第3話 巻き込まれる者たち 苦悩の護衛騎士Ⅰ

 代々王妃付きの護衛騎士には近衛騎士団の中から女性騎士が任命される。その中でも容姿、実力兼ね備えたものが筆頭として選ばれる事が慣例となっていた。

 現在の筆頭護衛騎士はフォンタニエ伯爵家の三女、エルザが務めていた。


 エルザは歴史ある伯爵家出身、王家の縁戚でもあり社交界の薔薇と噂された母によく似ており、容姿は十分に優れていただけでなく淑女教育も万全で、所作も洗練されていた。

 騎士の実力的には団長、副団長には敵わないものの、その他の団員と比較し、男性も含めても上位の実力を示していたため、王妃の筆頭護衛に任命されても誰の不満も無いと、思われていた。


 しかし、その任命に一番不満を持っていたのはエルザ本人であった。


「護衛としての本分は武の技量が第一。それなのに私が筆頭とは…縁故と揶揄されても仕方ない!」


「ホント、面倒くさいなあ、エルザは。誰もそんな事言ってないし、思っても無いぞ。団長も言ってるだろ。」


 一日の警護業務が終わり、王妃陛下も後宮に下がった後、二人の女性近衛騎士同士で話していた。話題はエルザが、筆頭任命後に幾度も繰り返していた内容だけに、相手している同僚騎士のメイリンも答えがぞんざいになるのも仕方がなかった。


「しかし、剣技ではメイリンが上ではないか!」


「はいはい、でも体術や捕縛はエルザの方が上手いけどね。アタシは馬鹿力で振り回すだけだから、礼儀作法も必要な筆頭はゴメンだと言ってるだろ。」


 メイリンは男爵家の長女だが、現当主の実子ではない。当主の兄だった実父が貴族籍を抜けてまで一緒に暮らすことを決めた、旅の楽団の踊り子との忘れ形見だ。

 事故で両親が亡くなったため、弟である現男爵に幼少時から引き取られ、実子と同様に育てられていたが、本人が望んで騎士の道に進んだ。男爵夫婦はそれでも心から応援した。

 騎士団入団後も、母の血筋のせいか素晴らしい身体能力を発揮して実力を付けて功績を上げ、遂には王妃の近衛まで上り詰めた叩き上げの星と言っても良い、平騎士たち憧れの存在であった。

 かと言ってエルザに変わって筆頭にと言う声はまったく無かった。エルザという文武両方に優れた存在が居たこともあるが、やはり王妃の一番近くに立つにはもう少し品位が、と思われていたのであった。


「そういえばアタシこの後、次期王太子妃の公爵令嬢様に呼ばれてんだよね。」


「何?アクロディア公爵令嬢か。なぜ直接メイリンが?」


「さあ?たまに王宮に来た時に護衛に付いたりしてたから、信用されたのかな?何かお願いがあるらしいんだけどさ。まあ、あの方ツンケンとはしてるけど我々に非道い態度は取らないから問題ないとは思うけど。念の為、エルザにも頼み事の中身は相談するよ。貴族のルールって面倒なとこあるからね。」


「メイリンも貴族だろうに。まあ、次期王太子妃だからな。粗相があると問題になる。いつでも相談してくれ、万が一にも王妃陛下にご迷惑はかけられん。」


「あはは。まずは最初の挨拶で怒られないようには気をつけるよ。」


 しかしその後何日経ってもメイリンからエルザへの相談はなかった。

 エルザも日々の公務に紛れそのことを忘れかけていた。



「メイリン、明日は午後非番だろう。少し買いたい物があるんだが、城下に付き合ってくれないか?」


 エルザはいつものようにメイリンに外出の同行を依頼した。


「あー、明日はちょっとなぁ。野暮用があって、ゴメンな。」


「ん、そうか。じゃあ仕方ないな。」


 メイリンらしくない歯切れの悪い回答だったが、まあそんな事もあるかと、エルザは答えを返した。


 しかし、翌日、外出しようと宿舎を出ようとすると、驚愕の光景を目にした。


「メ、メイリン。その格好はどうした?」


「あちゃー、見つかったか。誰にも見られたくなかったから速攻移動しようと思ったんだけど。エルザには一番見られたくなかったなぁ。」


 そこには貴族令嬢の本来の外出の格好であるドレスを纏ったメイリンが居た。

 メイリンも貴族令嬢であるので、おかしい事はないのだが、これまで一度もドレス姿を見たことがなかったし、何ならスカートも初めて見た。そして一番大事な事だが、明らかにデザインが似合ってない。

 甘ったるくフワフワのデザインはだいぶ昔の、しかも幼いイメージにしか合わない。今のメイリンとは真逆だ。


「メイリンっ、そのっ、服、サイズがまったく合ってないと思うんだが。」


 かろうじて似合ってないをサイズに言い換えた。

 デザインも問題あるが、肩幅が合っておらず袖におかしな皺が出来ているし、胸周りもキツそうだ。最悪なのはスカート丈で足首が完全に見えており、貴族令嬢の装いとしては完全にアウトだ。


「何年も前に作った最後のドレスを無理矢理来てきたんだけど、あれから成長したからなぁ、動きづらいんだよ。参ったな。」


「何でまた突然そんな格好をしてきたんだ?」


 問題はそこじゃないと思いながら、エルザは根本的な疑問を聞いた。


「前に公爵令嬢様のお願いの話あっただろ。あの件なんだよ。」


 公爵令嬢のお願いと言うのは、マナーや言動がなってない平民令嬢との対決に立ち会ってほしいと言うことだった。対決と言うと穏やかではないが、普段の行動を嗜める程度だとか。しかし相手が凶暴でマナーを指摘すると逆上してくるかも、との心配で同席をお願いしたいのだが、いつもの護衛の姿だと相手に威圧感を与えるので、取り巻きの一人としての格好で来てほしいとの依頼だった。

 公務外の個人的なお願いなので金銭的なお礼もする、と言われ最初は固辞したものの、別に違法でもなく気持ちだと言われ、また男爵家に何も返せていないことを気にしていたメイリンは、少しでも弟達の学費になるのなら、と引き受けたとのことだった。

 内容が内容だけに相談もしづらかったと。


「しかし、その格好では逆に相手に不審感を与えるぞ。公爵令嬢の取り巻きにサイズの合ってない(デザインも古く似合ってないとは言えないが)ドレスの友人が居るものか。警護担当の視点からすると最警戒対象だ。」


 確かになぁ、しかし駄目かなぁ、などと呟きながらメイリンがクルッと一回転してみせた時だった。

 慣れないドレスで、しかも階段の途中で回ったりしたため、回った勢いでスカートの一部が建物に引っかかりバランスを崩したのだ。


「メイリン!」


 階段を踏み外しかけて咄嗟に踏ん張ったのが仇になったか、派手な転倒は回避したが足首を捻ったようで、しばらく蹲って立てなかった。


「大丈夫か?」


「ああ!だ、大丈夫だ。これくらい実戦なら痛いとも言えない程度だ。」


 確かに緊急事態なら動けるんだろうが、公爵令嬢の件は別に緊急事態では無い。先方に辞退、もしくは他の護衛が立会う事で許してもらうしかない。そう提案したがメイリンは頑なに行くと拘った。


「どうした、メイリン。何か拘る理由があるのか?」


「い、いやぁ、せっかくの依頼なのに要望通りに叶えてあげないと、そう、公爵令嬢様にも失礼だろ?    …報酬も貰えないし。」


「ん?報酬は残念だが、ご実家の男爵殿はそれくらいで苦情を言うような方ではないだろう?」


「いや〜そうなんだけど、その〜剣の代金が…」


「剣の代金?何のことだ?」


「実は報酬の一部を既に前金で頂いたんで、それで欲しかった剣を買っちゃったんだよね、今更、剣を買い戻してもらっても同額は戻ってこないよなぁ。なので色々不味くて……」


「ん? ん?? ん!?」


「さすがに同額で買い戻せって強要はできないだろ?護衛騎士なのは知られてるから王妃様の評判にキズがつくとまずいだろ?」


「バっ」


「ば?」


「バカか!!貴公は!そんなことで王妃陛下の評判に毛筋でも傷をつけて良い訳なかろうが!」


 公爵令嬢の前金も結構な額だったらしく、つい欲しかった剣を買ったと。そもそもドレスの準備などが必要と思っての前金では無いのかと問い質したいが、メイリンだと本気で気づかないまである。それを除いても学費の足しになる金額とは如何ほどのものか。

 元々怪我が無くともこの格好では行かせない方が良い、と思っていたがこれでは断る選択肢は無い。しかし怪我を押して本人に行かせて護衛の本務に影響が出てしまうのは本末転倒も甚だしい。


「くっ、仕方ない。私が行く。」


「え?そんな?エルザに迷惑はかけられないぞ。」


「現在進行系で迷惑をかけ続けている認識が無いのか貴公には!」


 納得させる時間も惜しいので、怪我が悪化したときの公務で責任が取れるのかとメイリンを脅しつけ、無理矢理騎士団の治療院へ連れていき担当者に押し付けて、依頼内容の概要を把握するとすぐ、自分は着替えるべく宿舎にとんぼ返りで戻ったのだった。


ーーーーーーーー


長くなりそうです。Part2に続きます。

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