第18話 枢機卿の誤算

「準備してたら遅くなっちゃいました。皆さん、ごめんなさい!」


 ガバっと頭を下げながら、大きな声で謝罪を告げている。この国で聖女認定された少女、ミツキの登場だった。

 これらの言動に慣れているウエストフラン王国の面々は早々に再起動していて、役者が揃ったことでようやく歓迎の宴が始まるとそれぞれの役割で動き出した。

 この展開について行けてないのはマーロ聖教国、その上層部だった。教皇だけは飛び込んできた当初から興味深そうに見ていたが。


「な、な、なんだ貴様は!ここは我ら聖教国使節団の歓迎の場であるぞ!礼儀知らずの平民が紛れ込んで良い場では無いぞ!」


「あ、皆さんもう揃ってるんですね。もう始まってました?遅れてごめんなさい。」


「んなっ、なんだっ…」


 ポッタ枢機卿が、ミツキの返答に更に憤って叫ぼうとしたが、後ろからの冷静を通り越して冷たく響く声が割り込んで止められた。


「ポッタ、仮にも使節団団長の君が今回訪問の主役の顔を知らないとは。私は恥ずかしくてこのまま帰りたくなりそうだよ。」


「な!聖下、それはどういう意味で?主役とは何を…!」


「せいか?あ!あなたが教皇様ですね。はじめてお目にかかります!ウエストフランで聖女として教会から認定されました、ミツキです!本日はようこそ我が国へといらっしゃいました、心より歓迎いたします…わ。」


 後ろでシャーリー教育係が頭を抱えているが、ミツキにしては上出来の部類である。現にラウールや、ミツキに続いて入場してきたティエリ伯爵も満足気に頷いていた。アンネマリーは厳しい目で睨んでいるがこれで平常運転である。


「ま、まさか、この無礼な娘が聖女、ですと?」


 相変わらず枢機卿愚か者は理解力が足りてないな、と彼には構わずに教皇は続けてミツキに向けて話を続ける。


「ああ、聖女ミツキ。初めまして、だね。私が今の教皇、フリードリヒだ。ようやく顔を合わせることが出来て嬉しいよ。貴方は聖女の力量としても優秀で、聖魔法の力もかなり強いとコンスタンから聞いているよ。貴方の上に神のご加護があらんことを。」


「はい、教皇様!ありがとうございます!」


 教皇と聖女ミツキは段々と会話が弾んでいき、順調に交流が進められていたが、当然ついていけない頭の固い権威主義者枢機卿は不満だらけだった。


(こんな小娘が聖女だと!?なんと非常識な…信じられん!いや、まて、まて…ふむ、むしろ好都合か。元々排除しようと思って来たのだ。こんな躾もなってない小娘ならばいくら力が強かろうと始末したとして何の支障も無かろう。枢機卿団としての決議で正しいと認めさせる事は容易いか…くく。)


「あー、あまりの不作法な振る舞いにいささか吃驚してしまいましたな。貴方が聖女ミツキでしたか?ワタシが此度の使節団団長を務めておるポッタだ。」


「あ、団長さんなんですね。ご苦労さまです。長旅おつかれ様でした。」


 主導権を取り戻すべく、相手の不手際を責めて自分の権威を振りかざして自らのペースに引き込もうと画策したポッタだが、ミツキの非常識が上回っていた。

 シャーリーはそのやり取りを聞いて頭を抱えたまま動く気配もない。


「な、ん!?団長なのは確かだが、儂の事を知らんのか?」


「え?団長さん、ですよね?違ってましたか?」


 くっくっ、と笑いを抑えつつ、フリードリヒがフォローする。


「あぁ、ミツキ。彼は今回の使節団団長でもある、のポッタだよ。彼にも初めて会うのでちゃんと名乗らないとわからないよね。」


 その後、ラウールが間に入りその場を収め、ようやく歓迎会の開催が宣言された。

 初日の小規模な歓迎でもあったので、お互いの挨拶も簡単なやり取りとし、歓談の場へと移っている。

 その間、ポッタはミツキをチラチラと観察しており、その目には暗い炎が点っているように見えた。


(おのれ小娘め。大規模な夜会でないと仕掛けが出来ないと今日は見逃すつもりだったが、先程の態度と言い、儂を知らんとは許し難い。ここで決着をつけてくれる!)


 周辺を見渡し、自分の使節団として紛れ込ませている暗部の工作員を呼び、小声で指示を出した。


「おい、歓談の隙を見て、あのニセ聖女を始末しろ。毒でも何でも手段は問わん。但し王国側の不手際にするんだ、良いな。」


「しかし、ここでは偽装や隠蔽が不十分となる可能性があります。元々予定では正式の歓迎会の場での実行だったのでは?」


「そこをうまくやるのがお前らの仕事だろう。先程のやり取りであの聖女が紛い物で有ることは確定した。予定を早めるだけだ、何も変わっておらん!」


 枢機卿にここまで言われて反対する訳にもいかず、暗部工作員は事を起こすべく位置取りを確認しようと

視線を聖女に向けた。

 その瞬間、強烈な悪寒が彼を襲った。

 聖女の後ろに着いているあたりから、殺気を伴った強烈な反応が返ってきていた。


「な!?」


 彼は正体を見極めるべく、しかし自らの襲撃の気配は抑えつつ辺りを見渡して、さらなる驚愕に目を見開くことになった。


「あれは教国の幻影ミラージュ、なのか…?」


「何?」


 聖女の後ろに居る護衛の女騎士の影に隠れるようにして、こちらに鋭い視線を送っているのはかつての自分の同僚ではあるが実力としては遥かな上位にいた男だった。


「ミラージュだと?ヤツが見つかったのか?」


 枢機卿は彼の恐れや驚愕に気付く事もなく、その事実だけに反応した。


「今更見付かっても遅いが、折角だから使ってやらん事もない。何処に居るのだ?ここに連れて来い。」


 暗部工作員は、その指示に従うことは出来ないだろうと絶望的な思いで聞いていた。


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