スパイ戦争
4 スパイ戦争
現在の、攻撃衝動同士がぶつかりあって、血で血を洗うような抗争を繰り広げているような、殆ど無法地帯の様相を呈している世界地図においては、攻撃衝動という、人類の暗い血の運命に根差す「戦争という宿痾」を
国連肝煎りの、日本の戦国時代の”発破組”にあたるようなスパイ国家・『バベル』は、いよいよ、全くの秘密裡に、未知の、巨大な潜水艦のごとくに静かに活動を開始した。
最終的な国際平和、エマヌエル・カントの夢見た「恒久平和」を達成するためには
猖獗を極めている「戦争という病」にとどめを刺す、超絶的な”ペニシリン”が必要だった。人類の歴史とともに”戦争”は常にあり、世界はそれとの共存を強いられてきた。エロスとタナトス。コンラート・ローレンツの言う錯乱した攻撃衝動。死への衝動に基づく狂った暴虐と殺戮。それを諌止するのが「バベル」の使命だった。
ウェブの迷宮が全世界を覆っていて、無数の情報ややり取りが常時行き交っている。その電気信号の海に踏み入って、全てを網羅して完全に咀嚼して、そのヒエラルキーの頂上に君臨する「闇の支配者」になるのが、既成権力への刺客としての「バベル」の差し当たっての目標だった。それは完全な無法地帯でのバトルロイヤルを制する、頭脳によるデス・マッチのようなものだった。
いわゆる「第三の波」、情報革命は全世界を席巻して、怒涛のように新しいウェーヴを巻き起こしている。ウェブが浸透することで、今までには闇に紛れていた様々な真実が白日の下にさらけ出されて、「知らないがゆえの誤解、齟齬」はミニマムにされつつある。知性とは何か?極限まで脱構築された世界での最終的な真実を説明する手掛かりとなるロゼッタストーンは何だろうか?
最も賢明なものが勝利する。それが21世紀の戦争だった。最もスマートで、最も先行きが見通せる、状況を説明するすべての要因に精通していて、正しい選択をする。時間と空間の3次元のフィールドで、全てのパラメターを直観的に把握して、適確にターゲットを撃破する最短の道を辿ることができる。
スパイ戦争とは抽象的な模擬画面に展開するシミュレーションをリアルな位相で”追試”する寧ろアカデミックな作業だった。それはひとつのゲームだったが、従来はそれほどどの国も諜報活動に重きを置いていなかった。しかし情報のネットワーキングの、そうしてそれを統べる哲学である「知性」の重要性を、理解しているものは少数派だった。
「バベル」の出現自体がウェブ空間においてそもそも未知数の要素であり、既成のあらゆるスパイ組織やハッカー集団を遥かに凌駕する圧倒的な質と量の巨大なパラメターが参入することで、ゲームはあっけなく収束した。
殆ど意識すらされないうちにすべての国家の軍事システムはすべて骨抜きにされて完全に破壊されて、復旧も不可能になった。金融機関のシステムも同様だった。
武装解除された主要国に向けて、「国連主権のクーデター」が宣言されて、地球上のすべての権力機構と軍事力が崩壊して、無に帰した。
「バベル」による無血革命の成就だった。
<続く>
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