第42話 キース森の異変① —出現—

「やるなぁ、宗平そうへいっ」

「そっちもな」


 宗平たち【夕焼けへーリウー・デュシス】は【オストリッチ】——ダチョウが巨大化したような見た目の、素早さと力をそなえた魔物——、【陰影スキア】は【スネーク・テイル】——動きは鈍いが、吐き出す毒と固い尻尾による攻撃が特徴の蛇のような魔物——をそれぞれ相手にしていた。

 そのどちらもCランクの魔物だが、二つのパーティは危なげなくそれぞれの討伐とうばつ対象を掃討そうとうしていった。


「この辺はあらかた片付いたな」

「そうだね。もうそろそろ帰る?」

「ああ。これ以上は素材も持ち帰れないし——」


 愛理あいりとともに帰り支度を始めていた宗平は、ハッと息を呑んだ。


「宗平君? どうしたの?」

「南西の方角でAランク……いや、もしかしたらSランクの魔物が暴れている」

「えっ、南西って森の入り口あたりじゃっ? そんなランクの魔物、普通は出ないはずじゃ……」

「そのはずなんだがな」


 宗平は最小の範囲にしぼっていた【索敵さくてき】の強度を上げた。


「ただ、悠長ゆうちょうにおしゃべりしているひまはなさそうだ。何人かの冒険者との戦闘が開始されてるみたいだが、せいぜいBランクが良いところ。苦戦している」

「えっ、ヤバいじゃん! 助けに行かないとっ」

「ああ。【陰影】にも話しておこう」




◇ ◇ ◇




「宗平、助けに行くってどうすんだ? 俺たちCランクだぞ?」


 南西に向かって駆けながら、春奈はるなが聞いてくる。


「魔物は俺一人で片付ける。愛理と【陰影】には負傷者の治療や周囲の警戒などを頼みたい」

「一人でって……大丈夫なのか?」

「ああ」


 宗平は頷いた。

 最悪【認識阻害にんしきそがい】は解かなければならないが、負ける気もしなかった。




◇ ◇ ◇




「ぐわあ……!」

「【スカイ・ビースト】か……」


 そこで暴れていた魔物はAランクのスカイ・ビーストだった。羽の生えたくまを連想させる大型の魔物で、それが四体。

 いくつかのパーティが交戦しているが、スカイ・ビーストの身体に傷らしい傷は付いていない。


「愛理と【陰影】はとりあえずは等間隔に展開しておけ。俺がスカイ・ビーストを引きつけるから、そのうちに怪我人を退避たいひさせるんだ」

「うんっ」

「ああ、わかった」


 元来冒険者は我の強い者の集まりだが、愛理と【陰影】のメンバーは宗平の指示に素直に従い、散らばっていった


 本来なら生息していないはずの場所での、高ランクの魔物が出現——。

 宗平はキース森で起きる、【ファング・ハント】に続く不可解な現象に疑問を覚えつつも、意識を戦闘モードに切り替えた。


 宗平は【土包弾エザフォス・ポリオルキア】を広範囲に生成し、一斉に放った。


「グッ……!」


 スカイ・ビーストは動きも素早いが、死角からの攻撃に対応することはできなかった。それぞれの身体に細かい傷がつく。

 速度重視とはいえ、【土包弾】は決してヤワな攻撃ではない。身体は頑丈がんじょうなようだ、と宗平は思った。


 宗平の攻撃に不意を突かれたのは、何もスカイ・ビーストだけではなかった。


「何だ、今のは⁉︎」

「誰だ⁉︎」


 冒険者たちがざわめき出す。

 特に若くて血の気の多そうな若者などは、宗平に目線を向けていた——格上の魔物を相手にしているにも関わらず。


「スカイ・ビーストから目を離すな!」

「あっ? ——うわっ!」


 一人が吹き飛ばされたところで、宗平は助太刀すけだちに入った。


 【魔の障壁マギア・トイコス】でスカイ・ビーストの動きを止める。その隙に他の冒険者も距離を取った。

 一人がやられたことで警戒心が強まったのだろう。宗平の狙い通りだった。


 スカイ・ビーストと冒険者の一団が向かい合う。

 四体の魔物を睨みつけつつ、宗平は口を開いた。


「あんたらと同業者の柳宗平だ。この場は俺に任せてくれないか?」

「ああっ?」


 即座そくざに返ってきた反応は、お世辞せじにも色のよいものとは言えなかった。


「こいつは俺らの獲物えものだ! このまま引き下がれるかっ!」

「柳宗平な、知ってるぜ。飛び級使って出世しているらしいが、Cランクごときがしゃしゃってんじゃねえよ!」


 口々に反抗してくるのは若い男たちのパーティだ。


「先程の俺の攻撃を見れば、Cランク以上の実力があることはわかると思うが?」

「はっ、勝手にほざいてろ、餓鬼がきが!」


 宗平は話の通じなさに、怒るというよりもあきれてしまった。確かに冒険者はえてして我の強いものだが……、


「ふぅ……」


 思わずため息が漏れる。


「あっ? 何だてめえ、その態度は⁉︎」

「この熊数体倒すのは、仲間を見殺しにしてでも挑戦するほど価値があるのか?」

「——っ!」


 宗平が血を流して倒れている女性に目を向ければ、男たちは言葉を詰まらせた。その女性は、男たちと同じ戦闘服を着ていた。


「死んだら謝ることもできないぞ」


 その言葉は宗平——空也の口から自然と発せられたものだった。

 男たちが悔しげに顔をゆがめる。


「こいつらは俺が相手しておくから、あんたらはさっさと仲間を助けてやれ。早くしないと一生後悔することになるぞ」

「その少年の言う通りじゃ」


 それまで黙っていた初老の男性が宗平を支持する。


「ワシらはスカイ・ビーストに傷を与えるどころか、攻撃を防ぐこともまともにできなかった。ここは彼に任せ、ワシらは怪我人の対処をするべきじゃろう」

「……ちっ」


 舌打ちをしつつも、先程食ってかかってきた男たちを含めたスカイ・ビーストと交戦していた全員が、各々おのおの怪我人を回収して引き始めた。

 それに合わせて動き出したスカイ・ビーストを、宗平は【土包弾】で牽制けんせいした。


 今度はスカイ・ビーストも後ろに飛び退いてかわし、再び膠着こうちゃく状態になる。


「じいさん、名前は?」


 敬意も何もあったものじゃない聞き方ですみません、と心の中で謝罪しつつ、宗平は自分の意見を後押しした初老の男性にたずねた。


「ワシのことか? ワシは枝村えだむらまもるじゃ」

「枝村さんか。あんたには感謝する。おかげで無駄な犠牲ぎせいが減った」

「いやいや、お礼を言うのはワシのほうじゃよ。お主のおかげで若者たちを止められた」


 宗平とスカイ・ビーストは依然いぜんとして膠着状態の睨み合いが続いている。

 底を見せない宗平を警戒しているのだろうが、時間をかせぎたい宗平としてはありがたかった。


「俺が一番の若者なんだがな」

「確かにそうじゃったな」


 守が穏やかに笑う。


「とても最年少には見えん落ち着きようじゃな」

「あいつらの血の気が盛んすぎるんだ」

「違いない」


 守がくつくつと笑った。


「だがな宗平とやら。いくらお主が強くとも、そやつらには最大限警戒しろ」

「というと?」

「スカイ・ビーストが複数体現れること自体は少なくないが、ここまで連携れんけいしているのは初めてじゃ。本来ならこやつらは単体で動くという性質を持っているからのう」

「なるほど……重ねて感謝する」

「なんの。ほんのアドバイスじゃよ」


 頑張ってくれ、と言い残し、守が離れていく。


 本来なら連携しない魔物たち……か。


「つくづく似ているな……あのときと」

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