりやすく眉を吊り上げ叱責する。

「殿下の笑顔が恐ろしいはずないでしょう!」


「それはお姉様にだけですぅ! 殿下がただ甘いだけの笑顔を向けるのも、殿下が自分でお姉様を運んだのも、他の誰にもその役目を譲らなかったのも、すべては殿下からお姉様への愛ゆえにですからっ!」

「そ、そんなわけ……」

「ありますって。逆にあそこまであからさまなのに、否定する方が無理ありますから。なんでそこまで頑ななんです?」

 神が言っていた、強制力とやらのせいなんだろうか。

 そう内心思いながらも今一つ納得できていないフィーネは、ずばりと尋ねた。


 問われたリーゼロッテは、しゅんと視線を外し、ぼそぼそと答える。

「……だ、だって、私なんかが、殿下の愛など得られるわけが……」

「いやここまで努力重ねておいて、そんな完璧な令嬢に仕上がっておいて、どうしてそこまで自信を無くせるんですか……?」

「完璧、というのも、良い事ばかりではないでしょう。私は、かわいげがないのよ」

「いや、めちゃくちゃかわいいですよ。まあ見た目はどっちかっちゃ美人系ですけど」

「気を使わなくて良いわ。私は怒りっぽいし、口も悪いし、素直じゃないし……」

「だーかーらー、そこがむしろかわいいって思われてますってばー」

「そんなわけがないでしょう! それに、私は、フィーネと違って、見た目も……」

「え? お姉様の見た目のどこに問題が? もしかして私喧嘩売られてます? むしろ色々分けて欲しいんですけど……」

「え? その……、フィーネはとっても愛らしいじゃない」

「私は、私はちんちくりんだし、お姉様は色っぽくて美しいと思ってます。ない物ねだりじゃないですか?」

 ここまで反論を重ねても、ようやく黙ったもののまだ納得がいっていないらしい表情のリーゼロッテの頑なさに、フィーネはため息を吐いた。


 一番の問題は、この頑なさとめんどくさい感じでは……?

 そう首を傾げるフィーネに、天より降るのは、異界の神々の声。


『まあ、ジークの想いをいくら外野が語ったところで、所詮外野が言っていることですからね。リゼたん的には、無責任なことを言わないでくれとしか思えないのでしょう』

『すぱっとジークが告白してくれれば良いんだけどな……。あー、でも、そこに魔女の印象操作入って嘘だとか勘違いさせられても怖いっちゃ怖いのか』

『……まあ、その辺りはジークのタイミングもあるでしょうし。変に突っついて不自然な感じが出ちゃうと確かに危ないかもしれないので、もう少し見守ることにしましょうか』


 ふむ。見守る。確かに、ジークヴァルト殿下とのことは、私が口出しするようなことでもないか。

 正に話題のジークヴァルトに【解説のコバヤシ様】と【実況のエンドー様】と崇められている神々のアドバイスに納得を覚えたフィーネは、一つうなずいた。


 けれど、それはそれとしてどうしても気になった部分のある彼女は、ぷうと頬を膨らませ、不満をあらわにする。

「お姉様、ジークヴァルト殿下の好みや内心は確かに私は知りません。だけど、これだけは言えます。私の大好きなお姉様の事をそんなに否定されるのは、私が面白くないです」


「……フィーネは、私が苦手なのだと思っていたわ」

 どこか呆然とした表情でそう漏らしたリーゼロッテにかっと目を見開いて、フィーネは首を振る。

「えええっ、そんなわけないじゃないですか!」

「でも、確かに……、……あれは、夢の出来事だったかしら? ……私は、どうしてだか、あなたは私を憎んでいて、いえ、私のことなど路傍の石のように踏みつけにして? とにかく、私の敵として立ちはだかると、そう【誰か】に教えられ……、……っ!」

「お、お姉様!」

 ぶつぶつと呟くうちに、リーゼロッテは顔色を悪くして額を押さえた。

 頭痛でも堪えるようなその様に、フィーネは反射的にその手を握って、回復魔法をかける。


「お姉様! そんなわけわかんない夢じゃなくて、私たちを見てください! 誰かも覚えてない誰かなんかじゃなくて、私とか、ジークヴァルト殿下とか、ちゃんと知っている人の事を、信じてください!」

「……っ!」

 魔法とともにかけられた真摯な言葉に、リーゼロッテは息を飲んだ。


 幾分顔色が落ち着いた彼女にホッと息を吐いてから、フィーネはゆっくりと尋ねる。

「私が、一度でもお姉様を嫌だと言いましたか? 私は……、お、お姉様の、敵ですか? 私は、むしろお姉様の敵を打ち倒す、あなたの護衛になりたいと思っています。それを、信じてはもらえませんか……?」

「……そう、そうよね。フィーネは、むしろ、私の味方……。嫌だわ。どうして。そんなわけはないのに。こんな変な思い込みをしてしまったのかしら……」


『フィーネちゃん、申し訳ないんですが、ここは適当にごまかしてください』

『今の様子じゃ、古の魔女のことは、まだ受け止めきれないだろうからな……』


 まだ混乱の残るリーゼロッテの言葉にかぶせる様に響いた解説と実況の声に、フィーネはこくりと頷くと、ぱっと明るい笑顔に切り替えて告げる。

「お姉様は、疲れていらっしゃるのかもしれませんね。悪い体調の時って、変に悪い考えにはまり込んで、抜け出せなくなるときありますもん。ただの風邪なのに、もう死ぬかも……、みたいに思うときありません?」

「そう、かもしれないわ……」


「そうですよ! 今もきっとそうなんです! おいしい物食べて、ゆっくり寝ましょ? そしたら、そんな変な考え変だなーって判断できるようになります! ジークヴァルト殿下の愛だって、信じられるようになりますよ!」

「そう、だと良いわね」

 殊更明るく説得の言葉を重ねれば、ようやくの穏やかな笑顔で、なんとか否定ではない言葉をリーゼロッテが返してくれた。

 その満足感にふうと肩の力を抜いたフィーネに、リーゼロッテはおずおずと切り出す。

「……ねえ、フィーネ。ゆっくり寝る、にあたって、ひとつお願いがあるのだけれど……」

「はい! なんでもします、お姉様!」


『内容も聞かないうちに引き受けたー! ……それで一回痛い目見てるのに、フィーネも懲りないな……』

『まあ、クローゼットでバルの告白を聞かされた件については、結果として良かった事ですし。なにより、それだけフィーネちゃんはリゼたんの事が大好きで信頼しているのでしょう』

 えんどう様、うるさい。こばやし様、その通りです。

 反射的に出た言葉にわやわや言う外野に内心そんなことを思いながら、フィーネは義姉のお願いとやらの言葉を待った。


「その……、……今日は、私といっしょの部屋で、寝てくれないかしら」

「……へ?」

 突拍子もない言葉に首を傾げたフィーネに、リーゼロッテはあわてた様子で畳みかける。

「先ほどの回復魔法は素晴らしかったわ! あなたの傍にいるだけで、体調が改善しそうだと思うくらい! それに、他の妹はみんな幼い頃には添い寝をせがんできて叶えてあげたことがあるのに、あなたはないのだもの。不平等、というものではなくて!?」


「え、あ、そうかも、ですね!? いや、そんなことあります!?」

 さすがに丸め込まれなかったフィーネに、リーゼロッテはため息を吐いた。

「……こわいのよ、悪夢が。悪夢を見てうなされて起きた時に、本物のあなたが隣にいてくれれば、さっきのはなんてことないただの夢だと、笑い飛ばせる気がするの」

 ぼそぼそと告げられた本音を聞いたフィーネは顔を覆い、もごもごと手のひらの中でだけ小さく言葉を紡ぐ。

「……ずるい。かわいい。もー……。こんなんでかわいくないわけがないじゃんよぉ……」


「え、っと? ……やっぱり、ダメ、かしら?」

 手のひらに閉じ込められた言葉は聞き取れなかったらしいリーゼロッテは、そっとそんな風に尋ねてきた。


 フィーネはえいやと手のひらから顔を上げると、やけっぱちのように宣言する。

「んんん! なんでもありません! いいですよ! いっしょに寝ましょう! このお屋敷のベッド、でっかくてちょっと落ち着かないなーって思ってたところです! 二人で並んで寝て、ちょうどいいぐらいかと! 添い寝! しましょう!」


 ぱあっと嬉し気な表情に変わったリーゼロッテに、その笑顔の愛らしさに心を撃ち抜かれると同時にこの愛らしさに誰よりも魅了されている誰かの事を思い出したフィーネは、今度は自分がおずおずと懇願する。

「あっ、あの、でも、私からも一つお願いがあるんですけど……」

「……なにかしら?」

「ジークヴァルト殿下には、この件、内密にお願いできます? 嫉妬がこわ……、ええと、違くて、……そう! 私も一五歳のレディなので、幼子と同じ扱いというのは、ちょっと恥ずかしいので!」


「……? ええ、わかったわ。とにかく、ジークヴァルト殿下には、この件は内密、ね」

 リーゼロッテは、なにもピンと来てはいない様子で、義妹の願いを受け入れた。


 自分が、いかにジークヴァルトから愛されているか。

 そんなリーゼロッテと添い寝などしたフィーネが、彼にどれほど嫉妬されるのか。

 やっぱりちっともわかっていない様子の義姉に、フィーネはただただ深いため息を吐いた。

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