第44話 キース森の異変③ —輝人の策略—

 【スカイ・ビースト】と交戦していた七つのパーティ——【夕焼けへーリウー・デュシス】や【陰影スキア】も含む——のうち、重傷者は三つのパーティの、合計四名だった。


 その中でも一番の重体である川村かわむら千佳ちかを背負う有明ありあけ恭一きょういちは、脇目も振らずに一団の先頭を走っていた。

 本来なら、キース森のような魔物と遭遇しやすい場所では、先頭の人物は【索敵さくてき】を最優先にするのが普通だ。魔物との戦闘を何度も繰り返していれば、結果的に時間も体力も大きく消耗することになるからだ。


 しかし、恭一は全てのリソースを【身体強化しんたいきょうか】に注ぎ込み、【索敵】は一切していなかった。


 それは恭一が【索敵】よりも移動速度を優先したからではなく、


「少し右行くぞ」


 彼とともに先頭を走る少年、やなぎ宗平そうへいがその役を担っていたからだ。


 ——枝村えだむらのじいさんの言う通り、いや、それ以上の化け物だな。


 それが、恭一の宗平に対する素直な感想だった。


 四体のスカイ・ビーストと交戦した後だと言うのに、宗平は全く息を乱していない。それも、【身体強化】と【索敵】を併用しながら、だ。

 異なる二つの技の同時発動がやっと実戦レベルである恭一にとっては——それも、一般的に見たらすごいのだが——、宗平は嫉妬しっとの対象にもならない異次元な存在だった。


 なお、宗平が本当は【認識阻害にんしきそがい】を含めて三つの異なる技の同時発動をしていることは、恭一には知る由もなかった。




◇ ◇ ◇




 治癒ギルドに着くころには、さすがの宗平も少し息を切らしていた。


(さすがに三つ同時は疲れるな……)


「素晴らしい働きじゃったぞ、宗平」


 まもるに肩を叩かれる。


「ここまで早く帰還できたのは初めてじゃ。常時二つの技を併用するとは、お主はとんでもないのう」

「【索敵】も【身体強化】も嫌と言うほど使っているからな。そんなに大した負担じゃない。じいさんこそ、歳を感じさせない走りだったな」

「ほっほっ。まだ若者たちに負けるわけにいかんのじゃよ」


 守が力こぶを作ってみせる。本当にすごい人だ、と宗平——空也くうやは思った。


「なあ、お前」


 背後から声がかけられる。

 振り返れば、恭一が立っていた。


「色々言って悪かった。あと……ありがとう。千佳の治療を優先させてくれたことも、ここまで先導してくれたことも。感謝している」


 真っ先に頭を下げた恭一に続き、【陽光イリョス】のメンバーも頭を下げる。

 そのしおらしい様子に意外感を覚えつつも、宗平は首を振った。


「別にお礼を言われることじゃない。俺はできることをしたまでだ」

「それでも、だ。いずれ、何らかの形で礼はさせてもらう」

「そうか」


 宗平はぶっきらぼうに頷き、恭一から視線を外した。


「俺は冒険者ギルドへ報告に行く。最初からあの場にいた者にも同行を頼みたいのだが……」

「それならワシが適任じゃな」


 名乗りをあげた守に対し、反対の声はなかった。

 それだけの信頼があるのだろうし、守以外は皆、パーティメンバーが現在進行形で治療を受けている。なるべく治癒ギルドを離れたくないのだろう。


「助かる」

「それはこっちのセリフじゃて」


 快活に笑い、守が歩き出す。

 宗平も、その後に続いた。




◇ ◇ ◇




「最終的には七つのパーティがその場に集まっておった。そのうち最初にその場にいたのはワシと【陽光】で、スカイ・ビーストを倒したのは全て宗平個人の力じゃ。【黄金の剣クリューソス・スパシー】、【夕焼け】、【陰影】はほとんど戦闘に参加しておらず、周囲の警戒や治療に専念しておったな」

「なるほど……」


 守の説明を受けて、ギルドの受付嬢が報告書をまとめていく。


「宗平さんから何か付け足すことはありますか?」

「特にない」

「わかりました」


 受付嬢がペンを置いた。


「ご協力ありがとうございました。ただ、討伐完了となるのは【黄金の剣クリューソス・スパシー】が持ってくるというスカイ・ビーストの死体の確認と、他の冒険者さんたちのお話も聞いてからになるので、それまでは申し訳ありませんが少々お待ちください」

「ほい」

「ああ」


 受付嬢の対応は当然のものであったため、宗平と守は素直に引き下がった。




「ふう……」


 治癒ギルドへ向かうという守を見送り、宗平はギルド内にある椅子に腰掛けた。


「おい、あいつ一人でスカイ・ビースト討伐したってマジか?」

「しかも四体だってよ。信じらんねえな……」


 ひそひそ声が宗平の耳に届く。


 守は別に声を潜めたりはしていなかったため、宗平はギルド内で注目の的になっていた。

 宗平は席を立つか迷ったが、幸いにして一人で居心地の悪い思いをする時間は長くは続かなかった。

 タイミング良く、愛理あいりたちがギルドに帰ってきたからだ。

 

「あっ、宗平君」


 真っ先に愛理が駆け寄ってくる。


「お疲れ様ー」

「愛理もな」


 うん、と嬉しそうに笑い、愛理が宗平の前の席に腰掛ける。


「宗平、お前ちょっとヤバすぎねえ?」


 興奮気味に話しかけてきたのは、愛理の背後にいた【陰影】のリーダー、宇田うだ春奈はるなだ。

 男のような口調だが、彼女は立派な少女である。


「一丁前に連携までしていたスカイ・ビーストを無傷で倒すなんて、あんた何者よ?」

「ていうか、そんなに実力がありながら話題にもならないなんて、今まで何をしていたわけ?」

「さあな」


 興味津々といった様子の【陰影】を、宗平は相手にしなかった。嘘は、なるべく吐かないに越したことはないからだ。


「ちぇっ、つまんない」

「ミステリアスキャラがモテていたのは、もう過去の話だぜ? なあ、愛理」

「そんなの知らないよ」


 春奈が愛理の肩に手を回し、愛理も笑顔を見せる。


 異様な雰囲気だったのが一転、少女たちの無邪気なたわむれにより、ギルド内は和やかな雰囲気となった。


 しかし、そんな平和な時間はすぐに壊された。


「熊殺しの【黄金の剣】、ただいま帰還した!」


 そんな大声が、ギルド内に響き渡った。




◇ ◇ ◇




「熊殺し……?」

「どういうことだ?」


 スカイ・ビーストの死体とともに現れた【黄金の剣】のリーダー、佐伯さえき輝人てるひとの第一声は、ギルド内に混乱をもたらした。

 それはそうだろう。ギルド内にいた人間は、誰しもが【黄金の剣】は死体の運搬係としか思っていなかったのだから。


「ん? どうしたのだね? この雰囲気は。私たちはスカイ・ビーストを倒した英雄・・・・・・・・・・・・・・だ。もっと歓迎されても良いと思うのだが……」

「何言ってんだ? スカイ・ビーストはそこのガキが倒したんじゃねえのか?」

「何を言っている。こいつらを倒したのは私たち【黄金の剣】だよ」


 そうだそうだ、と【黄金の剣】の他のメンバーが声を上げる。


「嘘はいけねえな、おっさん」


 春奈が一歩前へ出た。


「あんたらはただの死体運搬係だろうが。とち狂っちまったのか?」

「……なるほど。そういうことか」


 春奈の挑発には乗らず、輝人は薄ら笑いを浮かべた。


「やっと納得がいったよ。柳宗平、君が早々にギルドに帰還したのは虚偽の報告をするためだったのだな——スカイ・ビーストを倒したのは自分であると」

「はっ? 何を言って——」

「ああ、もう彼を庇う必要はないよ」


 輝人が春奈をさえぎった。


「本当にスカイ・ビーストを倒していたなら、この少年は自らが仕留めた魔物の死体を放って帰ってきたことになる。パーティメンバーが重傷というわけでもないのに、それは不自然だと思わないかい?」

「た、確かに」

「それは言えてるな」


 輝人の問いかけに、ギルドの中から賛同の声が上がる。


「普通、余程のことがなければ自分の獲物を放り出すなんてしないもんな……」

「しかし、あの枝村えだむらさんが嘘を吐くか?」

「うーん……でも、Cランクだぜ? 普通に考えて四体のスカイ・ビーストを倒せるわけねえよ」


 ギルド内のざわめきは徐々に大きくなっていき、先程まで輝人に向けられていた疑いの目線は、いつの間にか宗平に向けられていた。


「そう。今誰かが言ってくれたように、そもそもCランクの彼にAランク四体の討伐など不可能なのだ。それに、こちらには証拠もある。これを見たまえ!」


 輝人が一体のスカイ・ビーストの死体、正確にはその心臓部分を指差した。

 そこには、剣の切先と思われるものが刺さっていた。


「これは私の剣の切先だ。トドメを刺したときに折れてしまったが……これでわかっただろう?」


 輝人が腰に差していた剣を抜いた。その先端は欠けていた。


「こ、これはさすがに……」

「ああ、っぽいよな」


 ここに来て、宗平を擁護する声は皆無になった。


 ——なるほど。そういう手か。


 宗平は感心した。

 確かに、冒険者の常識に照らし合わせれば、宗平の行動はむしろ不自然なものだった。自分が仕留めた獲物を他の冒険者、それも面識のない者に預けるなど、普通はあり得ないからだ。


 証拠の作り方もしたたかだ。

 やり方は平凡だが、それだけに否定するのが難しい。剣が折れてしまったという設定のため、「今ここで再現して見せろ」とも言えないのだ。


 形勢の不利はわかっているのか、愛理や【陰影】のメンバー、それに彼女らとともに帰ってきた一部始終を見ていた冒険者たちも、下手に言い返したりはしなかった。(もちろん、無闇に輝人と対立したくない、というのもあるのだろう)


「まあ、彼の気持ちもわかるがね」


 宗平を見ながら、輝人は目を閉じて頷いた。すっかり役に入っているようだ。


「確かに彼は、細々とではあるが私たちとスカイ・ビーストとの戦闘を援護してくれたし、頑張ってはいたからね。ただ、虚偽の報告はしてはいけないよ」

「さすがは輝人様。お優しい言葉だ……」

「ああ。もっと怒ってもいいところを、優しく諭すなんて……」


 ゴマスリであることが丸わかりな褒め言葉に、輝人は満足げな表情を浮かべた。


 宗平の右腕の袖が引っ張られる。

 引っ張ったのは愛理だ。その目がどうするの、と問いかけてきている。


 宗平は首を横に振った。どうもしない、という意思表示だ。

 愛理はわずかに悔しそうな表情を見せたが、それ以上は訴えてこなかった。


 二人のやりとりを見て不満そうな表情を浮かべた冒険者も多かったが——全員戦いの場にいた者たちだ——、宗平は気づかないふりをした。

 なぜなら、今の状況は宗平——空也にとっても都合が良かったのだ。


 いつまでも宗平でいるつもりはないため、宗平はどこかで消えなければならないが、そのときに変に注目をされているのは都合が悪い。

 その点、現在の状況は宗平が自然にフェードアウトするための伏線になりえた。「虚偽の報告がバレて居心地が悪くなり、自ら去っていった」というシナリオが作れるからだ。


 だから、宗平は何も言わなかった。

 愛理や【陰影】、それに守や恭一などには特にモヤモヤを感じさせてしまうだろうが、目を瞑ってもらうしかない。


 宗平たちが何も反論しないことで、その場の空気は完全に【黄金の剣】が正しいという方向で落ち着いた。

 それは輝人も感じ取っていたのだろう。彼は余裕の笑みを浮かべながら、受付嬢に近づいた。


「そういうわけだから君、その報告書は書き直しておいてくれるかい? ああ、彼や彼に協力した人たちに関しては、処分はなしで良いよ。彼らも頑張ってくれたわけだし」

「申し訳ありませんが、それはできません」

「……えっ?」


 首を振った受付嬢に、輝人は間抜けな声をあげたが、彼はすぐに立ち直った。


「ああ、処分のことだね? 確かにギルドとしては、虚偽の報告をした彼らを罰さないわけにはいかないのかもしれないけど、ここは一つ私に免じて——」

「いいえ」


 しかし、受付嬢は少しも怯まずに輝人の早とちり・・・・を否定し、毅然きぜんとした態度で続けた。


「私ができないと申し上げたのは、報告書の改編に関してです」

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