超実験国家『バベル』


       2 実験情報国家・『バベル』


 「超情報国家」構想は、トップシークレットとして極秘裏にどんどん進展していって、一年後にはほぼ骨格が固まった。この構想自体がスパイにすっぱ抜かれては全てが水泡に帰する。慎重のうえにも慎重を期して、全ての関係者のやり取りは、傍受不能、侵入不能の、独自のネットワークのコミュニケーションシステムを介してなされた。


 最先端の情報技術の粋を尽くした実験国家ー


 その名称は『バベル』と決定された。


 古代の言い伝えの「バベルの塔」ーそれは人類の夢と傲りの物語の中の砕け散った塔の名称である。

 そのバベルの塔を象徴的に再構築して、失われた人類共通の言語、そしてそれとともにあった平和を再び取り戻そうという、「見果てぬ夢」ドリームレス・ドリームの象徴という意味である…


 タブレット上に浮かび上がった三次元の、妖精のようなホログラムの美女と、『バベル』初代大統領の椅子に鎮座している<万城目 胖>(まきめ・ゆたか)は低い声で話していた。


 「『バベル』構想は99%成就している。あとは組閣人事と差し当たって具体的に何から始めるかという行動計画の策定だ。最終的なゴールは世界平和、そして国境の撤廃、全世界連邦の樹立だが、道は険しそうだな…前途遼遠だ。」


 「大統領。超優秀なスパイやハッカー群、情報工学の精華のアンドロイドや多種多様なロボット、それらを補佐するSE、研究者。役者の顔触れはすっかりそろっています。「ゼウス」が中心になってデザインされた国家システムは極めて緻密かつ周到、完璧です。「バベル」の全精力を傾注すれば、時日を経ずして世界中の国家機密はすっかり丸裸にできそうです。」


 「丸裸、か…」


 そうつぶやきながら、大統領は素早くファンクションキーを操って、ホログラムの美女を全裸にしてみた。洋ナシ形のたわわな乳房。くびれた蜂腰。飾り毛も髪と同じく栗色だった。


 「じゃあ、まずはすっかり相手の手の内をさらけださせて、ゲームを有利に進められる条件を整えるわけだな。ワンサイドゲーム、そうしてコールドゲームを目指そう。機密が盗まれたことすら知られてはならない。一滴の血も流さずに世界中の軍隊を骨抜きにするのだ。」


 「そうして武装解除が成った後で、今度はすべての金融機関のシステムを破壊するんですね。実質上の全世界同時の強制デフォウルト…現代の「トクセイレイ」ですか?そうして同時に国連が管理する全世界共通の電子マネーの流通を宣言する。金融革命です。新制度下ではもうカネが物神化されることはありません。電子マネーは全世界の人類に平等に分担されて、いわば「存在することが意識されない血液」に変貌する。少しごたつくでしょうが、ASAPに新貨幣システムへの移行を終えた後で、「貧困」問題が全世界的に完全無欠に撲滅されたことを宣言する…」


 「そう、それで経済は終わりを告げる。権力も消える。戦争も、政治も終焉する。そうして新時代の幕開け…我々のゴール、そうしてスタートラインはそこだ」


 「最終的な革命ですね。これは「バベル」によるクーデター、新時代のフランス革命ですね!」


 「そのジャンヌダルクは君だ!副大統領。組閣人事と行動計画のプログラム策定は君に任せる。私には事後報告だけでいい。健闘を祈るよ。」


 「イエッサー」


 ホログラムの美女は消えた。


 大統領は正面のテニスコート大の全面窓の外にある豪奢な夜景を見つめた。大小さまざま、色とりどりの光の洪水だった。その中の「Microsoft」という巨大な電光文字に向かって、大統領は「驕る平家は久しからず」と、故郷の最大の古典の、もっとも有名なくだりを呟いた。




<続く>






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る