第19話 襲撃

 少し目を離しただけなのにもう、教国の幻影ミラージュの姿は確認できなくなっていた。


「ええい、何を愚図愚図しておるのだ。居るかどうかもわからんのならミラージュはどうでも良い。さっさとあの平民娘を始末してこんか。」


「っ!わかりました……」


 暗部の男は顔色を悪くしたまま、命令に従うべく姿を消した。この状況下で周りに聖教国の仕業と気付かれずに聖女を害するなど、至難の業だと言うことは嫌というほど理解していたが、拒否権は無かった。


◇◇◇


 遅れてきた聖女ミツキ達一行は、いつものメンバにゲストである教皇を加えたメンバーで歓談していた。ラウールはニコニコと、アンネマリーは厳しい目付きで、ちゃっかりついてきたティエリ伯爵は一歩引いた位置で熱心にミツキを見つめている。皆、平常運転だ。

 そしてアンネマリーの背後でシャーリーは黄昏れていた。

(はーーっ。何で私がこのメンバの中にいるのよ。ベルはこんな状況でもワクワクしてるみたいね、楽しそうで何よりだわ。アニスは……えぇ!目が爛々と輝いてるわ!?目線は教皇様と?ミツキ様の護衛?が気になってるの?キョロキョロして…何にしろ嫌な予感しかしないわ!)


 アンネマリーの取り巻きの一人、ベル・ベランジェ子爵令嬢はさすが商人気質、人脈が拡がることを非常に喜んでいる。例え直接話す機会がなくとも、面識だけでも得ればしめたものと考えている。

 一方で、実は一番危険だと明らかになった取り巻き令嬢A、アニス・アルドワン伯爵令嬢は新たな登場人物たちに非常に興味津々の様子。ここからどんな展開に出来るのか、楽しく画策妄想しているのかもしれない。

 そんな感じでぼんやりと周りに視線を漂わせていたシャーリーだからこそ、その異変に気づいた。


(あれ?あの給仕ってちょっと動きが変じゃない?服装も若干乱れているし、それに何だか視線が変。ミツキ様をチラチラ見てない?)


 シャーリーが確認の為に周りに声をかけようとした瞬間、その給仕はいきなりスピードを上げてミツキに近づいていった。胸元に右手を入れると細い短剣を引き出し、左手に持ったナプキンの裏に隠しながらミツキの背後に回り込むよう動いた。


「っ!ミツキさ…」


 シャーリーが危険を感じて咄嗟に声を出すが間に合いそうにない。ミツキに声が届いたとして、背後に迫った異変の回避に気づいてもらうにはまったく足りない。

 見てられない、とばかりに目を閉じてしまった。

 しかし、予想に反して続いて発生すると思った大きな物音や騒ぎは聞こえてこない。むしろ静まったように思える周囲の状況に怪訝に思い、そろそろと目を開くとそこには驚きの光景が展開されていた。


「特に給仕の貴方を呼んではいないんだが。」


「ホールの真ん中でバタバタ動くなんざ、躾がなってねぇな。」


 ミツキの護衛騎士であるエルザがナプキンを被せたままの短剣と思われる側の手を掴んでおり、その反対の手は後ろに回されユリアンに極められ身動きが封じられていた。その状態で偽給仕はピクリとも動くことが出来ないようだった。

 エルザはまだわかる。護衛として付いており、この場に居るのだし、ミツキの周囲に常に控えて目を光らせていた。おかしいのはユリアンだ。入ってきたときはミツキの周りに居なかったのは間違いない。それがこんな近くで、しかもシャーリーが声を上げる暇も無かった隙に、相手をきっちりと押さえ込んでいる。


「連れて行け。」


 エルザは城の護衛を呼ぶと偽給仕不審者を引き渡すと、ミツキへ話しかけていた。


「聖女様、招かれざる客が紛れ込んでいるようです。私から離れないようにお願いします。」


「はい!エルザさんが居ると安心ですね!」


 そんな反応で良いのかと、シャーリーは頭痛を感じたが、そんなやり取りの間にユリアンの姿も消えていることに気づいた。ミツキを始め、ラウールやアンネマリーも今の騒動にはまったく触れない。何もなかったことにするようだった。


「あれ?あちらで給仕が騎士に連れて行かれてますけど、どうかしたのかしら?」


 ベルがようやく連れて行かれる給仕に気付いたようだが、何が起きたのかは分からなかったようだ。不審者の存在や襲撃の事実は周りに気づかせなかったようだった。

 何にしろ、未然に防ぐことが出来、大事にならないで良かったとシャーリーは考えていた。


 改めてミツキの側に給仕が近寄り、飲み物をわたそうとしている。今度は動きに不自然さもなく、服装にも不審な点がない。シャーリーも安心してその周りに他の不審な動きが無いかを確認していた。


(私が警戒してもしょうがないんだけどね)


 そう思いながら見回していると思いがけないところから言葉が発せられた。


「私、これじゃあ、飲めないよー。」


「どうしたんだい、ミツキ。これは果実酒っぽいけどアルコールは入ってないものだよ。給仕キミ、そうだよね?」


 ミツキが手渡されたグラスを見て困ったような顔で話していて、ラウールが説明をしながら給仕に確認していた。


「はい、聖女様にはこちらを提供するようにと言いつかってお持ちしたものです。」


 給仕も戸惑っているようだった。


「でもー、教国にいらっしゃる大聖女様でも毒入りは飲めないですよね?私には無理ですー。」


「毒入りっ、どういうことだ!?」


「あ、でも浄化すれば大丈夫かも?」


「いや、それは駄目だ!そんな問題じゃない!」


 ミツキの毒入り発言で周囲がざわつきはじめ、更に浄化発言で、更に混迷を深めそうな状態を教皇が留めた。


「衛兵は何をしてるのです!給仕を拘束して飲み物を調べなさい!」


「あ、前のパーティーでアンネマリー様から頂いたものと同じ感じがしますっ。」


「それは猛毒カリシアンということか?」


 更なるミツキの発言で衛兵に指示していたアンネマリー(とベル)は真っ青になり、ティエリ伯爵は不穏な発言を呟く。穏当に事を収めるのは既に難しくなってきた。


「警護責任者のブルーネ伯爵をこちらに呼んで。この場の調査と被疑者の取り調べを任せる。マルタン薬師長にも声をかけて。対象の飲み物の調査をお願いする。」


 ラウールは王太子として、また歓迎の責任者として事態の収拾を図るべく動き出した。

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