第43話 キース森の異変② —あっけない幕切れ—

 ——また一人、とてつもない才能が出てきたものじゃな。


 周囲の警戒はしつつも宗平そうへいと【スカイ・ビースト】の戦闘を見ていたまもるは、感嘆のため息を漏らした。


 スカイ・ビーストの巨体に似合わない素早い攻撃を【魔の障壁マギア・トイコス】で受け流しつつ、宗平は着実にダメージを与えていた。

 その姿は華麗というより堅実というほうが相応しい。本気を出していないのでは、と感じられるほど、彼の戦いには余裕があった。

 いや、

 彼は、本当に本気を出していないのだろう。


 他の冒険者も、守と同じように感じている者が多いようだ。


「あのガキ、本気出してなくねえか?」

「ああ。何でだ?」

「知らねぇ。舐めてんじゃねーの?」


 冒険者は実力主義であり、新参者に対する風当たりは強いため、宗平に対して肯定的な意見を持つ者は少なかった。

 その中でも、【黄金の剣クリューソス・スパシー】というパーティは特に否定的な意見を述べていた。


「手ェ抜いても勝てる俺かっけー、とか思ってんじゃねえの?」

「あー、ありますよね。ちょっと強いからって勘違いしちゃうやつ。スカイ・ビーストが本気出してねえ今のうちにさっさと倒すべきだってのに」

「馬鹿ですよねぇ」


 その宗平を見る目つきは、明らかに見下しているものだった。


(相変わらずじゃな……)


 守はため息を吐きたくなるのを我慢した。


 【黄金の剣】は比較的最近台頭してきたBランクパーティで、その出世スピードはかなり速いほうだったが、彼らはその実力よりも人間性のほうが話題に上ることの多い、いわゆる問題児集団だった。

 女遊びが激しく、酒癖も悪い。他のパーティとの問題を起こすこともしばしばで、とにかく良い噂を聞かない。本来なら除名処分になってもおかしくないほどの事件を起こしたりもしているほどだ。


 それでも【黄金の剣】がでかい顔をしていられるのは、リーダーである佐伯さえき輝人てるひとが貴族の坊ちゃんだからだ。

 基本的には嫌われている【黄金の剣】だが、中にはおこぼれにあやかろうとする冒険者もいて、彼らは立派な一つの派閥を形成していた。その中には輝人たちに負けず劣らずの問題児もいるため、ギルドとしても無闇に制裁を加えるわけにもいかない、というのが現状だった。


(変な気を起こさないと良いんじゃが……)


 不安になった守は、一計を講じることにした。


「あいつ、遊んでんじゃねーだろうな」

「それは違うぞ、恭一きょういち


 守は、宗平へ厳しい視線を向ける有明ありあけ恭一きょういち——最初に宗平に絡んだパーティ【陽光イリョス】のリーダーだ——の言葉を否定した。【黄金の剣】のメンバーに聞こえるように、だ。


「彼の戦い方は慎重そのものじゃ——ほれ」


 宗平が左二体のスカイ・ビーストに【土の咆哮エザフォス・ヴリヒスモス】を放ち、右へ跳んだ。


「今のが何だってんだ? 確かにダメージは与えているが、致命傷にはなってねえぞ」

「まさにそれじゃよ、恭一。彼はずっと、ダメージは入るものの致命傷にはならないラインの攻撃をしているのじゃ」

「はあ? んでそんな面倒くせえことを……まさかっ⁉︎」


 恭一が目を見開いた。


「じいさんがいつも言っている、『追い詰められた魔物ほど怖いものはない』ってやつか?」

「そうじゃ。彼は最初の牽制の一撃以外、全て同じ強度で攻撃している。技の属性や難度に関わらず、な」

「……偶然じゃねーの?」

「これが偶然なら、それはもはや才能じゃよ。彼は、確実に仕留めきれるところまでけずろうとしているんじゃ」

「……なるほどな」


 恭一が一歩前へ踏み出した。それに合わせて、【陽光】のメンバーも動き出す。


「恭一? お主たちもどうするつもりじゃ?」

「じいさんの言うことを疑うわけじゃねえ。あいつは確実にスカイ・ビーストを仕留められるんだろう。けどなぁ、こっちには時間がねえんだ」


 恭一が後方へ目を向ける。そこには【陽光】のメンバーの一人で、スカイ・ビーストとの戦闘中に重傷を負った川村かわむら千佳ちかが横たわっていた。


「応急処置なんて気休めでしかねえ。一刻も早くあの馬鹿でかい熊野郎を倒して千佳を治癒ギルドへ——」

「やめておけ」


 守は戦場へ向かおうとする恭一の肩を掴んだ。


「何……? 俺たちじゃ邪魔なだけだって言いてえのかっ?」

「そうではない。そんなことをしている場合ではない、ということじゃ」

「……どういうことだ」


 低く抑えられた恭一の問いに、守は宗平に目を向けて答えた。


「もうじき決着がつく、ということじゃよ」




◇ ◇ ◇




 宗平がすぐに勝負を決めにいかなかった理由は、大体は守の予想通りだった。

 そもそも空也くうやであることを隠すために【認識阻害にんしきそがい】を使っており、その上で宗平は周囲への【索敵さくてき】も高強度で行なっていた。状況が【ファング・ハント】やローブ男と戦ったときと似ていたためだ。


 それらに加えてスカイ・ビーストへ攻撃をするとなれば、三つの技を発動させることになる。

 いくら宗平——空也でも、二つの技と並行して、四体のスカイ・ビーストを一撃で倒せるほどの技を繰り出すのは、難度が高かった。


 が、それはあくまでスカイ・ビーストが万全な状態だったらの話だ。


 ——そろそろかな。


 スカイ・ビーストの魔力の残量を【索敵さくてき】で把握した宗平は、ずっと様子見の域を出ていなかった戦闘を一気に片付けることにした。


 宗平は【土包弾エザフォス・ポリオルキア】を素早く生成し、四体のスカイ・ビーストを文字通り包むように放った。

 それ自体は足止め程度にしかならなかったが、宗平にとっては本命の技を準備するための時間が稼げれば十分だった。


 そして、周りで見ていた冒険者も、宗平の殺気を感じ取っていたスカイ・ビーストも、そのことはわかっていた。


「【土の咆哮】!」


 無数の土の槍が高速でスカイ・ビーストへ向かっていく。それは宗平がこれまで繰り出してきたどの技よりも速かったが——、


「あっ!」


 スカイ・ビーストは、それを翼を使って空へ飛び上がることで逃れてみせた。


「なっ⁉︎」

「や、やべえんじゃねえのっ?」


 冒険者の間で悲鳴にも似た声が上がる。

 彼らは、宗平の渾身の一撃が避けられたと思い、最悪な未来を想像したのだろう。


 しかし、同じタイミングで、宗平は口元を緩めた。


「——勝った」


 スカイ・ビーストが空中で方向転換し、宗平に襲い掛かろうとしたとき、

 無数の土の槍が、背後からスカイ・ビーストをつらぬいた。


 四体の魔物の身体が空中から落下し、轟音ごうおんとともに土埃を上げる。

 それらが息をしていないことは、誰の目から見ても明らかだった。


「……はっ?」

「マジかよ……」


 誰かが呆然とした声を上げる中、宗平——空也は内心で首を捻った。

 あっけなさすぎるのではないか、と。




◇ ◇ ◇




 スカイ・ビーストが倒され、その場は大騒ぎに——とは、ならなかった。


「重傷者を急いで治癒ギルドへ運ぶんじゃ!」


 守を中心に、皆が素早く移動する体制を整える。

 宗平はスカイ・ビーストの遺体を持ち帰ろうと——放っておくと他の魔物が集まってくるからだ——、魔法を発動させた。

 否、発動させようとした。


「ちょっと待ちたまえ、少年」


 宗平に声をかけてきたのは、高級そうな装備を身につけた青年だった。


「その遺体は我々【黄金の剣】が持ち帰ろう。君は重傷者を運ぶ者たちに付いていてくれないか? こいつらを倒した君が帰路をサポートしてくれるなら、助かる命が一つでも増えるかもしれない」

「……わかった。頼む」


 【黄金の剣】の噂は宗平も聞いていた。が、その意見自体は正しかったため、宗平は素直にそれに従い、重傷者を抱えた一団の元へ駆け寄った。


 ——いくら【索敵】が得意な宗平でも、背後で輝人がニヤリと笑ったことには、流石に気づくことはできなかった。

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