第4話 巻き込まれる者たち 苦悩の護衛騎士Ⅱ

 何とか時間に遅れずに、急いで準備を整えてメイリンに聞いた待ち合わせ場所へ、エルザは到着した。


「お久しぶりでございます、アクロディア公爵令嬢。本日、メイリンが急用で来られなくなりましたので、代わりに同僚である私が護衛を務めさせていただきます。」


「お久しぶりですわ、エルザ様。わざわざ恐縮ですわね。公式な護衛と言うわけではありませんの。今日お会いする相手が少し不安な方なので、念のためのお願いでしたのよ。」


 エルザは元々貴族の中でも格式ある家の出で、正式に騎士団に入るまでは淑女教育も受けていたため、あっという間に公爵令嬢の取り巻きの中に馴染んでいた。


「流石ですわ、エルザ様。こちらから依頼して失礼ですけれど、メイリン様では少し所作に不安があったんですの。エルザ様はお手本にしたいぐらいですわね。」


 あのままの姿で来ていれば、所作以前のところで不安を超えた絶望を与えたのでは?とエルザは思ったが、黙って頭を下げるに留めた。


「それで、今日のお相手はどちらにおられますか?公爵令嬢自らがお会いになるのですから、平民の方とは言え学園で学ぶに足る、才能ある方なのですね。」


「そう、ですわね。でも少し才能が認められ学園でも学んではいるようですが、殿下の周りにいるには少し、いやかなり不足している方ですの。そうであれば私達が導いて行かなければ、と。」


 エルザは公爵令嬢の言葉に感銘を受けた。一見冷たい感じを受けるが、やはり将来の王太子妃として立派な考えをお持ちなのだと改めて敬意を抱き歩いていた。


 やがて王宮の庭園に入り、そこに屈んでいるフード姿の少女?が見えてきた。


「相変わらずですわね、貴女。何をしてますの?泥に塗れて。確かにお似合いですけれども、王宮の庭園は王妃陛下の管理下ですわ。貴女ごときが気軽に触れて良いものでは無くてよ。」


「あ!アンネマリー様、こんにちは。ここで新しいお花のお世話を任されてるんです。ちゃんとお爺ちゃん、じゃなくジョセフさんには許可取ってるので大丈夫です!」


 エルザはこの会話を聞き目眩を覚えた。いくら平民であってもこれは無い。

 マナーはまだ仕方がない。学ぶ場が無い平民にはハードルが高く、慣れるのに時間がかかるだろう。しかし言葉遣いや名前呼び等の作法については何とか出来なかったのか、いや、他の生徒はもう少しマシなはずだ。少なくとも自分が学園に通っていた頃の平民出身同級生はちゃんとしていた筈、と思っていた。

 まあ、メイリンは規格外なので置いておく。


「貴女ね!相変わらず馴れ馴れしいですわ!いつになったらアンネマリー様への礼儀を覚えますの!」


 公爵令嬢の取り巻きの方々が苦言を呈しているので、自分の出る幕では無いのだろうと、エルザは口出しをやめて、静観することにした。

 事前の情報からすると今日の相手は、場合によっては逆上する危険な令嬢と聞いている。やや身構えていたが、しかしそんな素振りは見られない。どちらかと言うと公爵令嬢の周りの方がエキサイトしてるぐらいだった。


「んん?シャーリー様、何を怒ってるんですか?あ、ごめんなさい、今ちょっと手が離せない工程なので私はお手伝いに戻りますね。」


 心底わからない、という顔をして、彼女はまた庭園の作業に戻って屈んで手をかざしていた。


「だからこっちを向きなさいって、えっ!!」


 少女を振り向かせようと取り巻きその3のシャーリー・コルソー子爵令嬢が肩を掴んだ時、振り向いた少女の手元が微かに光っていた。あれは魔法!?


「危ない!」


 エルザは咄嗟にコルソー伯爵令嬢の手を引き後ろに庇いながら、平民少女の魔法の発動を止めようと右手を伸ばし彼女の光っている手を掴もうとした。


 エルザは驚愕した。

 確かに少女だからと掴む力は手加減していたとはいえ、本気で制圧しようとした速度の技が避けられたからだ。


「抵抗するか!?王宮内での魔法の発動は厳禁だと知らないのか。発動を直ちに止めて、大人しく拘束されるのだ。」


 エルザは本気の護衛モードとなり話していた。


「え?ラウール様にもジョセフさんにも魔法を止められた事なかったけど。魔法使って元気にしないと薔薇の品種改良も進まないんですよ?」


 なんと王太子殿下の前でも発動させていたとは、もはや何としても拘束して問い質さなければ、とエルザは使命感に燃えていた。


「聖女殿でもあるまいに、魔法で育成などと世迷い言を。大方雑草の駆除を風魔法か火魔法でやってきたのであろう。」


「聖女殿、だなんて、えへへ。そんな偉くは。」


 もはや戯言を聞いて問答する余裕は無い、一刻の猶予もならんと完全に本気で少女の制圧と拘束を仕掛けるが、エルザの体術をことごとく躱していく。

 エルザはこの少女の正体を推測しつつ、平民の学生を騙った他国の工作員か?と焦りながらも次々と技を繰り出すが、まったく身体に触れもしない。


「もー!危ないなぁ。お仕事の邪魔しないで下さい!」


 やはり何らかの工作をしていたのか?これ以上時間をかける訳にはいかないとエルザは焦り、剣を置いてきた事を後悔し始めていたが、意外なところから助け舟が出された。


「エルザ様、こちらを。」


 アクロディア公爵令嬢から差し出されたのは儀礼用の立派な拵えではあるが、れっきとした真剣。どこから取り出したのか、予め準備してあったかのようなタイミングだった。


「これは何処から?いや、今は取り敢えずお借りします、かたじけない。」


 流石に真剣を直接向けるわけにはいかないので、留め具は外さないまま、鞘ごと構える。これでも当たりどころが悪ければ大怪我だ。


「もう手加減はできないぞ。大人しく従ってくれ。」


「だから、何で邪魔するんですか?アンネマリー様も止めて下さい。ラウール様にも邪魔されてます、って言っちゃいますよ。」


 頬を膨らませながら、可愛く抗議しているが、エリザから見て隙は見えなかった。これでは大振りは通用しないか、と突きに変更して構える。


「大人しく、しろっ!!」


 声を出しながら素早く突きを繰り出す。狙うは鳩尾のやや上、ダメージを与えつつ行動の自由を奪う攻撃だ。

 ちょっと怒った表情のまま繰り出される剣に少女の視線が向いたが、もう遅い。やや可哀そうだとは思ったがここで手加減できないと振り抜こうとした。

 その時だった。


「だ・か・ら…邪魔しないでって、」


 やや低い声が響いた。


「言ってるでしょうーー!!!」


 大きな声と共に右手の肩付近に凄まじい衝撃を受けた。振り抜いた右手を伸ばした体制のまま、体全体が横に吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされたときに近くにいた取り巻きその2のベランジェ子爵令嬢も巻き込んだ気がするが、何回転もするうちに考えていられなかった。


「な、何が?」


 右肩は凄く痛い、動かせない状態だとはわかった。庭園の方を見ると少女が騒いでいる。


「あーっベル様!何してるんですか、花壇に濁った水ぶちまけちゃって!お花にかかってますよ。周りの土まで色が変わってるし。え゛?なんか泡立ってる…」


 どうやら巻き込んだベル・ベランジェ子爵令嬢がバケツを持っていて、エルザが吹き飛ばされたはずみで花壇側に中身を撒き散らしたようだ。


「と、取り敢えずキレイにしなくちゃね。んーえい、浄化エリア ピュリファイ!あ、綺麗になったけどこんな色だったっけ?」


 流石に騒ぎを聞きつけて、城内の護衛が集まってきた。エルザは肩を抑えながらも立ち上がり状況を説明すべく近寄っていくが、護衛は中心の公爵令嬢に話しかけていた。


「アクロディア公爵令嬢、どうしましたか?」


「何でもありませんわ。そちらにいる庭師の手伝いの方と話していただけです。」


「庭師の?」


 護衛騎士は不思議そうな顔でフードの少女を見やって声をかけようとした。少女のフードは外れ、顔が露わになっている。


「失礼、そちらの…っ!これは聖女様!失礼しました」


 !! エルザを特大の衝撃が襲った。

 聖女、様、だと?


「騎士さんもお役目ご苦労さまです。これは、その、大丈夫ですよー、花壇も花も問題無いのでー。 …あぅおじいちゃんに何て言おう……」


「確か王宮庭園管理官ジョセフ伯爵の依頼で手入れをされていたんですよね。ご報告しておきましょうか?」


「い、いえいえー。私からおじぃ、ジョセフさんに言っておきますから、大丈夫ですよー。」 


 話しかける切っ掛けを逃していたエルザだったが、アクロディア公爵令嬢がエルザを見て小さく首を振っていたのを確認し、説明やぶ蛇は不要と判断した。


「それでは私たちは失礼しますわ。ミツキ様、普段から身だしなみは綺麗にしておかないと王国の品位が問われますわ。お気をつけて。」


「む!?もう、ありがとうございますっ!

 えーっとそちらの方、思わず突き飛ばしちゃいましたけど、大丈夫でした?あれ?あまり学園では見ない方ですね。」


「あ、ああ問題ない。」


 エルザはそっと剣を護衛の目線から隠し、痛い肩も隠して淑女の歩みでアクロディア公爵令嬢の後に続いて行く。

 駆けつけた護衛に自分の身分がバレるのは説明が難しいところだったのだが、衝撃的な事実が重なり過ぎて何も考えられない状況だったのが幸いしたか、不自然な感じもなく歩いていた。



 その後、考えがまとまらず呆然として歩いたエルザは公爵令嬢一行とも別れて、気がついたら騎士団宿舎まで戻っていた。宿舎の前ではメイリンが待っていた。


「あ、エルザ!大丈夫だったか?無理矢理押し付けたから、心配でさ。」


 既にドレスから平服に着替えていて、流石に足は包帯で固定されているようだが、それほど酷い症状ではなかったらしい。


「メイリン…」


 あまり焦点の合ってない目でメイリンを見ると、ようやく正気に戻ってきたようだった。


「メイリン、は、聖女殿を知っているか?」


「え?聖女ってミツキちゃん?もちろん知ってるよ。」


「ミツキちゃんっ!し、親しいのか?」


 メイリンが言うには、聖女とは王妃の護衛として出会った時から個人的に意気投合したとの事。その後は、偶に自分が休みのときに護身の稽古がてら一緒に訓練している事を話していた。そうなれば名前呼びなど平民の間では普通とのこと。メイリンは貴族のはずだが。


「ああ、ミツキちゃん、いいだよ。聖女だけど偉ぶらず、下級貴族や平民に人気でさ。それに御歳を召した貴族にも評判良いんだよね。孫扱いなのかな。それでミツキちゃんがどうした?」


「私は騎士失格だ…聖女殿の顔も知らず、更に剣を向けただけでなく、まったく技が通用せず、無様にも一方的にやられてしまった。王家に仕える臣下としても、筆頭護衛としても、もはや取り返しのつかない失態だと…」


「ど、どうすればそんなややこしい事に?そういえばその肩、ちょっと見せて…って、これアタシより大怪我じゃないか?ちょっと!このまま治療院に行くよ!」


「もう私など放っといてくれ…」


「あー面倒くさい!今朝の台詞そのまま返すぞ。公務に責任取れんのか?」


「責任なぞ、もう、取れるなど…」


「ますます面倒くさくなった!?行くぞ!」




 翌日、王妃付きの官吏に対して筆頭騎士から稽古中の怪我を理由に当分の休暇願いが出され、しかも、その怪我で役目が全う出来ない事を理由に筆頭からの辞退も申し出がなされた。

 治療に当たった医師の見解では稽古で受けるレベルの怪我ではなく、何らかの襲撃事件に巻き込まれたのでは?とも噂されたが、本人は決して認める事はなかった。

 事態の詳細が分からないのでは説得もままならなず、しばらく棚上げされる事となった。


 余談だが、騎士団治療院の一部では、憧れの女性近衛騎士アイドルツートップが同じ日にそれぞれドレス姿で現れるという奇跡の噂で湧いていた。

 めったに見られないその姿を、治療院という場違いな場所で見られたことで皆単純に喜んでいたのだが、謎の襲撃事件と結びつけて考える者は、残念ながら誰もいなかった。

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