第21話 謀略の品格

「結局、何の結果も出せずに悪戯に警備を強化されただけではないか!お前達は何をしとるんだ、役立たずが!」


 普段であれば静寂さを保っているはずの、今では教国の使節団の重要人物の滞在場所になっている迎賓館の一室で、団長でもある枢機卿の耳障りな怒鳴り声が響いていた。


「それにこちらからエセ聖女の側に送り込んどいた護衛の修道士はどうしたのだ?この重要な場面で、そやつは何をしとったんだ!」


 一方的に怒鳴られる格好になっている、随行した暗部を取りまとめる司祭は冷や汗を大量にかきながら仕方なく調査結果を順に報告する。


「まず最初に聖女様へ直接襲いかかった給仕の件ですが、我々とは無関係の別口の襲撃でした。既に実行犯は王国に確保され詳細な取り調べを受けております。あの聖女様は色々な方面から狙われているようで…。我々の手の者がそれに乗じて気が緩んだ処で確実に毒殺を狙ったんですが、聖女様はそもそもグラスを手に取ることも無かったようです。見た目だけでは見破られるはずのない毒を使ったのですが、ひと目で異常に気づいたとか。」


 顔を蒼くしながら報告していたが、意を決したような顔で更に続けた。


「あの、あの方は真の聖女様なのではないでしょうか?毒を見るだけで見抜くなど…それに、浄化の力も強力だとか。あの身に纏われている聖衣オーラは大教会の聖女様達と同じ、いえ、むしろ、より輝いているように見えま…」


「貴様は何を世迷言を言っとるんだ!そんな輝きなぞ、あの偽聖女にはまったく見えなかったではないか。どうせ夜会の照明が衣装に反射していたのを見間違えただけだろう、まったく、くだらん!」


 司祭は一瞬、残念な者を見る目で上司である枢機卿を見たが、今の自分の立場と役割を思い出しすぐに表情を取り繕うと淡々と報告を続けた。


「本番となる王家主催の夜会は二日後です。それまでに今回の反省を生かして準備を進めます。次の機会では先日から聖女様の警護に潜り込ませた要員も組み込んで仕掛けますので、万全を期せるかと。」


「ふん、今度こそ本当に大丈夫なんだろうな。この前のような付け焼き刃の計画で結果が出せなかったとなったら許さんからな。」


 枢機卿から釘を差されるような言い方をされた司祭は誰のせいでそうなったのか、と内心歯痒く思っていたが今回は賢明にも顔には一切出さずに静かに頭を下げていた。




 聖女の護衛として潜り込んでいた反教皇派の護衛修道士は日に日に悩みを募らせていた。

 先日王宮で行われた小規模なパーティーで既に聖女様への襲撃が発生し、それが大失敗に終わったと聞いている。しかしそれは自分たちとは関係無い勢力の仕業だったとのことだったが、それもこの国の聖女が認められてない証だ、と伝えられていた。

 次回の大規模な歓迎会では聖女様の近くで護衛の位置を確保し監視するように、と本国からの指示が来ていることも特には問題はない。自分自身が近くで聖女様を見極めたいとも思っていたから尚更だ。

 問題は本国の指示と自分の受けた聖女様の印象がまったく異なることだ。本国からは偽聖女の疑いが強いと言われ、一刻も早い排除が必要だとも言われている。確かに最初の顔合わせでの受け答えや言葉遣い等、これまでの聖女様方と比較すると、とても庶民的で尊い身分ではあり得ないとの印象ではあった。外面的な印象だけなら本国の指示は真っ当であると言えるかもしれない。

 しかし、本当にそれで良いのか?

 時折発する言葉の煌めきや、接する態度と共に現れる聖なる光、オーラが他の方々とは桁違いなのだ。あれを聖女様でなくどうして発することが出来るというのだ。

 本国からの指示は昔からの大恩ある方の言葉でもある。本来であれば疑うことさえ畏れ多く、ましてやその指示を違えるなどとても考えられない。しかし理性でなく本能に近い部分でどうしても信じきれないでいる。

 このままでは指示をうまくこなせる自信がない。そんな不安定な状態なら指示を断るべきではないか、しかしそれではこれまでの恩を仇で返すことになるのでは、と修道士の悩みは解決できずさまよい続けていた。


 明日には歓迎会での護衛のフォーメーションを確定しなければならず、悩んでいる時間のタイムリミットも近づいていた。

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