俺のバナナを食うかい?
杜侍音
俺のバナナを食うかい?
バナナはいつだってお前のことを想ってるぜ……。
バナナを食ったらお前は健康になるってな。
だがよ、好きなフルーツランキングではいつも8位や7位辺りを行ったりきたりだとよ。
いつも一位はイチゴだ。
絶対王者のアイツの栄養価も高いのは認めるが、このバナナに敵うものはいない。
毎朝一本、食うだけで健康になるってのに……最近の若者はバナナを食わないときた。
スムージーなら飲むって? それもいいが、俺の皮を捲ってからしゃぶりついて欲しいものだ。それに粉々に切り刻まれるのは痛くはないが、怖いんだぜ?
だからバナナはよ、自ら食われに行くことを決めた。
足が早いんでな、腐っちまう前に俺を隅々まで味わって欲しいんだ。そうじゃないと、遥々南国から来た意味はないだろ?
……バナナなこと、バカなことを言うなって?
バナナは動けるぜ?
曲線美の体で不規則な動きにはなるが、遠足先がどこであろうと向かってやるさ。
それにバナナはよ、凍ったら釘だって打てるんだぜ。どんな場所に閉じこもってようが、こじ開けてやるさ。
……どうやらまだ信じていないみたいだな。
ならば、あそこで寝ている青年の口の中に飛び込んでやろう。
大きな口を開けてイビキをかくとは、だらしがないぜ、まったくよ。
バナナは房と別れ、最期の旅に出ることにした。
別の俺たちが見送ってくれるが、もう振り返るわけにはいけない。しくじまったら次はお前たちに託したぞ。
さぁ、時の女神はせっかちだぜ。
ほらほら、バナナの速さに目を回すんじゃねぇぞ。
『──ふっ! 相変わらずぎこちねぇなバナナはよぉ!』
っ……⁉︎ この蜜たっぷりの甘々な思念は!
『オレだ! リンゴだ!』
やはり奴か……。
バナナにとって永遠のライバル。いつも同じミキサーに入れられては混ぜられるわ、サラダに入れられることもあるフルーツとして、みかんとも並んで戦ったことはある。クレープという舞台では俺が何本も抜き出てるがな。
しかし、こいつがいるのはマズい。
奴が体から発する毒、エチレンガスはバナナの老化を早めてしまう。
もちろん今の熟りきってないバナナのままじゃ、人間は満足しきれない。程良くスイートスポットも出るほど熟れた状態で口へと飛び込むのだ。
こいつの毒も利用してやらねば。
『ふっ、どうやら人間に食われようとしているみたいだが、それはオレの役目だ! バナナは大人しくジャマモノとして車でもスリップさせてるんだな……‼︎』
確かに球形の体をした奴なら早く辿り着くだろう。しかし、その大きさでは人間の口には入るまい。
『それが、入るんだよなぁ〜』
なんだと⁉︎
『変身‼︎』
奴が力を込めて宣言すると、変身シーンはカットするが、いくつものウサギの形へと変貌した。
『じゃあな! そこで大人しくくたばってな。レリーン……ゴォ‼︎』
そして、脱兎の勢いで奴は人間の元へと向かう。
何という速さだ……いつものバナナでは追いつかない。
だが、リンゴにできることはバナナにできないはずがない。
この皮は踏んだものを滑らせるだけじゃないんだぜ。捲ることによってよ、手が汚れない持ち部分として機能するんだ。
さらに上手くすれば……それが手足となる。
バナナは皮を四等分に剥がすと、二本は脚に、もう二本は腕に……人型〝バナナマン〟となった。
バナナは走る。
バナナは踊る。
バナナは滑る。
この姿は人間のように自由に動ける代償として、腐敗も早く進んでしまう。
だが、光を置き去りにするこの速度であれば、リンゴすら過去の果物となった。いや、それはちっと言い過ぎたか。
『なんて速さだ……ふっ、今回は譲ってやるよ』
さぁ、待ってろ人間。
今その口先に飛び込んでやろう。これがバナナの、最期の大仕事だ。
ここで辞世の一句。
『
いざ行けや
バナナ飛び込む
咀嚼音
』
空いた口が塞がらないお前のことも、バナナはいつだって狙ってるぜ。
さぁ、俺のバナナを食うかい?
「んごっ⁉︎ ゴボッ、ガーハッ⁉︎ ゲホッ、ゴホッ……あー……バナナ? 何で口の中に……。お、リンゴ切ってくれてんじゃーん。母さんが用意したのかな。まぁ、一個もーらい」
俺のバナナを食うかい? 杜侍音 @nekousagi
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