第20話 襲撃、その後

「結論から申しますと、実行犯以外の確保は出来ておらず、依頼元については未だ調査中です。最初の給仕に扮した暴漢によるナイフでの強襲とその後の毒入りグラスの件、タイミングは重なりましたが別々の事案の可能性が高いと考えています。」


「混入された毒はカリシアンでほぼ、間近いないでしょうな。それにしても聖女様はどうやって判別したものやら。無色無臭で見た目ではわかりませんのに。」


 ラウール王太子はブルーネ伯爵とマルタン薬師長から昨夜の襲撃についての報告を受けていた。


「確かにそれぞれの手口は異なる印象を受けたが、陽動とそれと連携したやり口と言うわけでも無いのか?」


「はい、強襲の実行犯は闇ギルドの下っ端でした。大元の依頼者について尋問中ですが、この下っ端は情報を持ってないでしょう。襲撃した技術レベルは低いものの、しかし事前に潜入できている状況から計画自体はしっかりと組まれた犯行と思われます。」


「毒の方は混入ルートは不明ですな。厨房と給仕、どちらからも毒は検出されず、もちろんこれ迄の所持歴や入手に関する伝手もなく、彼らの出自もしっかりとしており疑いようがない。直接誰かがホールに持ち込んで仕込んだと考えるのが自然でしょう。最初の騒動の直後に給仕にドリンクを運ぶ指示をしたと言う執事が所在不明です。おそらくこいつが何か細工したんでしょうな。推測ですが。」


「毒の混入についてはその前の襲撃事件との計画性が感じられません。偶々起きた襲撃の一瞬の混乱に付け込んで、無理矢理ねじ込んで実行したようにも見えます。突然起きた事件をチャンスと見て、慌てて利用した感が否めません。」


 ブルーネ伯爵からの報告を聞いて、ラウールは考え込んだが、納得のいく考えは浮かばなかったようだった。


「ありがとう。ミツキとその護衛達のお陰で直接的な被害はまったく出ていないから大事おおごとにはなってないけど、教皇聖下の眼の前で起こったからには納得の出来る説明は必要だよね。引き続き調査をお願いするよ。」


 二人は静かに頭を下げた。


 ◇◇◇


「聖女様がいらっしゃいました。客間の方にご案内しております。」


 アクロディア公爵家では執事のセルヴァンがアンネマリーと取り巻きの令嬢方が歓談している場に来て、聖女の到着を告げていた。


「ありがとう、セルヴァン。シャーリー、本日も調きょ…指導をお願いね。」


「はい、アンネマリー様。」


「あぁ、アンネマリー様。今日は私も同席しますわ〜。シャーリーだけに負担をかけては申し訳ないので。」


「あら、アニスありがとう。確かに未だ躾のなってない野蛮な状態ですし、教皇聖下に不作法な態度を見せ続けさせる訳にはいかないわ。躾を手伝ってくださる?」


「お任せ下さい〜」



 先日のパーティーでの事件も、直接的な被害が無かった事と、既に調査は王宮の部隊に引き渡されている事で聖女や公爵令嬢の周りには日常が戻って来ていた。


 「こんにちは!今日もよろしくお願いします!」


 根は良い子なんだよな〜と思いながら挨拶を返すシャーリーだったが、今日は先にアニスが話かけていた。


「聖女様〜、こんにちは。本日は私も参加しますね~。」


「あ、アニスさん。一緒にお勉強ですか?頑張りましょう!」


 いやいや、どちらかというとアニスは教える側なんだけと、とシャーリーは思っていたが、アニス自身は緩く笑って流す事にしたようなので、そのまま今日の課題を始めようとした。


「あ、聖女様〜、その前に一つ質問してよろしいですか?」


 シャーリーが話す前にアニスから聖女に質問があるようだ。


「先日のパーティーでの事なんですが〜、どうしてグラスに毒が入ってるって気付いたのでしょうか~?見た目も匂いもまったく変化ありませんでしたよね~?」


 何か目的があって聖女教育の協力を申し出たんだとは思っていたが、いきなり初っ端から自分の目的を果たそうとするとは。いや、アニスはこういう性格だった、うん、知ってた。知ってたからといって許容できるかは別問題だが、とシャーリーは考えつつアニスを諌めた。


「アニス、今は教育の時間ですよ。しかもその事は今調査中で迂闊に話題にしてはいけない内容です。ミツキ様も答えなくて大丈夫ですからね。嫌な事思い出させてすみません。」


「そうでしたね〜、ごめんなさい。凄く不思議でずっと気になってたので、思わず聞いてしまいましたわ。」


 絶対に思わずではない。最短距離で狙って聞いてきたとしか思えないけど。


「アニスさん、大丈夫!ラウールからも別に口止めされてないし、答えますよ。」


 いや、それで良いのか?シャーリーはいつもの頭痛を覚えて、思わず言葉遣いも気にせずツッコんだ。


「いや、駄目でしょ!」

 

 ミツキは聞いてないように話し出した。


「う〜ん、何でと言われても困るんだけどー、もの凄く嫌な感じがするんですよね。もう、持ってるのもつらいぐらい?あ、前にアンネマリーさんにぶつけられそうになった紅茶もすっごく嫌な感じだったんで全力で避けたんですよー、なのに少しかかっちゃったので思わず全力で浄化しちゃってました!」


 その結果、暗殺者本人も浄化したような気がするが、気にしたら負けだ。そんな性格矯正の効能は無いよね?とシャーリーは変な思いつきを振り払うように頭を振った。


「じゃあ、聖女様には毒や害となる薬なんかは効かないのかしら〜?」


「う〜ん、どうだろう?これまで体調悪くなったことないですね。」


 ミツキはアゴに指をあてながら首を傾げて返している。

 毒類は雰囲気で気付く、体術は現役の騎士クラスに対抗できる、聖魔法は最上級まで使える、死角はなく、どんな護衛よりも強いんじゃないの?とシャーリーは、この子一人でも大丈夫じゃない?と思っていたが。


(でも、貴族の常識やマナーは圧倒的に足りてないのよね。教えることは一杯だわ。)


 根は良い子なのよね、と気を取り直して本日の躾、いや指導を始めていった。

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