喧嘩

第61話

朝、ゴミ出しに行こうとドアを開けたところ、タイミング同じくして、隣の部屋のドアが開いた。


「おはようございます」


「ああ、おはよう零くん」


川中先生もゴミ袋を持っていた。


「朝食はとられましたか?」


「お構いなく」


川中先生は寂しがり屋とわかっていても、碧唯さんは置いていってしまうのですね。なんとなく一緒にゴミ捨て場まで行く。


「零くん、いつも着物なんだね」


「はい」


「日本男子って感じでいいね」


「ありがとうございます。では、私は仕事なので失礼します」


「書道の仕事?」


う、痛いところをつかれてしまった。書道家なんだけども…今してることは


「いえ、茶道教室の仕事です」


「は?そんなこともしてんの?すげーな」


ぽんぽんと肩を叩かれた。褒められたようだ。


「あれ?なんか筋肉の付き方いいね。鍛えてんの?」


「はい」


よくお分かりになりましたね。着物だとわかりにくいのに。


「零くんすげーよ。若いのに頑張ってるな。俺も努力しないとな」


そう言った川中先生の顔は悲しそうであった。また碧唯さんのことでも考えているのだろう。


「では」


「いってらっしゃい」


川中先生、可哀想。

仕事場に到着すると、母の知人の先生が入り口にいた。


「おはようございます」


なんだろう?なにか急用だろうか?


「あら、躑躅さん。待っていたんですよ」


「はい?なにか私に御用でしょうか?」


「以前、奥様を紹介して欲しいって私が言ったのですが…覚えていますか?」


「ええ、もちろんでございます」


「そう。ではお時間のあるときにでもお会いしたいわ。それで、奥様は普段着物を着ていらっしゃるんでしょうか?」


「いえ、洋装です。着物は持っていませんので」


「そうなんですね。身長はどれくらいでしょうか?」


「私とあまり変わらないです」


「そうですか。痩せていらっしゃいますか?」


「そうですね」


やや太ったと言ってたけれど。


「ピンクとかお好きかしら?」


「はい、おそらく」


「そうですか、では今日もよろしくお願いします」


「はい」


いろいろな質問をされたが、なんだったのだろう?早く紹介しろってこと?ですよね…。


でも、宝之華はもう嫌って言っていたし。それに、妻ですと自分で言うのも嫌って言ってたし。じゃあ僕が言わないといけなくなって…どう説明したらいいのやら。

しかし早く紹介してほしそうだったし、とりあえず言うだけ言ってみよう、かな?

自宅へ帰ると、宝之華は既に帰っていて、料理をしていた。


「おかえりー零さん」


「ただいま」


だめだ。言えない。そのまま食事となったが、違うことしか話していない。そのうちに食べ終わってしまった。…どうしたら。


「零さん、なんか今日ぼーっとしてません?」


「あ、はい」


お茶を飲みながら考えていた。一口飲んで決心する。


「あの、宝之華…」


「何?」


「教室の、先生がですね…紹介を…」


「え、なに?」


「…やっぱりいいです」


「は?」


「いえ、仕事関係の人に会わせるのは違いますよね…」


「何?」


「いえ、なんでも。独り言です」


「え?」


「なんでもありません。個展があるので書道をしないと」


話しながら決めたが、紹介はしない方向にした。とにかく今は個展のための書道に集中しないと。


「ねぇ、ちゃんと言ってよ!」


「気にしないで下さい」


宝之華に迷惑をかけないようにしないと。

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