百花宮のお掃除係 転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。/黒辺あゆみ
<探し物はどこですか?>
百花宮の広い敷地には、庭園と呼ばれる場所も多く存在する。
大勢が集って催しが行われる広い庭園から、花々を愛でつつ散策するのが主目的の庭園と、その種類も様々である。
そして、中には小さくて人気のない庭園というものも、ちらほらとあるもので。そうした小さな庭園は、造園職人でも経験が浅い者が担当するらしく、他の庭園に比べると見劣りするものの、新しい試みをしていることがあったりするという。
そんな小庭園の中でも、
「ふんふ~ん♪」
雨妹は現在、鶏の石像を磨いていた。この鶏像は、庭園の置き物だ。
この小庭園は、あちらこちらに動物の石像を忍ばせている趣向の場所である。置かれてる動物には特に法則はなく、どうやら製作者が思いつくままに作ってあるらしい。その動物たちが妙にリアルで、油断するとビクッとなるのだ。それも虎が兎を食べようとしていたり、犬が熊にやっつけられそうになっているなど、庭園という気持ちを和ませる場には、いささか似つかわしくない図である。
「よし、綺麗になった!」
鶏をピカピカに磨き上げた雨妹は、満足して頷く。
雨妹がココを掃除する時は、石像もできるだけ磨いてあげていた。その際、たまに石像の位置が微妙に変わっているのを発見する。
今日発見したのは、狸と狐が見つめ合っているというものだ。前はお互いにそっぽを向いていて、その前はそもそもこんなに近くに置いてはいなかった。どうやら、狐と狸を近付けたい誰かが、掃除係にいたらしい。
このように、掃除係が好き勝手に石像を動かしているのだ。あの虎と兎や犬と熊も、最初はあんな血なまぐさい構図ではなかったのかもしれない。製作者だって、さすがにあんな血なまぐさそうな構図には置かないだろう。虎や熊は大きくて動かすのに難儀しそうなので、きっと兎と犬の方をどこからか持ってきたのだろう。
このように、掃除係の遊び場となってしまっている石像庭園だが、置いてある石像はちょうど八体。数的にも縁起が良くてよろしい。
……の、はずなのだが。
「あれ?」
石像を磨き終わった雨妹は、首を捻った。なんだか違和感がある。自分は石像をいくつ磨いただろうか?
「虎でしょ、兎、熊、……」
雨妹は石像を一つ一つ指さして数えていく。すると、何故か七体しかないではないか。
――足りないじゃないの!
一体なにが足りていないのかと、雨妹は記憶を掘り返して思い出していき、やがて気付く。
「あ、亀がいない!?」
そう、亀の石像をそういえば見ていない。あれは石像の中でも小さいので動かしやすく、ゆえに移動頻度が高い。どこか辺鄙な場所に置かれてしまったのか? と雨妹はさして広くもない庭園内を探してみた。
が、見つからない。
「おかしいなぁ、なんでいないんだろう?」
雨妹は「う~ん」と唸る。亀がいないと、石像は七体しかない。七という数字は前世だとラッキーセブンとかで幸運だとされていたが、この国では奇数は縁起が悪い。石像が一体なくなったせいで、縁起が悪い庭園だと噂になったら、どうしてくれるのだ?
こうして夕刻まで粘って探したものの、ついに見つからず。雨妹は亀捜索を打ち切って帰ることにした。
探し出してやりたいが、そろそろ日が陰ってくる時刻になる。そうなると薄暗い中よけいに探し辛いので、探索効率が落ちてしまう。それになにより、夕食を食いっぱぐれてはたまらない。腹が減っては戦ができぬだ。
――戻って、他の掃除係に聞いてみよう。
というわけで、宿舎に戻った雨妹は、食堂で夕食を食べつつ、掃除係に話しかける。あの庭園掃除をするのは、雨妹と同じ位にいる宮女であるので、情報集めの相手も限られてくるのだ。
石像庭園の亀を知らないか? と尋ねた雨妹への答えは、以下の通りである。
「亀? 小山に盛られたてっぺんに置いておいたけど?」
「亀って、兎と駆けっこさせておいたよぉ」
「虎の背中に乗っけたなぁ」
皆、亀で遊びすぎである。
しかし、亀はつい最近まで確かに存在していたようだ。消えてしまったのは、どうやらここ数日であることは判明した。
――う~ん、どこにいったのよ亀!?
だが、案外死角に入ってしまって見えなかっただけかもしれない。気になって仕方がない雨妹は、翌日も亀探しをする。
けれど、一向に見つからない。庭園の外に出されてしまったのか? と探索範囲を広げてみたのだが、やはりどこにも亀の石像はない。
「う~ん、誰かに盗られちゃったとか?」
雨妹としては、そういう結論に至らざるを得ないが、しかし、好き好んで亀の石像を盗っていく者が、はたしているだろうか? やたらと重いわりに、飾りとしてはかなり地味だ。
「けどなぁ~」
「なにを道の真ん中で唸っているか、邪魔だ」
すると、そんな声をかけられた。
「あ、
そういえば石像庭園は、太子宮に比較的近かったか。立彬はどうやらなんらかの遣いの帰りらしく、手荷物を抱えている。
「そうだ立彬様、亀を見ませんでした?」
せっかく通りかかってくれたので、雨妹は立彬にも尋ねる。
「は? 亀?」
「あ、亀って言っても石像ですけど」
怪訝そうにする立彬に雨妹はそう付け加え、「実はですね」と事情を語る。
そうして案内された石像庭園のことを、どうやら立彬は知らなかったらしい。
「ここに、このような庭園があったのだな」
感心する立彬だが、結構ここを通りかかっているらしいというのに、知られていなかった石像庭園が哀れである。百花宮の中でも、認知度が下から数えた方が早い部類の庭園だろう。
「なるほど、この流れで亀の石像があったと」
「そうなんです、亀がいないんです」
雨妹がそう言うと、立彬は虎に食べられそうな兎をそっと逃がしてやりつつ、「ふぅむ」と首を捻る。
「石の亀ねぇ。石の亀、む、石の亀……?」
すると途中で、立彬がなにかに気付いたような顔をした。
「知っているんですかっ!?」
思わず前のめりになる雨妹に、立彬は虎の頭を向けつつ言う。
「お前の探し物なのかは知らぬが、石の亀がどうのという話を聞いたような、違ったような気がしなくもない」
なんと、はじめての手掛かりである。雨妹はさらに興奮してきた。
「どこで、どこで聞きましたかっ!?」
目を血走らせる雨妹に、立彬は虎を挟んで告げる。
「台所だ」
というわけで。
雨妹は立彬に案内されて太子宮の裏口に来ると、噂を聞いた現場だという台所に向かう。
するとその途中、大瓶がいくつも並んでいる様子を見る。あれはおそらく漬物だろう、発酵している香りがあたりに漂っていた。
雨妹はその大瓶の一つに、ふと視線を止める。
というより、大瓶の上に載っている、なにか白っぽいものに気付いたのだ。なにかというか、それぞれの大瓶に漬物石が載っているのだが、一つだけ奇妙な形の石が載っているものがあった。
「あ~!」
雨妹は大瓶を蹴飛ばさないように気を付けながら、その白っぽいものへと近付くと、四方からまじまじと見つめる。
「亀ぇ、こんなところにいたぁ!」
そう、これこそまさしくあの石像庭園にあったはずの、亀の石像であった。なんとまさか、ここで漬物石にされてしまっていたとは、道理で見つからないわけである。
雨妹は亀の石像を持ちあげて、しげしげと眺める。どこも欠けたり割れたりはしておらず、無事のようだ。
「よかったぁ、よかったよぅ亀ぇ! あの庭園に帰ろうねぇ~!」
「ふむ、それが例の石像か」
亀の石像に頬擦りせんばかりの勢いの雨妹の背後から、立彬もそれを観察してくる。
「立彬様、このような場所でどうされたのですか?」
すると遠くから声をかけられた。雨妹と立彬がそろってそちらを見ると、格好からしてどうやら漬物の様子を見にきた台所番のようである。
「ちょうど良い。少々尋ねるが、この亀はどこから持ってきたのだ?」
立彬に亀の石像を指差しつつ問われて、台所番は「ああ」と頷く。
「それならば、台所番の誰だったかが、『よさそうなものを見つけた』と言って持ってきたのですよ。確かに重さといい安定感といい、よさそうでしたので、そうして使っている次第です。それが、どうかしたのですか?」
「これは、庭園に置かれていた石像だ」
怪訝そうな台所番に、雨妹に代わって立彬が説明してくれた。何故雨妹が説明できなかったかというと、亀と再会できた喜びでむせび泣いていたからである。
「おや、そうだったんですか! そりゃあまあ、そんなところから持ち出してはいけませんねぇ」
台所番は事情を知ると、あっさりと亀の石像を返却してくれた。
というより、百花宮内のものは全て皇帝の持ち物であるので、それを盗んだとされては当然罪人となる。意地を張って所有権を主張するなんて、悪手も悪手というわけだ。
雨妹は別段誰かを責めたいわけではないし、亀が戻ればそれでいいということで、その場は解決となった。
亀の石像が何故太子宮の台所に持ち込まれることとなったのか、雨妹が後でよくよく話を聞き込むと、どうやらとある掃除係が通りかかる人をギョッとさせようとでも思ったのか、茂みからお尻が出ているように亀を置いたらしい。するとその亀に足を引っかけた者がおり、八つ当たりで亀を蹴飛ばし、その勢いで亀は道端へ転がった。その亀を見つけた台所番が「これは漬物に使うのに、いい大きさの石だ」と考えたようで、持ち帰ったと、そういうことらしい。
その亀が庭園に飾られている石像だなんて思いもせず、誰かが捨てたものだろうと考えたという。なんともあの石像庭園の不人気さゆえの悲劇である。
ともあれ、早速亀の石像を庭園に戻しに行く雨妹に、立彬もついてきた。
雨妹は亀の石像をどこに置こうかと考えて、木の根元で休んでいるように置いてみる。
――もうどこにも行ったらダメだよ!
亀の石像に言い聞かせるように言う雨妹の様子を眺めていた立彬が、ボソリと言う。
「ここは静かで落ち着く雰囲気だが、夜中だと不気味かもしれんな」
「確かに、闇夜だと石像が怖く見えるかもしれません」
立彬の感想に、雨妹もその可能性に気付く。
掃除をしている昼間の光景しか知らない雨妹だが、言われてみれば少なくとも、夜の散歩には向かない場所だろう。
――この庭園が不人気なのは、ひょっとしてそのせいなのかな?
一人で首を捻る雨妹なのであった。
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