第2話 巻き込まれる者たち 不遇の暗殺者
卒業パーティの喧騒を背後に置き去りにして、慌ただしく移動する一団。王宮の警護責任者であるブルーネ伯爵は周りの部下に指示を出しつつ足早に騎士団の詰所を目指していた。
「至急医師長に連絡を取り、侵入者の回復の準備を進めるよう伝えてくれ。ああ薬師長と宮廷魔術師顧問にも連絡を。対象の毒物はカリシアンだったと、伝えるのを忘れずに。」
「しかし今まで何故わからなかったのでしょう。既に色々な毒を調べた筈では?」
「カリシアンは無色無臭の上、そもそも即死級の毒だからな、意識は戻らないまでも容態が安定している状態での判断は難しかろうよ。それに聖女殿の浄化か解毒が発動して容態が変化している可能性もある。あの方の術は無意識に広範囲に展開させるからな。ヤツがカリシアンを浴びても生き残った原因がそれなら頷ける。」
事は一ヶ月前に遡る。隣国の神聖マーロ教国からの親善の使節団が到着し、前年に認定した聖女との歓迎のパーティが開かれていた。
主賓は教国の親善団、王国側は王弟でもあるレアンドル公爵が責任者として対応していた。
顔合わせと歓談がメインの、立食形式での比較的小規模のパーティであった。
そこで小さくない騒動が発生した。
歓迎団との挨拶が終わり、歓談に入った直後にアクロディア公爵令嬢と聖女との間で、紅茶で粗相したというトラブル発生報告が上がってきた。
これまで学園での両者のトラブルは伯爵も報告を受けており、今回も接触時に警戒はしていたものの深刻な事には到るまいと考えていた。まあ、ドレスを汚す嫌がらせなど想定の範囲だ。
想定できなかったのはその後の展開だった。
聖女の身代わりに紅茶を受けた男性がおり、その男性が意識不明のまま回復しないと。
その後、詳細を調査したが被害者(?)はその男性一人。後は聖女のドレスに染みが付いたのみ。
体調不良者はその男性以外居なく、各所に出来た染みも聖女が浄化で消していて、
被害者の男性の身元が判明しなかったことが混迷に拍車をかけた。
教国の使者が主賓となる親善パーティで、身元不明の侵入者がいる事がまずあり得ない。そのあり得ない事件が起きたことは関係者以外重要機密となった。
侵入者の持ち物を調べたが身元に繋がるものはなく、但し細身の短剣二本、針状の金属、細いコード状の紐、 煙幕を発生させる煙玉と明らかに暗殺者と思われる装備だった。
それが何故聖女を庇った?しかもたかが紅茶をかける程度の攻撃なのに。本人の回復を待ちながらも色々な謎が疑心暗鬼を生み、積極的な治療も調査も進んでいないのが実態だった。
それが先程の会話で何となく見えてきた、とブルーネ伯爵は考えた。
ヤツは聖女殿への刺客だったのではないか?トラブルに紛れて短剣による刺殺か毒殺を狙い、都合よく公爵令嬢の紅茶事件を利用しようとした。
誤算は聖女殿の身体能力か?どれほどのスピードで回避したかはわからぬが、背後から近づいたのが仇となり正面から勢いよくかけられた紅茶が見えず、避けそこねたのだろう。
潜入までの手際を考えると決して無能とは思えないが、聖女殿の身体能力か、公爵令嬢の手段のえげつなさが誤算となったのか、まさか紅茶ごときで一瞬で昏倒させられるとは倒れる瞬間まで想像できなかっただろう。
ブルーネ伯爵はここに侵入者が運び込まれたときの状況を思い出しつつ、部下を伴って騎士団の詰所に併設された療養所、一時的に不審者の勾留部屋として警備が強化されているが、に着き関係者が揃うのを待った。
「ブノワ医師長、既にお聴きだとは思うが侵入者が被った液体にはカリシアンが含まれていたらしい。その後、表面的な部分は聖女殿の浄化もしくは解毒で無毒化された事で即死は免れたが、体内に取り込まれたであろう一部の毒が現在の状態を引き起こしていると思われる。」
「ふむ、流石にカリシアンは想定外だったのぉ。じゃが現在は弱い毒程度の症状なので、それと判明したなら普通の解毒で大丈夫じゃろ。」
「ブノワ殿、カリシアンにピンポイントで対処できる解毒の薬はありませんが、一般的な解毒薬を試して見ましょうか?」
ブノワ医師長にマルタン薬師長が答えている。
「それなら僕の解毒魔法でも対応可能かな?聖女様ほどじゃないけど、効果はあると思うよ。」
ブルーネ伯爵は期待通りの応えを返してくれたランベール魔法顧問に目を向けた。
「ランベール魔法伯、是非、お願いしたい。ブノワ卿、マルタン卿には急変した場合の対応をお願いしたい。」
「任せてくれたまえよ。」
その後、ランベール魔法伯の解毒魔法により、侵入者の顔色は明らかに良くなった。容態も回復し、もうすぐ意識も取り戻すであろうと言うことで、両手は拘束した状態にしたが、更に念の為にランベール魔法伯だけは残って控えてもらっている。
そんな状況で男は目覚めた。
「う…ぉ、こ、ここは?」
「気がついたか、暗殺者。聖女殿の暗殺を失敗したことは覚えているか?こちらの質問に素直に答えるなら、ある程度の身の保証はしてやらんでもないぞ。」
ブルーネ伯爵はまだ状況が掴めず戸惑った状態の男に対して、情報を引き出すべく真偽不明の情報なども織り交ぜて畳み掛けた。
たっぷり一分ほど時間が経った後、男は口を開いた。
「なるほど、俺は失敗したらしい。自決の薬も無効化されてるとは、念入りな事だ。」
「いや、それは知らんぞ。確かに口内を検めたが、特に何も見つからなかったからな。それよりもお前の目的だ。大人しく話してもらうぞ。」
「ふん、話したくとも組織の情報など話せない制約が…ある…筈だが…」
男は本来ならここで発生する
「なんだと?隷属の誓約が解除されている!?」
男はある組織に所属する工作員だった。
その組織では基本的には洗脳に近い情操教育を幼少時から行い裏切りを防いでいるが、途中加入や
殆どのメンバは誓約があろうとなかろうと問題なかったが孤児出身の、ある程度自我を持って育った男、ユリアンには己の意思を縛り命令を聞かざるを得ない厄介な制約として機能していた。
そういえば頭もクリアになっている。体力的には弱ってるはずなのにスッキリとした気分だ。
「俺が公爵令嬢の嫌がらせに乗じて、聖女を襲撃しようとしたが、逆に紅茶を浴びたのは覚えている。その後は急激に意識が無くなっていった気がする。いったい何が起きたんだ?」
「ふむ、質問してるのはこちらなのだがな。多少は説明してやるか。まず名前ぐらいは言ったらどうだ?」
「ユリアン、だ。普段は
ブルーネ伯爵は名前を聞いてとんだ大物が関わっていたと冷や汗を流した。が、それを気取られないように振る舞い、浴びた紅茶に毒が入っていた事、聖女の解毒である程度回復したが、そもそも最初は毒かどうかもわからなかったので下手な治療が出来ず、一ヶ月寝たきりだったことをかいつまんで説明した。
「思い出してきた…そうだ…」
ユリアンは徐々に思い出したか、目を見開き、一方顔色は青くしながら喋りだした。
「何なんだ、あの聖女?って女は。確かに気配を消しながらだったんで俺も全力では動いてなかったとしても、俺を超える速さのサイドステップで目の前から消えちまったんだぞ!」
「それで聖女殿の暗殺に失敗したのか?」
ブルーネ伯爵は冷たくなる声を抑えもせず聞いていく。
「違う!俺の、いや、まあもう良いか。教国の目的は聖女が襲われたという事実を作りたかっただけだ。俺の短剣には
「短剣も、お前の持ち物も、多分自決用の仕込み毒もまとめて聖女殿が解毒したんだろう…よ」
ブルーネ伯爵は一転して力なく小声で呟いた。
「何だと?」
「ああ、何でもない。毒は検出されなかったな。何も。」
「本来は公爵令嬢が聖女に危害を加えたように見せかけて、やはり王国では護りきれないと難癖をつけて、教国に聖女を連れて行く計画だったんだ。聖女の身柄と公爵家の力、両方を奪って王国の弱体化まで狙った計略だったんだ。」
「そこまで企んでいたのか…しかし、嫌に素直に話すんだな、信憑性を疑いたくなるぞ。」
「ふん、既に俺を酷使していたやつらへの忠誠心など枯渇してたんだ。隷属魔法で無理矢理精神を縛られて裏切る気持ちすら持てなくされていただけだ。別に疑っても良いぞ、俺は困らん。」
既にブルーネ伯爵はユリアンの供述に嘘は無いだろうと思ってはいたが、裏取りだけは必要だと部下に指示していた。
「おい、こいつの供述をまとめて報告書にするように。個々に事実確認を進めるぞ。」
ユリアンはまだ納得がいかない顔で話していた。
「それと、俺に紅茶をかけたのは公爵令嬢で間違いないんだな?」
「ん?そうだが、何か?」
「紅茶が螺旋を描きながら、もの凄いスピードで直進してきた…あれはスキルか風魔法か?いずれにしても恐ろしく強固な意志でぶっかけてきやがったぞ!」
「マジか……」
「普通の浴びせかけ程度なら俺も無様にはくらわん!聖女の獣人レベルのサイドステップに驚愕したのも確かだが、鋭すぎる紅茶スローでなかったら避けられたはずだ。お前のところの国の淑女教育はどうなってんだ!」
ブルーネ伯爵は先程の公爵令嬢と聖女のやり取りを思い出しながら、確かに両者が規格外で無ければ対決は成り立たないのだな、と納得し始めていた。
「まあ、すべて素直に話すのなら悪いようにはせんよ。幸い、今回は何の罪も犯してないどころか聖女殿を庇ったとも取れるからな。だから聖女殿も解毒、浄化をmaxでかけてくれたんだろう。隷属魔法もそれで解呪されたのかもな。聖女殿はその後もお前の容態を心配してたぞ。」
「なっ、この解呪も聖女が!?それに解毒、浄化!あぁ俺はどれほどのご負担をあの方にかけてしまったのか……正に聖なる使途様、何と慈悲深い人なんだ。更にこの卑小な身の心配まで。俺は何て事をしようとしてたんだ…おい!全て正直に話すぞ!聖女様に軽微とは言えキズを負わせようとした教国の反教皇派に鉄鎚を下してやる!」
何だか途中から変なスイッチが入ったかのような怪しげな内容に変わり、
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