第57話 王宮会
「ふう……」
イース王国の王である
「
「侑斗と違って、瑞樹は一応情報は絞り取ってはありますが……それでも、痛いことに変わりはありませんな」
宰相である
現在部屋にいるのは、彼と尊だけだ。
「どう見る?」
「瑞樹が何かをしたのは明確でしょうな。実力的に犯行が可能なのは
「ふむ……そうだな」
少し考えてから、尊は頷いた。
「第一隊はともかく第三隊まで疑ってしまっては、もう何も信じられなくなってしまうな」
「何かあれば別ですが……基本的には第三隊の陣営は警戒せずともよろしいかと。
「瀬川隊員と光の女王は少々問題児だがな。執行猶予中であろう?」
「そうでしたな」
二人は短く笑い合った。
「それにしても、これで少し厄介なことになりましたな」
「ああ。もし本当に瑞樹が呪術を発動させていたなら、今後何が起きるかわからん……ということだろう?」
「それもありますが、それだけではありません。今回の件で、実情はどうであれ、対外的に第一隊と第三隊は同程度の失態を犯したことになります。つまり、今度第一隊を締め出す際には——」
「締め出す理由によっては、第三隊にも何らかの
「ご明察です、陛下」
「確かにそうだな……こうなると、第一隊を泳がせておく判断は間違いだったか」
「いえ、そうとも限りますまい」
久遠は首を振った。
「現在、魔大陸は一つの勢力が統一間近だという情報も入ってきています。今ここで王宮が分裂すれば、もし魔族が攻めてきたとき、我々は耐えることはできないでしょう」
「まったく……頭が痛いな」
「少し休まれますか?」
「いや」
首を振り、尊は立ち上がった。
「王宮会を招集する。直ちに連絡せよ」
「承知しました」
久遠は、無駄のない所作で膝を折った。
◇ ◇ ◇
現国王である尊、宰相の久遠、王直属の軍隊である王宮軍の総裁
「——以上です」
概要の報告を終え、玲良は腰を下ろした。
「主犯だった瑞樹を失ったのは痛いですねぇ」
案の定、第三隊と対立関係にある第五隊のトップである京華が、真っ先に声を上げた。
ため息を吐いてから、京華はただ、と続けた。
「それはもう過ぎてしまったことなので仕方ありません。玲良お姉様には警備体制を見直していただくとして……私は、瀬川空也を瑞樹に会わせたことが問題だと考えます」
「全くもって、その通りだ」
玲良と対立するもう一つの勢力、第一隊のトップである一紫が、ここぞとばかりに京華に同意する。
「あれだけ大きな事件の被害者と加害者を合わせるなんてどうかしている。今回だって、瀬川隊員が瑞樹に復讐したんじゃないのか?」
「それはあり得ません」
玲良は首を振った。
「先程も申し上げましたが、瀬川隊員が誰にも気づかれずに犯行を行うのは不可能ですし、そもそも看守まで殺す動機もありません」
「そうか? 瀬川隊員は、奥義を使えるほどの才能の持ち主と聞いているし、彼の隣にいたという速水隊員は二級魔法師だそうじゃないか。彼女が気づかなかっただけ、という可能性もある。そもそも、二級の隊員を瀬川隊員に付けるという人事が間違いであろう」
「ですから——」
「一つ、よろしいでしょうか?」
玲良の反論を遮るように、第一王女の薫子が手を挙げた。
そろそろだろうと予見していた玲良は、姉に発言権を譲った。
「
「ぐっ……!」
一紫が言葉を詰まらせた。
彼は悔しそうに薫子を睨んだが、何も言い返しはしなかった。恥の上塗りになるだけだというのはわかっているのだろう。
薫子は、そんな兄を一瞥してから続けた。
「ただ、先程京華が言ったように、過ぎてしまったことは仕方ありませんから、今後について考えましょう」
薫子のその意見に、反論は出なかった。
玲良は同意見だったし、一紫は言い負かされた直後、京華は自らの言葉を使われ、第六隊のトップである第三王子の結弦は、そもそも政治には興味がない。
そして尊や久遠、桐ヶ谷篤志は後継者候補たち——もちろん玲良たちのことだ——の経験のために、王宮会では基本的に口出しをしない方針なのだ。
「ですが、今後とは具体的にどうするのですか?」
第四隊のトップで第二王子である綾人の最初の発言は、薫子への疑問だった。
「真相は別にして、今回の一件に呪術が関わっている可能性は極めて高い。何せ、外傷なく殺されているのですから。そして、ここ最近の大きな事件の多くに呪術が関わっています。一度、しっかりと調べる必要があります」
「呪術の研究や対策なら、すでに行われているが?」
一紫が遠回しに嫌味を述べた。
いいえ、と薫子は首を振った。
「一紫お兄様。私が申し上げているのはそういうことではありません。表向きになっているのは瀬川家や冒険者パーティである【
「その裏で動いている奴らがわからないこの状況でか? しらみ潰しに探そうとしているのなら、それはあまりにも労力とお金がかかりすぎる。もう少し考えて発言してほしいものだ」
一紫が小馬鹿にするように鼻で笑った。
「しらみ潰しではありませんよ」
明確な挑発を受けてもなお、薫子は顔色一つ変えなかった。
「呪術の発動には大きな魔力を使用するため、万が一にもその魔力が探知されないよう、研究は周囲に人が、特に国防軍がいないところで行う必要があります。そして、その条件を満たした上で元々研究設備が整っているところを、私たちは知っている」
「っまさか!」
声を上げたのは一紫だけだが、その場の空気が一気に重くなったのを玲良は感じ取った。
薫子もそれは気づいているはずだが、彼女はそう、と頷いて淡々と続けた。
「——辺境です」
静寂が王宮会を包む。
当然だろう、と玲良は思った。
辺境で行われていた尊の先代の王が主導したその研究は、禁術であるはずの呪術の
いくら尊が王になる前のものだったとしても、それが王宮の負の遺産であることに代わりはないのだ。
「け、けど、あそこは厳重に隠されているし、そもそも研究施設があること自体、我々を含めた少数の人間しか知らないはずよっ。そ、その人たちを疑うというのっ?」
「落ち着いて、京華」
薫子が手のひらを下に向け、妹に落ち着け、というジェスチャーを送った。
薫子は続けた。
「私は何も、皆さんを疑っているわけではありません。秘密を知っている者が関わっていなくとも、呪術を使っておいて、未だに我々に尻尾すら掴ませない厄介な相手です。自力で探り出したとしても、何も不思議なことじゃない」
その考えは推測の域を出なかったが、異論を唱える者もいなかった。
王宮の研究所の存在を抜きにしても、辺境は国防軍の数が少なく、それでいて魔物は量も質も王都とは桁違いだ。危険を度外視すれば、誰にも気づかれずに呪術の実験を行うことは可能だろう。
——そもそも、そういった場所だからこそ、先王も辺境を研究場所に選んだのだろうが。
「確かに……可能性としては辺境が一番高いでしょう」
綾人が薫子に同意した。
「事態が悪化の一途を辿っている以上、リスクを冒してでも怪しいところを調べるというのも一つの手です。しかし、どなたを派遣するのですか? 中途半端な実力では、リスクが高すぎます」
「それは……」
ここで初めて、薫子が言葉を詰まらせた。
辺境は危険な場所だ。その中で調査を行わなければならない上に、彼女の推測が当たっているなら、呪術を使う者たちと戦闘になるかもしれない。そうおいそれとは決められないだろう。
「その言い方、綾人には心当たりがあるのか?」
一紫が綾人に尋ねた。
「一名だけですが」
「誰だ?」
綾人はすぐには答えなかった。彼は、周囲をゆっくりと見回してから口を開いた。
「実力があって辺境についても詳しい、今回の調査に相応しいその人物は——」
玲良は息を呑んだ。綾人が誰のことを言いたのか、わかってしまったからだ。
玲良を一瞥して、彼は言った。
「辺境出身であり、国防軍第三隊特別作戦係『ウルフ』に所属している、瀬川空也隊員です」
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