第16話 悪役令嬢取り巻く事情

「お帰りなさいませ、お嬢様、シャーリー様。」


 王城での王太子と聖女との会合を終えて、伯爵令嬢たる私、シャーリー・コルソーはアクロディア公爵令嬢の馬車に同乗させていただき、公爵家の屋敷タウンハウスへと帰宅していた。


「セルヴァン、お出迎えありがとう。アニスとベルはもう来てるかしら?」


「はい、お嬢様。お二人は既にお着きです。本日は天気がよろしいので庭園側のテラスにご案内しております。」


「それではアンネマリー様。私は先にそちらへ合流しておきます。」


「あらシャーリー、そう?それでは私は着替えますので先に行ってらして。」


 アンネマリー様は公爵令嬢の嗜みとして、外出用から室内用に身だしなみを整えるため一度屋敷内に戻られた。私はガウンだけをセルヴァンに預けて先に庭園のテラスへ向かわせていただく。



 テラスに向かうと、いつもの二人がお茶を楽しみつつ、待っていた。


「あ、シャーリーさん、帰ってきたのね。王宮でのお務めお疲れ様。面倒事をお任せしてすみません。」


 いち早く私に気づいたベル・ベランジェ子爵令嬢が声をかけてくる。


「シャーリー、お疲れのようね〜?元気の出るお茶があるけど特別に用意させましょうか〜?」


 アニス・アルドワン伯爵令嬢も優しげに声をかけてくる。一見、言ってることはまともな気遣いに聞こえるが、先日からの騒動で私も学んでいるので油断はしない。


「ありがとう、アニス。ところでそのお茶はあなたも一緒に飲んでくれるのよね?」


「あら。私は疲れてないから遠慮しますわ〜。」


「あなたが遠慮するお茶なら、私も遠慮しますわ!」


 アニスは小さく笑いながら、残念と呟いている。ベルがそんなアニスを横目で見ながら、話しかけてきた。


「アンネマリー様も戻られてるのでしょ。本日の聖女様との会談は無事に終わったのかしら。」


 先日のパーティーの惨状を共に経験してるだけに、ベルは心配だったらしい。私は今日の会話を思い出しながら概要を話しつつ、相変わらずの残念なマナーと会話の噛み合わなさを嘆いて伝えた。


 「うふふ、聖女様は相変わらずですわね〜。やはり少々おつむに問題が有るのでは無いかしら?そうだわ、先程言っていた特別なお茶、脳の活性化作用がありますのよ。聖女様に献上して召し上がって戴くのはどうかしら〜?ベル、貴方の商会で手配できまして?」


 先日のダフネ睡眠薬より効く薬毒薬の件で信用ならないことを悟ったベルは疑惑度合いを一段階上げた目で見ながら確認する。


「ウチの商会なら大抵のものは入手出来ますわ。特別なお茶、とは何のお茶ですの?」


「ご存知かしら?帝国の辺境で産出されるアヤスカ茶と言われるお茶ですわ〜。」


 ベルはそんなお茶あったかしら?と言った表情で考えている。私は転生前の記憶で引っかかる名前に似てたので、念のために確認する。


「アニス?そのお茶を貴方は飲まないのよね。飲めない、ではなく。それは本当に人体に有害ではないのよね?」


 アニスは相変わらず真意が読めない意味深な顔で笑っている。こういうのをアルカイックスマイルって言うのだったっけ?怪しい、怪しすぎるわ。


「帝国(の辺境)で、主に(宗教上の洗脳)治療に使われてるお茶ですわ〜」


 微笑みながら無難に聞こえる回答を返してるけど、何か隠して話していそう、雰囲気が怪しすぎる、却下だわ!


「ベル、前回の強力過ぎた睡眠薬と同じ匂いがするわ、手配はやめておきましょう。」


「えっ、シャーリーさん!?あ、あぁまた手酷い裏が!?もう!アニスさん、私は協力できませんからね!」


 あら残念、と大して残念な感じも出さずににこやかにアニスは返しているけど、また碌でも無い事を考えていたに違いない。危ない。

 彼女の考えはアンネマリー様の為、という点は間違いないと思うけど、その手段も経過もそして結果も、とても平穏には終わらない方法ばかりを勧めてくる。しかもこちらもガッツリ巻き込んで。とても安心できないし、どこまで信用して良いのか分からないわ。


「それで〜、聖教国からはやっぱり、教皇聖下がいらっしゃるのかしら〜?他にもやんごとない地位の方がおられるの?」


「教皇聖下と団長としてポッタ枢機卿猊下がいらっしゃるらしいわよ。」


 私は本日仕入れた情報を共有する。

 アンネマリー様も参加するイベントや各種行動の情報は、私達お支えする同志としては共有しておかないと、準備やもしもの備えに遅れが出てしまう。


「え?ポッタ猊下ですの?あの方、外交担当でしたかしら?」


 さすが大きな商会の令嬢でもあるベルは教団の動きもある程度理解している。


「そうなのよ。外交担当ではなく、しかも反教皇派だから、と殿下も異例な人事だと驚いていたわ。」


「ん〜、ポッタ猊下はどうしても来たかったんでしょうね〜、我が国に。」


 アニスがミツキ様と似たような事を言い出した。


「そんな、来たかったから来るなんて子供でもあるまいし。そんなはずありませんわ。」


「ふふ、ベル。来たい理由は様々よ。聖女様の周りが騒がしい今、教皇聖下が帯同される我が国への使節団、だから来たかったんではないかしら〜、ね?」


 アニスがさも楽しそうな笑顔で良くわからない理由を話してくる。


「そういえば、せっかく聖女様に用意した紅茶毒薬を代わりに被った紳士がいらっしゃったわね~。あの方はどうしたのかしら?」


「あぁ、よく似た方を教会で見かけるのよね…」


 私が呟くのをキラリと光る目でアニスが見ていたことを私は気づいてなかった。 

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