第7話 巻き込まれる者たち 周回遅れの皇太子
「ミツキ、君は帝国の皇族なんだよ。もっと君に相応しい場所で生きるべきなんだ。」
皇太子の乱入でそれまでの卒業パーティーではあり得ない断罪劇と騒動が一瞬収まるかに見えたが、更に大きな爆弾を隣国から持ち込んで、更なる混乱を巻き起こすだけだった。
熱い眼差しで見つめながら、物騒な事を語っているのは隣国サウスゲルン帝国から短期留学生として、ウェストフラン王国に来ているクリスティアン・ゲルストナー皇太子だ。
「お、お待ち下さい!殿下!彼女は聖教会が正式に認めた聖女様ですぞ。彼女はウェストフラン国民であり、既にこの国の教会に所属し庇護下にある者です。明確な証拠もなく軽々に帝国の皇族と断定してもらっては困ります!」
慌てて横から割り込んで来たのは、聖教会で
ミツキは既にウェストフラン国の聖女として正式に認められて活動を始めており、教会内での王国支部の立場を強化するためにも必要な人材だ。ここで掻っ攫われる訳にはいかない。更に総本山である神聖マーロ教国も一枚岩でない不穏な動きを増しており、つけ込まれる隙を作るわけにはいかないのだ。
「彼女は失われた帝国の至宝。皇帝からも最優先の調査指示を受けている。」
クリスティアン皇太子は帝国の意志を前面に出して主張しているが、ミツキに対する熱い眼差しと、熱に浮かされたような口調から、個人的な重い…想いがあるのは間違いないだろう。
「えー?お母さんが皇女様?確かに帝国寄りの顔立ちだって言われてたけど、そんな事一度も聞いた事無かったよ。まさかぁ。」
ミツキは平常運転だ。
この隙に、と目敏く動く者もいる。
「ラウール様。
「あ、アンネマリー!待て、まだ話は終わってないぞ!」
隣国の皇太子と教会で揉めだした今がチャンスと見たのか、劣勢だった公爵令嬢とその取り巻きは、そそくさとパーティー会場から退出した。
混沌とし始めていた中で、その
後始末を考えると頭が痛くなるが、責任者達は当面の先送りを選んだのだった。
◇◇◇
怒涛のパーティーから暫くして、早朝の王都の教会にクリスティアン皇太子が聖女ミツキを訪ねて来ていた。
パーティー直後から何とか機会を設けるよう、皇太子側からアプローチがあったが、教会はのらりくらりと躱してきたのだが、ついには避けられない礼拝の時間に強行突撃してきた。
「ミツキ、僕と一緒に帝国へ戻ろう!君の本当の居場所、家族を紹介したいんだ!」
「クリス。私の国はここウェストフランだよ。家族は…お父さんも、お母さんも魔物に…グス。」
「ミツキ!君には両親以外にも家族がいるんだ…」
「殿下!朝の大事な礼拝を邪魔されては困ります!」
コンスタン司教が慌てて間に入る。
現在は定例の礼拝の時間で、聖女であるミツキは毎日この時間に女神ヘレナに祈りを捧げている。その姿は一般の信者にも公開されており、熱心な信者には同じ時間に礼拝堂に赴き一緒に祈りを捧げている者もいる。もちろん常連も多い。
皇太子はそんな信者から、はた迷惑だと視線を送られている事に気づいていない。
「ミツキ様は今、王国の安寧のための祈りを捧げて頂いているのです。それを妨げるのは王国への害意があると言われても仕方ありませんぞ。」
先日の断罪劇で勝手に話を国家紛争レベルにまで大きくして、聖女を連れ去ろうとした事を根に持っている司教は、同じ論法で皇太子に嫌味を言っていた。
皇太子のあの行動は単なる色ボケの度合いが大きいとは理解していたが、
「う、ミツキ。教会の外で待ってるよ。大事な礼拝の邪魔をしてすまない。」
「ありがとう!クリス。後でね。」
改めて周りの信者からの白い目にも気づき、旗色が悪いと感じた皇太子は仕方ないと一旦礼拝堂から出て外に向かうのだった。
ようやく礼拝の時間が終わり、ぞろぞろと一般の信者が礼拝堂から出てくる。 その後に続いて出てきた
「聖女様!本日は貴重な機会へのお誘いありがとうございます。私の準備は出来ておりますので、何時でもお声掛け下さい。」
「あ、ティエリさん!おはようございます。すぐ支度するのでちょっと待って下さいね。あと、呼び方!聖女様呼びはやめてって言ったでしょ!」
「それではここでお待ちしてます。聖女様。」
ぶれないティエリ伯爵に、ミツキはもぅ〜っと頬を膨らませながら支度のために隣の建物に入っていった。
クリスティアン皇太子は想定外の出来事に混乱し、ミツキに声をかける機会を逸していた。
あの青年は誰だ?約束とは?どんな関係なんだ!?
答えが出ないままミツキの入っていった入口をしばらくは呆然と見つめることしかできなかった。
「ティエリさん、お待たせしました!あと、お友達も来るのでもう少し待って下さいね。」
「問題ありません、聖女様。本日はこの視察が最優先の予定です。」
「あ、そうだクリス。クリスも一緒に行く?」
ここでクリスティアン皇太子の存在をようやく思い出したミツキから、声をかけられた。そもそもミツキはなぜ皇太子がここに来ているのかを正確には把握していない。熱意は伝わってなかった。
疑問と不満が膨らんだ皇太子は、焦りもあり勢いよくミツキへと迫ろうと駆け寄り、手を伸ばした。
「ミツキ!彼は一体…」
「おっとそこまでだ。聖なる使徒様に無礼は許されない。」
ミツキに手が届くかと思われた寸前で、突然手を掴まれ突進を阻まれた。
「なっ、誰だ貴様。」
皇太子は突然現れた教会の従者にしては物騒な黒装束の人物に問い質した。
「あ、ストーカーさん!今日も居るんですね、まったく。もう覗きとかしてないですよね!?」
「聖なる使徒様、私のことはユリアンとお呼びください。私の隠蔽をも看破し感知するとは、流石は使途様。卑小の身ながらお近くにて護衛をと考えておりましたが、ご不安を与えるのは本意では無いため、建物の外からお護りする事としました。」
「聖女様、ストーカーとはどういう意味で?この者が無礼を働いたのですか?」
「あ、ティエリさん。うーん、無礼じゃないんだけど、近くで護衛するとか何とかで、部屋(の屋根裏)まで来ちゃうので、来るたびに怒ってたんです。怒ったら素直に帰ってくれるから大丈夫ですよ。諦め悪いけど。」
教国からの刺客と思われた
あの卒業パーティーでの騒ぎの後、実際の被害や重大な犯罪は無かったが、しばらくは不審者としてそのまま拘禁されていた。しかしどんなに拘束してもいつの間にか抜け出し、しかし夜には悄然とした様子でまた拘禁場所に戻るといった不思議な行動を繰り返していた。
既に聖女の狂信者としての片鱗も言動に表れていたユリアンを持て余したブルーネ伯爵は、実害無しとして既に彼を解放していた。
その場は聖女に迫る
それを破ったのは
「やあ、ミツキ。今日は新しいスイーツの店を視察すると聞いて来てしまったよ。」
王太子の後ろでは片手でゴメン、とメイリンがジェスチャーで謝っていた。
本日は友人であるメイリンを誘っていたはずだが、ラウールは誘ってない。そもそも学園を卒業した現在では、気軽に王太子を誘えないと思っていた。それぐらいの常識はミツキもあるのだった。
「ラウール、気軽に出てきて大丈夫なの?学園じゃ無いんだから、護衛とか必要でしょ?」
「ああ、そこは大丈夫だ。そもそもメイリンも騎士であるし、母からも一人護衛を借りてきている。」
王太子殿下は後ろを示すと、確かにメイリンともう一人、騎士の装備の女性が付いていた。
その一人にミツキは見覚えがあったが、すぐには思い出せなかった。それより先に騎士が進み出て跪く。メイリンが焦って止めようとしているが間に合わない。
「聖女様、先日は大変失礼しました。王妃様の筆頭護衛騎士を拝命していたエルザと申します。知らなかったとは言え、あの日聖女様に剣を向けたこと、許されざる事と考えております。王妃様にはお役目の辞退を申し入れておりますが、聖女様からのお咎めに関してはそれとは別。如何様にも、全て受け入れる所存です。」
「え?あ、アンネマリー様と一緒に居た方ですね。見たことない方だなーと思ってたら護衛の方だったんだ。」
「は。まったく、聖女様に、手も足も出ず、何の役にも、欠片も、立たなかった護衛です。」
メイリンがまたアチャーといった顔で見ていた。まだエルザはあの衝撃から立ち直れないままであった。
「思い切り突き飛ばしちゃったけど、大丈夫だった?痛かったでしょ?」
ミツキはエルザの言葉に首をかしげつつ、エルザの心配をしていた。
そのやり取りを聞いてラウールやクリスが驚愕の表情でエルザを見ていた。
「ミツキに思い切り突き飛ばされた!?身体は、怪我は無いのか!?」
聖女に手を出したことではなく、エルザの身体の心配だった。
「は。幸い騎士の鍛錬で鍛えております。多少の打撲はありましたが、今は快復しております。聖女様においてはご心配いただきありがとうございます。」
やはり筆頭護衛騎士を拝命するだけの体力と技量は伊達では無かった。普通の騎士と比較しても十分に上位の実力者として認められる存在だったのだ。それを上回る聖女とは一体?
「元気なら良かった!お仕事頑張ってくださいね。」
ミツキはまったく頓着していない。エルザ側の一方的な拗らせである。
「聖女様からのお咎めが無いにしろ、そのままと言うわけにはいかず。それでは私の希望をお伝えしても宜しいか。」
「え、なーに?」
「私を聖女様の専属護衛として頂きたく。そちらでは男性方が何やら揉めておられるようですが、色々と問題があるとお見受けします。是非私をお側に置いて頂きたい。」
ミツキはえっ?とラウールを見るが、諦観した表情で話しだした。
「先日からずっとこの調子らしい。母も困っていたよ。でも本人の意志は固い。ミツキさえ良ければ考えてくれないかな。もちろん、身分は一時的な教会への出向と言った形になると思うよ。」
最後はコンスタン司教の方を見ながら付け足していた。
教会としても聖女の護衛は考えていたのだが、本国の聖堂騎士団を動かすわけにもいかず、王都教会にいる護衛だけではカバーするにも限界があると考えていた。最近は変な護衛か、ストーカーか不明な輩も出始めている。
そして聖教国も全てが信頼できる状況にないのだから、この策を真剣に吟味しだした。
「えーっと騎士様。」
「エルザとお呼びください、聖女様。」
「じゃあエルザさん!護衛、よろしくお願いします!」
そんな軽く決めて良いことではない。だが大勢がもうそちらに傾きつつある。ラウールはこれで決まったな、とちょっと遠い目で考えていた。
だがそれでは困る男が残っている。
「いや、ミツキ!君は帝国でこそ幸せになれる!こんなところで埋もれる存在ではないんだ!」
「使徒様に何てこと言いやがる。」
「聖女様に命令する等、帝国の未熟者が何と不敬な。」
「聖女様は私が全霊をかけてお護りする。帝国の干渉など寄せ付けぬ。」
既にミツキの周りには信奉者による包囲網が出来上がっていた。
それを生暖かく見ながらラウールが仕切っていく。
「じゃあ、ミツキ。視察に行こうか。斬新なスイーツなんだろう。楽しみだ。」
「そうなの!シフォンケーキって言って、信じられないほど柔らかいのよ。絶対気に入るわ!」
周りをガッチリ囲んで移動を始める聖女一行。それを見ながらクリスティアン皇太子は諦めきれない視線を送る。
「こ、こうなれば、陛下に直訴して親征していただかなければ。」
それをきいたコンスタン司教は呆れた視線を送りながら呟いた。
「せめて親善と言って欲しいのだが。本気で戦争でもするつもりですか、皇太子殿下。」
まだまだ国際情勢は気を抜けない状況のようだった。
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