第58話 玲良と九条家 —前編—
そこには、出張中の
トップである
しかし、そういう表面上のものとは別種の心からの信頼を、空也は感じ取っていた。
どうして辺境出身である自分をそこまで信頼してくれるのか、と空也は疑問に思ったが、あえてそれを尋ねたりはしなかった。
「でも、本当に不可解な状況よねー。
「うーん、私も
「美里で無理なら全員無理だろ」
ノックの音が聞こえた。
「はい」
「玲良です」
「王女っ?」
扉の近くにいた舞衣が、慌てて扉を開けた。
玲良と
開口一番に玲良は告げた。
「瑞樹の一件について、お伝えしたいことがあります」
と。
◇ ◇ ◇
玲良の話は、要約すると三つにまとめられた。
一つは、辺境に先王が主導していた呪術の研究施設があること。二つは、直近の様々な時間に関わっているであろう犯罪組織が——その研究所を使用しているのかは別として——、辺境にいる可能性が高いこと。
そして最後は、王宮会での審議の結果、第三隊から空也を含む六名、第一隊から五名、第四隊から四名の、計十五名の少数精鋭で辺境に向かい、辺境に駐留している王宮軍と合同で調査が行われることになった、というものだ。
「……すみません。空也さん」
説明を終えた玲良の口から真っ先に漏れ出たのは、空也への謝罪だった。
「何が起きるかわからない今の状態で、辺境に行かせることになってしまって……」
「王女のせいじゃありません」
空也は首を振った。
それは、決して単なる慰めではなかった。
今回は空也が、瑞樹が何か仕掛けてくる可能性に気づかなかったから——、
「そう言ってくださると心が軽くなります。ですが、空也さんも自分を責めないでください」
思考を中断し、空也は玲良を見た。
「貴方のせいではないことは、皆わかっていますから」
その玲良の言葉に、杏奈を含めた他の五人も頷いた。
「……
「そういうことですよ」
玲良が微笑んだ。
「でも、何で空也は絶対なんですか?」
舞衣が首を傾げた。
「他の部隊からすれば容疑者なのに、調査隊に参加させるなんて」
「容疑者だからこそ、王都から離したかったんだろ」
傑がため息混じりに言った。
「どういうこと?」
「考えてもみろ。もし空也が犯人なら、周りに人がいる中で、誰にも気づかれずに殺人を犯せることになる。そんな奴、自分の近くにいて欲しくねえと思うのが当然だし、普段は数日はかかる王宮会がわずか数時間で結論を出したのも、要はそういうことだろ」
「あー……」
舞衣が曖昧に頷いた。
「瀬川君以外のメンバーは決まっていますか?」
茜が玲良に問いかけた。
「異界の発生に備えて
茜はわかりました、と頷いた。彼女はウルフの顔を見回した。
「どうしようか。やっぱり、瀬川君の実力が一番わかっている傑君は確定かな?」
皆の視線が傑に集まる。
目を閉じて考え込む素振りを見せてから、傑はいや、と首を振った。
「茜と舞衣が行け」
「えっ、どうして?」
「空也に攻撃と【
傑が空也にチラリと視線を向けてから続けた。
「確かに俺が一番コイツの実力や戦い方を把握しているんだろうし、連携も悪くねえ。が、そうなると攻撃に偏りすぎる。もし勝負が拮抗すれば、俺と空也も守りに加わる必要が出てくる。どうしたって
「確かに……茜一人に防御と回復任せるのはさすがに厳しいもんね」
舞衣が顎に手を当てた。
そういうことだ、と傑が頷く。
「俺と空也が守備に意識を割きつつ戦うなら、舞衣と茜が防御と回復を担当して、空也一人を攻撃に専念させたほうが良い。だから俺と同じで攻撃に偏っている誠也、戦闘要員じゃない美里もナシだ」
「なるほど……空也君はどう思う?」
舞衣が話を振ってくる。
「全員のパワーバランスを最も把握しているのは
空也は傑を見て頷いた。空也はそれに、と続けた。
「正直な話、攻撃と【索敵】に集中させてもらえるなら、僕としてもありがたいです。防御はそこまで得意じゃないので。集団戦は特に」
「決まりね」
舞衣が手を叩いた。
「もう二人の隊員はどういたしましょうか?」
玲良が皆を見回す。
「攻守にバランスの取れた隊員が良いかと。王女、第三隊の名簿とかありますか?」
傑が玲良に尋ねた。
——敬語も使えたんだな、と空也は意外に思ったが、もちろん口には出さなかった。
「杏奈に預けましたっけ?」
「はい。こちらですね」
杏奈が書類の束を傑に渡した。
「助かる——相性とか色々あるから、もう一人もこっちで決めて良いですか?」
「もちろん構いません。むしろ、助かります」
「了解しました……お前は?」
傑が空也に視線を向けてくる。
お前もメンバー選考に参加するか、という意図だと解釈した空也は、首を振った。
「いえ、僕は速水さんと
「そうか」
傑が書類に目を落とす。他のウルフのメンバーもその周りに集まった。
「空也さん」
手持ち無沙汰になった空也に、玲良が声をかけてくる。
「何でしょう?」
「この後、お時間はありますか?」
「この後ですか? はい、あります」
空也は脳内で、この後に何も予定がないことを確認して頷いた。
良かった、と玲良が息を吐いた。
「でしたら、一つお願いがあります。これから
「それは構いませんが……よろしいのですか?」
「何がでしょう?」
玲良が首を傾げた。
「皆さんが無実を信じてくださっているのは本当に嬉しいのですが、対外的に見れば容疑者であることに変わりはありません。そんな僕と外を出歩くのは、あまりイメージ的に良くないのでは?」
「だからこそ、ですよ。杏奈しか連れていない私が空也さんといるということは、貴方が犯人ではないというアピールにもなりますから」
玲良がウインクをした。
「……ありがとうございます」
空也は、玲良の気遣いに感謝した。
一つ微笑んでから、玲良は空也の手を掴んだ。
「さあ、参りましょう」
◇ ◇ ◇
九条家の当主室に足を踏み入れるのは、玲良にとっては少し久々のことだった。
当主室には九条家現当主の
玲良は彼らに、瑞樹の一件や、今後空也を含めた調査隊が辺境に派遣されることなどを伝えた——といっても主に説明したのは杏奈で、玲良は空也とともに補足をしただけだが。
それぞれが何らかの反応は示したものの、さすがは九条家というべきか、誰一人として取り乱しはしなかった。
いくつかの質疑応答を経て、会議——というよりは報告会に近かった——は終了した。
「大河さん」
皆が次々と部屋を出ていく中、玲良は椅子に腰を下ろしたままの九条家当主に声をかけた。
「何でしょう?」
大河が立ち上がった。
「少し、お話をよろしいでしょうか?」
「……それなら、皐月も同席させていただきたいのですが」
「皐月さんを? こちらとしては構いませんが……」
玲良は意外に思った。
これからする話はお互いの今後に大きく関わることで、それは大河もわかっているはず。
以前彼は、皐月には慎重に経験を積ませたいと言っていた。そんな彼にしては大胆な決断だ、と玲良は思った。
「ありがとうございます」
大河は深く一礼した。彼は自分の娘を見て続けた。
「おそらく、あの子はこの流れに身を投じることになるでしょうから……」
不安と心配の入り混じった横顔を見て、玲良はその心中を察した。
玲良は皐月——ではなく、彼女と話している空也を見ながら、そうですね、と頷いた。
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