第6話 巻き込まれる者たち 達観する図書館長

「所長、ちょっとお話が。」


 王宮の執務棟等が連なるエリアを歩いていたオリバー研究所所長は部下である史跡分析官を束ねるティエリ伯爵から呼び止められた。若くして調査室の長を務める、怜悧な容貌の俊英である。


「どうしたね、ティエリ卿。」


「先日依頼された、破損したという文献の確認結果なのですが。」


「おお、皆も忙しいところすまなかったな。貴重な文献だというのに学生たちが粗略に扱ってしまっての。欠損は無いと思ったが、大丈夫だったか?」


 先日、オリバーは兼務している王宮図書館館長として学生と接した際に、前時代文明遺跡に関する文献の貸し出しを許可した。

 信頼する学生にはこれまでも貸し出しており、特に秘匿する分野の文献でもなかったため、問題ないと判断しての許可だった。

 しかし学生間でトラブルがあり、文献を破損したと、非常に恐縮した謝罪とともに返却して来た。王太子随伴で。


「ええ、貴重とはいえ先史時代の超文明遺物アーティファクトの技術解説等ではなく、文化、風俗の記述書でしたので、記述内容が損なわれてなければ問題ない、と思っていたのですが。」


「が、?」

 

 前時代の超文明遺物アーティファクトは現代では再現不可能の技術で作られた様々な魔導具である。今でも稀に発見される先史時代遺跡での発掘か、なぜかダンジョンからも発見される。

 使い方がわかっている物の方が少ないが、全てが有用で貴重な魔導具だ。しかし、まだまだ使途不明の物も多い。

 一般には公開していないが、王宮の結界の魔導具が超文明遺物なのは貴族の常識でもある。


「破損したページをよく調べると、内側に隠された記述があり、新たな発見がありました。」


「おお、それは重畳。早速文化研究チームに新たな情報を提供せんとな。」


「そうなんですが、どうやら学生の方でも一部装丁を直してくれていたらしく。」


「うむ、ミツキは責任感があるからの。破損したままとはいかんかったんだろう。」


「そこに問題があっては、と私達でもう一度記述内容を見直す形で全体的に確認させたのですが。」


「が、?」


 いつもは論理的、結論を端的に話すティエリ卿の歯切れが悪い。


「内容に欠損は無いんです。無いんですが、どうも文化、風俗の解説では無かったのでは、との意見が出て参りました。」


「ふむ、では何だと言うのかね。」


超時代遺物アーティファクト技術に関する維持、保守方法の説明です。」


「何と!?」


 超時代遺物アーティファクトは、その性能や効果が現代とは隔絶している一方で、効果が一度きりであったりや段々と性能が落ちてきていたりと取り扱いが難しい。

 使い切りで効果が消えた超時代遺物は再利用がほぼ出来ておらず、継続使用出来る超時代遺物でも性能劣化が見られ、メンテナンスによる回復も、幾つか手探りで発見された方法もあるが、大きな成果は出せていないのが現状だった。王宮の結界魔導具も然り、だ。


「あの文献は当時の料理や日用品、工芸品の解説ではなかったのか?」


「ええ。なので当初、文化研究チームが担当していました。書かれている内容の幾つかは個々に再現もされていて、当時の風俗を推し測る貴重な資料となってます。」


「それがそも間違いだったと?」


 ティエリ卿は大きく頷いた。

 これまでは文献の前半が料理の章、後半が工芸品の章と考えられていたが、今回の見直しでこれは互いに組み合わせて使う想定ではとの見解が出てきた。

 そうなると料理と工芸品ではなく、何らかの器具と使用する試料や触媒、材料なのではと考えられ始めたのだ。


「技術解析チームも入れて合同でディスカッションしています。これまでの翻訳も解釈が異なるのではと、仮説を見直したところ解析が飛躍的に進んでいます。そこで早速、一つ試してみたい事もあります。王宮の結界魔導具のメンテナンスです。」


「何と!?」


 元々、この文献に書かれていた香辛料と思われる材料を触媒とした浄化の儀を施すことで多少なりとも劣化を改善していたのだが、そもそも何故香辛料なのか、これが正解なのかは技術チームが継続研究課題として奮闘していた。

 それが一気に解決すると言う。


「どうするのじゃ?」


「複数の香辛料、いや触媒と、このオルゴールの起源と思われていた器具の組み合わせです。」


「過去の文化の象徴を再現したと思っておったが、実は実用的な魔導具かもしれん、か。風情がないことだの。」


「は。まあ、解析が進捗する事自体は喜ぶべきかと。」


 ティエリ伯爵は実務的な人間だったため、オリヴァー所長の感傷的な感想に淡白に返していた。



 その後、更に文献の解析と試作を繰り返し、更に使用方法でも試行錯誤を繰り返して、以前と比較して飛躍的に向上した効果を見せていた。

 結界魔導具のメンテナンスは大きな効果をもたらし、他にも使い切りと思われ死蔵されていていた魔導具の再利用の可能性も見えてきた。

 王都の結界は暫くは盤石の状態を維持できそうだ。





「まさか魔導具再起動の鍵が料理本だったとはなぁ。これ、あれだろ。聖女様が読んだことで封印が解けたんだよな。」


「なんだ、その神の恩寵みたいな話は。我々は神に祈る前に自らの知識と研鑽により疑問を解決すべき立場だろう。聖女様が隠されていたページを開いて示して頂いた事は事実だが、それ以降の成果は皆の地道な分析と創意工夫だぞ。」


 王立研究所の先史技術解析チームのリーダ、ティエリ伯爵が補佐官のユベルト準男爵と最近の調査進展の奇跡について話していた。

 この二人、爵位も立場も格差があるが、その実学生時代からの同級生であり、ユベルトも元々伯爵家子息であるため二人きりのときは気安い関係だった。ティエリは生真面目な性格が言葉にも出ているが。


「そうなんだけど、新しく発見したページだけでは最近の解析の進展は説明できないだろ。ジャンル違いの文献を組み合わせて解析する、ってのは一つの発見だけどさ、そもそもそこに急に気がつくのも何らかの恩恵を感じるだろ?」


「まあ、聖女様が関わった文献の確認依頼で見直したのが、気付いた切っ掛けだった事は確かだけどな。」


「それだよ。聖女様が触れてない他の文献、文化関連と思われてた?を見直しても新しい発見は無いんだろ?やっぱり聖女様のご加護だよ。」


「まったく。この後、その聖女様も出席される、卒業パーティーだ。余計な行動はするなよ。」


 へいへい、とやる気無さそうな返事を返すユベルトだったが、公式の場ではきちんと行動出来ることを知っているティエリは、ちょっと眉を寄せて見ただけで、何も言わず出かける準備を進めた。

 まさかとんでもない所から騒動が勃発して巻き込まれるとは想像もできずに。




 パーティー会場ではその聖女様ミツキ公爵令嬢アンネマリーの想像を飛び越えた激しい舌戦が繰り広げられていた。各所に爆弾を撒き散らしながら。

 ついには研究所チームも被弾し始めている。

 注目の文献はどうやら一度徹底的にバラバラにされたような事が大声で喧伝されている。

 しかも素人による修復に聞こえる、これは止めなくて良いのか?


「オ、オリヴァー様。先日の前時代超文明遺跡オーバーテクノロジー文献の調査が一気に進んだ件、聖女様にお貸しして返して頂いたら急に新発見が相次いだと研究部門から話がありましたが、あれはもしや?」


「う、うむ。聖女が触れたから奇跡が起こったか、と言った眉唾な検証結果しか言われておらなんだったがの。り、理由があったのやもしれん。」


 所長のオリヴァーと研究所付の副官が盛んに話している。

 それを横目で見ながらユベルト準男爵はこっそりとティエリ伯爵へ小声で話しかけていた。


「な、やっぱり聖女様のご加護やらかしだろ。」


「不敬だぞユベルト。なるほど、装丁のやり直しだけでなく、内容も再構成されていたのだな…」


 ティエリ伯爵はやや遠い目をしながら呟いた。

 しかしバラバラになった文献を素人が簡単にまとめられるものなのか?その後専門家が検証しても違和感が無いレベルで?


「もしかして聖女様、文献の言語、読めるのか?」


「え?まさか。専門家でも単語の単純翻訳がやっとで、文法も用法も手探りの状態だぞ。」


「そうでないと説明がつかない。バラバラになったとして、元の順番どおりでなく、しかし意味のある構成で纏め直す、一体どのぐらいの確率だ。」


「聖女のご加護では?」


「ああ、私ですらそう思いたくなりそうな奇跡だ。ご加護でなければ、やはり書かれた文字を読んで内容を理解してるとしか思えん。」


 オリヴァー様は自分たちで法則を見つけて分析すべきだと、真っ当なことを言われているが、簡単にできるとは思えない。相当の時間がかかるはずだ。

 さっきどこかの文官が言っていた、聖女様と公爵令嬢に文献を預けて同じことをもう一度、やってもらうのが一番確実では?と埒もない事を考えてしまう。


「流石に聖女様に文献の分析を毎日専門にお願いする訳にはいかないが…よし!」


 ティエリ伯爵は決意の表情でオリヴァー所長に近づいていった。




 その後も文献の解析は進み、新たに幾つかの魔導具が、効果延長や再利用(魔力の充填も必要だ)で復活を遂げた。

 この功績に大きく貢献したのは史跡研究チームであることはもちろんだが、その顧問として聖女様の名前が追加されていることは案外知られていない。



「ティエリ室長はおるか?」


「これはオリヴァー様。室長は今、聖女様とのお約束で外出しております。」


「相変わらず熱心なことだの。今度は何の解析協力を依頼しているのやら。」


「いや、本日は、その。」


「どうした?」


「本日は聖女様が監修した、新しいスイーツ店のお披露目だそうです。」


「なんと!ふはは、あの堅物が変わったもんだのお。」


 ユベルト準男爵はオリヴァー所長の色事めいた期待を聞いて、やや苦い顔していた。


「いやあ、あいつ、いや室長は新しい試料の可能性の追求だとか言ってまして。」


「照れ隠しではないのか?」


「本人以外は気づいております。本人に自覚が無いことが致命的ですが。」


 学生時代から好きな研究に集中し、見目の良さに反してロマンスの欠片も無かった男の、遅すぎた春に対してどう対処すべきか。いい大人二人がしばし無言になったが。


「まあ、業務に支障がなければ別に良い。戻ったら所長室まで来てほしいと伝えてくれるかの。」


 ユベルト準男爵はできる部下よろしく、恭しく礼をして所長を見送っていた。

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