サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと/依空まつり

  <焼き栗パーティ>



 セレンディア学園生徒会書記エリオット・ハワードは、神妙な顔でモニカを見た。


「いいか、覚えとけよ子リス。このセレンディア学園で騒音が起こったら、大体原因は三つだ」


 コクリと唾を飲むモニカの眼前で、エリオットは右手の指を一本立てて言う。


「一、ベンジャミンが新しい音楽を思いついて、場所を選ばずにバイオリンを弾き始めた」


 窓の外から響くのは、ご機嫌なバイオリンの音と、陶酔した音楽家の声。


「あぁ、秋とは何故、かくも音楽が捗るのか……っ! 聴こえる、聴こえるぞぅ、新しい音楽が! この音楽を秋風に乗せて、今こそ高らかに奏でようではないかっ!」


 エリオットは眉間の皺を増やしながら、二本目と三本目の指を同時に立てる。


「二、高等科二年の編入生グレン・ダドリーが大声で騒いでいる。三、頭に血が上ったシリルが怒鳴り散らしている」


 モニカは廊下の方をチラリと見た。

 廊下から響くのは、バタバタという足音と、グレンとシリルの声。


「副会長ぉー、見逃してほしいっす──!」

「止まれ、グレン・ダドリー! 廊下を走るなっ、制服を着崩すなっ、学園内に栗を持ち込むな──っ!」

「だって、秋って言ったら、栗じゃないっすかー!」

「だからと言って、大量のイガ栗を持ち込むやつがあるかっ!」

「イガ付きの方が保存が効くんすよー!」


 グレンとシリルのやりとりは、扉越しでもよく聞こえた。

 なんだったら、生徒会室の窓ガラスがビリビリと震えている。

 きっと扉の向こう側ではグレンが走ってシリルから逃げ回り、シリルがギリギリ走っていることにならない早足で、グレンを追いかけているのだろう。

 エリオットは心の底からゲンナリした顔で、天井を仰いだ。


「今、セレンディア学園三大騒音が同時に騒いでいる。名門の名折れだな?」

「…………」

「という訳で、俺はベンジャミンを止めてくるから、君はグレン・ダドリーと、頭に血が上った副会長殿を頼む」


 今、生徒会室にいるのはモニカとエリオットの二人だけだ。他の役員は席を外している。

 ともなれば、学園内のトラブルを解決するためには、モニカとエリオットが分担するしかないのだ。

 だが、自分にシリルとグレンの仲裁ができるだろうか。

 モニカが「あの、でも……」とモゴモゴ言うと、エリオットはジトリとした垂れ目でモニカを見据えた。


「じゃあ君に、ベンジャミンの説得ができるのか?」


 モニカに選択の余地などなかった。



       * * *



 グレンとシリルの追いかけっこは、どうやら学園の外に移行したらしい。

 モニカは二人を追いかけるため、大慌てで学園の外に出た。

 ここ数日はずっと良い天気で、今日も澄んだ青空が広がっている。

 モニカは目を凝らして空を睨んだ。外に出たグレンが、飛行魔術で空を飛んで逃げているのではないかと思ったのだ。


「バードウォッチングかい?」

「いえ、グレンさんとシリル様を探して……」


 すぐ真横から聞こえた声に言葉を返したモニカは、そのままぎこちなく首を捻って声の方を見た。

 モニカのすぐ隣で、ニコニコと微笑んでいるのは、この国の第二王子であり、セレンディア学園生徒会長のフェリクス・アーク・リディルである。

 いつもながら、現れる時に気配を感じないのはどういうわけだろう。

 王族ってすごい、とずれた感動をするモニカに、フェリクスは森の方角を指さして言った。


「ダドリー君とシリルなら、森の方に走っていくのを見たよ。二人に何か用事でも?」

「あの、わたし、ハワード様に……その」

「うん」


 モニカはどう説明したものか、悩んだ。

 あの二人が馬鹿うるさいから、なんとかしてこいと言われました……では、あまりにも率直すぎる。

 なにより、シリルはフェリクスのことを誰よりも敬愛し、慕っているのだ。

 そんなシリルが騒音だと言われている現状を、そのままフェリクスに伝えるのはしのびない。

 モニカは指をこねながら、ぎこちなく言葉を絞り出した。


「シ、シリル様とグレンさんに、仲直りしてほしくて、ですね……」

「仲直り?」

「はいっ! 仲直り、ですっ!」


 グレンはさておき、シリルの声が大きくなるのは往々にして、彼が怒鳴っている時である。

 つまりシリルが冷静になりさえすれば、状況は改善するのだ。

 フェリクスはしばし考え込むような顔をしていたが、やがてニコリと微笑むと「じゃあ行こうか」とモニカを促した。


「……へ?」

「二人を仲直りさせるのだろう?」

「あ、は、はい……」


 フェリクスの力を借りるつもりはなかったが、確かに彼がいると心強い。

 敬愛する殿下のお言葉なら、シリルはほぼ確実に説得できる。

 モニカとフェリクスは並んで歩きながら、森へ向かった。

 森はセレンディア学園の敷地の一部だ。主に乗馬の授業や、実践魔術の授業などで使われており、ある程度歩きやすいように道が整備されている。


「それで、シリルとダドリー君は、どうして揉めているんだい?」

「えぇと、それは……」


 モニカが口ごもっていると、森の奥からシリルの怒声が聞こえた。


「どこに行った、グレン・ダドリー! 今日という今日こそは、その生活態度を改めてくれる──っ!」


 その声の大きさに驚いた鳥達が、一斉に木々から飛び立つ。

 バサバサと飛んでいく鳥の群れを見送りながら、フェリクスが納得顔で頷いた。


「なるほど、いつものだ」

「……はい」

「とりあえず、先にシリルから話を聞こうか……おや?」


 空を見上げていたフェリクスが、何かに気づいたように声をあげる。

 つられて空を見上げたモニカは、木々にギリギリ隠れる高さで飛んでいるグレンの姿を見つけ、目を丸くした。

 グレンもこちらに気づいたらしい。パッと明るい表情で、片手をブンブン振っている。


「会長! モニカ!」


 飛行魔術を操りモニカ達の前に降り立ったグレンは、相変わらず制服のボタンを留めずに着崩しており、背中に大きなカゴを背負っている。

 モニカが膝を抱えれば、すっぽり隠れられそうな大きさのカゴだ。そんな大きなカゴに、イガ付きの栗がたっぷり詰まっている。

 おそらく、これを学園内に持ち込もうとして、シリルに叱られたのだろう。


「会長! 学園内に軽食を持ち込むのって、禁止されてないっすよね! ほら、お茶会でお菓子とか出たりするし」


 どうやらグレンは、この大量のイガ栗を持ち込むことについて、フェリクスの了承を得ようとしているらしい。

 グレンの言う通り、学園内に飲食物を持ち込むことは禁止されていない。

 モニカもよく、ポケットに昼食の木の実をしのばせている。

 ……だが、大きなカゴいっぱいのイガ栗は、果たして軽食と言って良いものだろうか?

 フェリクスがカゴを見ながら、グレンに訊ねた。


「ダドリー君、その栗は君のおやつなのかな?」

「そうっす! 茹でて良し! 焼いて良し! 秋のおやつと言えば、やっぱ栗っすよね!」

「だから、持ち込もうと?」

「教室の後ろに置いとこうとしたら、副会長に叱られたっす!」


 教室にドーンと置かれた大きなカゴ。そこに詰め込まれた大量のイガ栗にシリルが目を剥く光景が、モニカには容易に想像できた。

 自分は悪くないと言いたげなグレンに、はたしてフェリクスはどんな言葉をかけるのだろう?

 モニカがオロオロしながら見守っていると、フェリクスはいつもと変わらぬ穏やかさで言った。


「ダドリー君。その大量のイガ栗、教室に置いておくには、少し大荷物すぎるね? 虫が湧くかもしれないし、カゴから転がり落ちたイガを誰かが踏んだら、怪我をしてしまうかもしれない」


 グレンが気まずそうに視線を彷徨わせる。

 そんなグレンを、フェリクスは碧い目で真っ直ぐに見据えた。

 咎めるような厳しい視線じゃない。子どもを諭す、優しい大人の目だ。


「シリルは、君に意地悪を言っているわけじゃない。彼はいつだって、生徒全員のことを考えてくれている。勿論、君のことも」

「うー……」

「君には既に、持ち込んだ肉や、調理器具や、燻製器を置くための場所を融通しているだろう?」


 それは初耳である。

 どうやらモニカの知らないところで、何らかの交渉が成立していたらしい。

 最初は開き直った態度のグレンだったが、フェリクスに穏やかに諭され、段々と眉が下がっていく。

 叱られた犬のように情けない顔をするグレンに、フェリクスは柔らかい口調で告げた。


「シリルの気持ちを、慮ってはくれないかい?」


 グレンは唇をギュッと引き結び、眉間に皺を寄せて俯いている。

 フェリクスは急かしたりせず、ただ優しく微笑んでグレンの言葉を待っていた。

 やがて、グレンは口の中で言葉を転がすみたいに、ボソボソと呟く。


「……オレ、ワガママだったっす。ごめんなさい」


 殿下はすごい、とモニカは素直に思った。

 モニカだったら、きっとグレンを説得はできず、勢いで押し切られていただろう。

 グレンは背負っていたカゴを地面に下ろすと、落ち込んでいたのを誤魔化すかのように、殊更明るい口調で言った。


「この栗はパーッと消費するっす! そうだ! 会長、焼き栗パーティしたいんで、火を使う許可をくださいっす!」


 学園の敷地内で火を使う時は許可を──と、以前言われたことはきちんと覚えていたらしい。ただし、本来は事前に書面で申請するものである。

 また諭されてしまうのでは、とモニカがハラハラしていると、フェリクスは何かを思いついたような顔で、ポンと手を打った。


「そうだ。それなら、こうしよう」


 フェリクスの提案に、グレンが「いいっすね、それ!」とはしゃいだ声をあげた。



       * * *



 生徒会副会長シリル・アシュリーは魔力過剰吸収体質であり、余剰な魔力を冷気に変換して、襟元のブローチから放出している。

 殊に感情が昂るほど、症状が悪化する傾向にある彼は今、歩く北風となって秋の森に冷気を撒き散らしていた。


(えぇい、まったくけしからん、学業に励むべき学び舎をなんだと思っているんだ……っ)


 今日という今日こそ、見つけたらきっちりみっちり一時間説教をしてやる。

 霜の下りた落ち葉をパリパリと踏み締めながら、シリルが大股で歩いていると、前方から声が聞こえた。


「副会長ぉー!」


 こちらに駆け寄ってくるのは、今まさに探していたグレン・ダドリーである。

 その姿を見て、シリルは思わず目を見開いた。

 いつも上着のボタンを留めていないグレンが、珍しくきちんとボタンを留めている。

 いつも雑に結ばれている学年色のスカーフも、多少不恰好ではあったが、きちんと結ぼうという努力の跡があった。

 そしてなにより、シリルを怒らせた原因であるイガ栗のカゴも背負っていない。

 驚き立ち尽くすシリルに、グレンは勢いよく頭を下げる。


「副会長、ワガママ言ってすみませんでしたっ!」


 シリルは衝撃を受けた。

 あの、いつもやりたい放題のグレン・ダドリーが制服をきちんと着て、自分の行いを改めている。

 この短時間でどういう心変わりがあったかは分からないが、後輩が殊勝な態度で反省しているのなら、シリルとてガミガミ説教をするつもりはない。

 念のために、シリルは訊ねた。


「あの大量のイガ栗はどうした」

「教室に持ち込むのはやめて、今日全部食べちゃうことにしたっす」


 流石のシリルも、栗を廃棄しろとまで言うつもりはない。

 この程度なら、まぁ大目に見て良いだろう。

 シリルは「今後このようなことはないように」と一言釘を刺して、この場を立ち去ろうとした。

 だが、それより早く、グレンが拳を握りしめて言う。


「オレ、今日の放課後は真面目に魔術の修行をしようと思ってて……」

「良い心がけだ」

「それで、副会長にオレの修行を見てもらえないかなって……駄目っすか?」


 後輩に頼られて、シリルに断る理由はない。

 シリルは魔術が得意だ。グレンとは得意属性が違うが、魔力制御や魔術式に関してなら、アドバイスできる。


「いいだろう」


 シリルが腕組みをして頷くと、グレンは「やったぁ!」と声をあげて、シリルの背後に周り──シリルの脇の下に腕を突っ込み、その体を軽々と持ち上げた。

 ギョッとするシリルの背後で、グレンが早口で詠唱をする。飛行魔術の詠唱だ。


「待て、貴様、何を──」

「副会長を、訓練場にご案内っす!」


 シリルを持ち上げたまま、グレンの体が浮き上がった。

 シリルは今まで高いところが苦手だと思ったことはないが、命綱無しで大木を越える高さまで飛ばれたら、流石に肝が冷える。

 シリルが口をパクパクさせている間に、グレンは飛行魔術を操り、森の奥のひらけた場所で着地した。

 この場所をシリルは知っている。実践魔術の授業などでも使われている、魔術の訓練場だ。

 放課後は魔法戦クラブが使っていることが多いのだが、今日は訓練日ではないらしい。

 魔法戦クラブ員達の姿はなく、その代わりにフェリクスとモニカが何やら作業をしていた。

 グレンから解放されたシリルは、その光景に唖然とする。


「で、殿下……何を……なさって……」


 フェリクスは地面に置いたイガ栗から、栗を取り出していた。

 ブーツでイガを踏んで固定し、火バサミを使って器用にイガをこじ開け、中からふっくらとした栗を取り出すと、フェリクスはシリルを見てニコリと笑う。


「見て分からない? 栗を取り出しているんだ」


 フェリクスのそばには野外作業用のテーブルが置かれていた。テーブルの上には皿やらフライパンやら、調理器具が並んでいる。

 テーブルの前では、モニカが椅子に座って、ナイフで栗に切れ目を入れた。

 見ていてハラハラする、危なっかしい手つきだ。

 栗に切れ目を入れたモニカは、フゥッと息を吐いて顔を上げ、そこでようやくシリルに気づいたらしい。真っ青になって、アワアワと手を動かす。

 頼むからナイフを置いてくれ、とシリルは切実に思った。


「あっ、シ、シリル様……これは……えっと……」


 モニカが口ごもっていると、グレンが楽しそうに声をあげる。


「そんじゃ、早速第一段を焼くっすよー!」


 グレンは切れ目を入れた栗を全てフライパンに移し、石を組んで作った簡易カマドの上に置くと詠唱を始めた。火を起こす魔術の詠唱だ。


(まさか、魔術で栗を焼くつもりなのか……?)


 それ自体は別に良いのだが、グレンの詠唱の内容にシリルは顔をしかめた。酷い魔術式だ。

 できることなら今すぐにフェリクスの仕事を代わり、モニカにナイフの使い方を指導したい。

 だが、目の前で適当な魔術を使われ、たまらずシリルは口を挟んだ。


「待て、グレン・ダドリー。貴様は今、魔力を安定させるための第三節を適当に誤魔化したな」

「うっ、そこは、ほら、感覚でなんとか……」

「もう一度最初からやり直せ。栗を炭にする気か。正しい術式はこうだ」


 シリルは適当な木の枝を拾って、地面に正しい術式を書く。

 グレンはそれを見てフンフンと頷き、詠唱を再開した。今度は正しい詠唱だ。

 カマドの中に、焚き火程度の火が生まれる。

 魔術は瞬間的に威力を上げることよりも、長時間安定させ、維持する方がずっと難しい。

 グレンはフライパンの底に丁度良く火が当たるよう、慎重に魔術を調整した。

 火が安定したのを見て、「よし」と満足気に頷いたシリルは、そこでハッと我に返る。


「……私は、魔術の訓練のために呼ばれたのではなかったか?」


 呟くシリルに、グレン、フェリクス、モニカが順番に言う。


「訓練っす!」

「訓練だね」

「く、訓練……でしょう、かぁ?」


 最後の一人は完全に声が上ずっていたが、敬愛する殿下が訓練だと言うのなら、これは魔術の訓練なのだ。

 シリルは己にそう言い聞かせ、フェリクスのために椅子を引いた。


「殿下、その作業は私がやります。どうか、こちらの椅子におかけください。ノートン会計、ナイフはもう少し上の部分を持て。それと栗に切れ目を入れる時は、栗の平らな面ではなく膨らんでいる側に……」



       * * *



(いいのかなぁ……)


 最後の栗に切れ目を入れたモニカは、隣に座るフェリクスを見た。

 フェリクスは机に頬杖をついてニコニコしながら、火力調整に奮闘しているグレンとシリルを見ている。平和だ。


(わたしは殿下の護衛だし……一緒に行動するのは間違ってない、よね……うん)


 だが、その護衛対象と一緒に焼き栗を囲う日が来るなんて、どうして想像できただろうか。

 ソワソワしているモニカに、フェリクスが笑いかける。


「仲直りできたみたいだね」


 そういえば、フェリクスにはそう説明したのだった。シリルとグレンを仲直りさせたい、と。

 モニカは切れ目を入れた栗を皿に載せ、フェリクスを見上げる。


「……殿下は」

「うん」


 グレンとシリルを説得して、こうして平和に焼き栗を囲む流れに持ち込んだのはフェリクスだ。

 きっとモニカだったら、グレンもシリルも上手に説得することはできなかっただろう。


「殿下は、すごい、です」

「王族だからね」


 周囲に栗が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 フライパンの中の栗は、切れ目がパックリと広がって、ほんのり焼き色がついている。


「でーきたっ! さぁ、焼き栗パーティっす!」

「訓練……」


 ボソリと呟くシリルに、グレンは真面目くさった顔で言う。


「美味しい物があって、それをみんなで食べたら、パーティだと思うんすよ」

「素敵な考えだね」


 フェリクスの同意に、シリルがぐぅっと黙り込む。

 モニカも素敵な考えだと思った。そう思える自分に少しだけ驚いた。

 一年前は、誰かと食事をすることを楽しいだなんて思えなかったからだ。

 モニカがそんなことを考えていると、テーブルに一人の男が近づいて来た。亜麻色の髪の、線の細い青年だ。


「おや、良い香りに釣られて来てみれば……なにやら楽しそうなことをしているではないか」

「あっ、チェス大会に出てた、音楽家の人!」


 グレンの言葉に、亜麻色の髪の青年──音楽家ベンジャミン・モールディングが優雅に一礼する。


「ご機嫌よう、殿下。楽しそうな催しですね。友人にバイオリンを取り上げられた哀れな音楽家に、秋の味覚を恵んではくれませんか?」


 どうやらバイオリンは、エリオットの手で没収されたらしい。

 三大騒音の原因がこの場に集まって栗を囲っているなんて、エリオットが知ったらどんな顔をするだろう。

 フェリクスは「私は構わないよ」と言い、チラリとグレンを見た。


「いいだろう、ダドリー君?」


 栗の持ち主であるグレンは、満面の笑みで頷いた。


「どーぞっす! 焼き栗は、みんなで囲って食べた方が美味しいんで!」


 グレンの言葉にベンジャミンがニッコリ微笑み、モニカの左隣に腰を下ろす。

 モニカの右隣にフェリクス、正面にグレンとシリルが座ったところで、グレンが「いただきまーす!」と声を上げて栗を一つ手に取った。


「あちちっ、ほいっ、副会長、どうぞっす!」

「何故、私に渡す」

「そしたら、すぐに冷めるかなーって」


 シリルは憮然とした顔をしていたが、フェリクスが栗に手を伸ばすと、慌てて椅子から腰を浮かせた。


「お待ちください、殿下っ、私が殻を剥いて毒味を……熱っ……今、冷まし……熱っ」


 シリルが苦戦している間に、ベンジャミンがハンカチで栗を包み、器用に殻を剥いた。

 なるほど、とモニカはベンジャミンを見習い、自分もハンカチで栗を包んで殻を剥く。

 ベンジャミンは殻を剥いた栗を一つ口に放り込み、うっとりと目を細めた。


「やはり、秋の味覚は素晴らしいものだね。これは、ワインと音楽が欲しくなるな……うんうん。学園に戻ったら一曲弾かなくては」


 ベンジャミンは二個目の栗を剥きながら、フンフンと鼻歌を歌い始めた。鼻歌なのに一つ一つの音がしっかりしていて、小気味良く聞こえるのがすごい。

 やたらと高度な鼻歌に感心しつつ、モニカは剥いた栗を口に放りこむ。

 焼き栗特有の香ばしさと、ほっこりした素朴な甘さに、思わず頬が緩んだ。

 モニカは二つ目の栗に手を伸ばしながら、グレンを見る。


「グレンさん、栗……あとで少し分けてもらっても良いですか?」

「良いっすよ!」


 ネロにも、秋の味覚をお裾分けしてあげたい。

 ネロは肉の方が好きだろうけれど、きっと「たまにはこういうのも悪くないな」と言って、栗を口いっぱいに詰め込むだろう。

 グレン達の賑やかな会話とベンジャミンの鼻歌に耳を傾けながら、モニカは屋根裏部屋の焼き栗パーティに想いを馳せた。

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