第1話 追放

 それは、彼が沙希さきと共闘する前日のこと。

 瀬川せがわ空也くうやは、彼が所属しているCランク冒険者パーティ【流星メテオロ】のリーダーである黒川くろかわ高志たかしに呼び出されていた。


「空也。申し訳ないんだけど、このパーティを抜けてくれないか?」


 開口一番のその台詞に、空也は一拍置いて聞き返した。


「……どうしてか、聞いても良いかな?」

「はあ⁉ もしかしてあんた、わかってないのっ?」


 空也の当然ともいえる疑問に答えたのは、高志ではなく田村たむらほのかだった。

 高志が「お、おい」と制しようするが、お構いなしにほのかは続けた。


「そんなの、あんたが役立たずだからに決まっているじゃない! 雑用しかできない雑魚じゃん!」

「おい、ほのか!」

「だってそうじゃん! パーティが魔物とエンカウントしないようなルート決めと、ちょっとした戦闘中のサポートしかできない雑魚! 今までどれだけ迷惑かけられてきたと思っているのよ! 私たちは皆から期待されている、いずれはSランクにまで上り詰めるパーティなのよ⁉︎ これ以上、お荷物がいる状態で戦うとかしんどすぎるって、高志も思っているでしょ⁉」

「そ、それは……でも、言い方ってものがあるだろっ」


 これまでの鬱憤うっぷんをまとめて晴らすかのようにわめき散らかすほのかと、それをいさめつつも否定はしない高志、我関せずとばかりに会話に加わらない相田あいだしげる


 そんなパーティメンバーを見ても、空也の心は少しも動かなかった——唯一仲良くしていた白井しらい愛理あいりがその場にいれば、そうはいかなかっただろうが。

 それに、ほのかの評価も見当違いだ。彼女の言う「ちょっとした戦闘中のサポート」でどれだけ戦況が変わっていたか、彼女たちは知らない。


 この先苦労するだろうな、と他人事のように考えつつも、自分を嫌悪けんおしているメンバーがいるパーティに残るという選択肢は、空也の中には存在しなかった。唯一愛理のことは心配だが、なるようになるだろう。


「いや、だからって——」

「良いんだよ、高志」


 空也は、ヒートアップするほのかをなだめようとする高志に声をかけた。


「ほのかの言っていることは本当だから」

「空也……」

「皆はどんどん強くなっている。僕がいても足を引っ張るだけだ。だから、双方のためにも僕はこのパーティを抜けるよ」

「そ、そうか」


 空也があまりにもあっさりと承諾したためか、高志は戸惑いながらも頷いた。


「へえ……もっと泣き喚くかと思ったが、存外まともな判断ができるじゃないか」


 茂が眼鏡を押し上げながら、この日初めて空也に言葉を投げかけた。

 空也と茂の視線が交差する。

 茂は意地の悪い笑みで続けた。


「強がっているのはわかっているが、それでも立派だよ。最後の最後で大役を果たしたじゃないか」

 

 自称【流星】のブレーンを語る茂は、自分の発言がまったくの的外れであることにも気づかずに、得意げに眼鏡を押し上げた。

 ——ブレーンを語るなら、もう少し思慮しりょ深くなったほうが良いと思うけど。

 仲間の将来を案じつつ、空也は扉へ向かった。


「世話になったよ。これからも頑張って」

「おい」


 空也が部屋を出ていこうとすると、後ろから肩を掴まれた。


「どうしたの? 茂」

「退職金だ」


 茂から袋を渡される。受け取れば、ジャラジャラと音がした。


「えっ、良いよそんなの」

「良いから受け取れ」


 空也に袋を押しつけつつ、茂は低い声で目つきを鋭くしながら言った。


「——その代わり、愛理には二度と近づくな」

「……わかったよ」


 正義感が強くて誰にでも優しい愛理は、極度の方向音痴ほうこうおんちというチャームポイントも相まって男女どちらからも人気が高く——代わりに一部嫉妬しっともあるが——、茂はその中でもかなり熱を上げている。だからこれは、「愛理に手を出したら容赦ようしゃしない」という茂からの警告なのだろう。

 そのとてつもない執着心しゅうちゃくしんと独占欲に、空也は口元の緩みを抑えきれなかった。


「……何、笑っている」


 茂の低く抑えられた声は、彼の感情を素直に表現していた。


「いや、ごめんごめん。何でもないよ」


 空也は何とか真剣な表情を浮かべようとするが、その軽い謝罪はさらに茂を刺激してしまったようだ。


「っ貴様、馬鹿にしているのか!」


 茂が額に青筋を浮かべながら殴りかかってくる。

 貴様って使う人を他に知らないな、と場違いな感想を抱きながら、空也はお世辞にも鋭いとは言えないその拳を受け流した。


 茂が体勢を崩すが、何とか転倒はまぬがれたようだ。


「ちっ……!」

「ちょっと短気すぎない? すぐに手を出す人、愛理は好きじゃないと思うけどな」

「なっ……⁉︎ ただ付きまとっていただけのやつが、知ったような口を聞くな!」


 茂が再び殴りかかってくる。

 その顔は真っ赤に染まっていた。今にも血管がはち切れてしまいそうだ。


「知っているよ、君よりは」


 ただ力任せに振るうだけの何のひねりもない彼の拳を、空也は今度は受け流さずに正面から受け止めた。


「何っ⁉︎」


 自分より小柄な空也に単純な力で負けるとは思っていなかったのか、茂は目を見開いている。

 しかし、驚きを覚えているのは空也も同じだった。見せびらかしたことはなかったが、空也が体術をかじっていることくらいは普段の戦闘を見て知っていると思っていたが。


「愛理は冷静で思慮深い人が好きって言っていたよ?」

「貴様に愛理の何がわかる⁉︎」

「わかるというか、彼女がそう言っていただけだよ」

「っこの……!」

「おい、お前ら。もうやめろっ」


 高志が振り上げられた茂の拳を掴んだ。


「何も喧嘩別れしなくても良いだろ?」

「……ふん」


 さすがに間が悪いと悟ったのだろう。茂は大人しく拳を収めた——その目は相変わらず空也を憎々にくにくしげに睨みつけてはいるが。


「そうだね。今度こそ僕は失礼するよ」

「ふん、多少体術が得意だからって調子に乗るなよ! そんなものは魔法の前では何の役にも立たない。俺らとお前では格が違うんだ! 後でやっぱり戻してください、なんて泣きついてくるなよ?」


 茂がせせら笑った。


「そんなことにはならないから安心して」


 少しでもマウントを取ろうとするその姿勢にあきれつつ、空也はヒラヒラと手を振った。


「それじゃあ——あっ、そうだ」


 扉に手をかけつつ、空也は茂を振り返った。


「退職金ももらったし、愛理には接触しないよ」

「っ貴様!」

「おい、落ち着けっ」


 空也の安い挑発に乗った茂を、高志が再び抑えにかかる。

 喧騒けんそうを背に、空也は今度こそ部屋を後にした。


 ——存外は性格が悪いようだ。

 扉を閉めて、空也は苦笑を浮かべた。




◇ ◇ ◇




 自室に戻って支度をし、そのままの足で宿を出る。


(次からはもっとうまくやるか。追放は嫌だし……)


 空也はため息をいた。


 戦闘経験の浅いほのかたちが空也をお荷物だと感じてしまうのは、今思えば仕方のないことだった。

 何せ空也は攻撃などはすべて仲間に丸投げし、一番得意な無属性魔法【索敵さくてき】以外の技はほとんど使っていなかったのだから。


 空也が裏方にてっしていたのは「総魔力量が少ない」「目立ちたくない」という二つが主な理由だったが、追放されたとなれば否応なく目立ってしまう。ならば、これからは追放されない程度にはパーティに貢献こうけんしていく必要がある。


 いっそ、自分の実力を見せてみようか——いや、やっぱり駄目だ。

 ふと浮かんだ考えを、空也は即座に打ち消した。


 はっきり言って、短期決戦や最高瞬間火力という観点では、【流星】のメンバーはもとより大抵の魔法師には負けない自信が空也にはあるし、一目置かれることは間違いないだろう。

 だが、同時にそれはリスクの高い、いや、高すぎる選択肢でもあった。今の空也は、お偉いさんにでも目をつけられたら本当に困った事態——それこそパーティ追放とは比べ物にならないほどの——になりかねないからだ。


「後は、愛理の代わりに僕の部屋を掃除してくれる人も見つけないとなぁ……」


 今後の人生設計に考えをめぐらせていた空也の脳裏からは、茂を激怒させたことなどすっかり抜け落ちていた。




◇ ◇ ◇




 第三者となった空也とは違って、直接的な被害——今回は物理的ではなく精神的なものだが——をこうむっていた高志とほのかは、その原因である茂の怒りが収まってきているのを感じて、安堵あんどしていた。

 プライドの高い彼は、宥め方にも気を遣うのだ。


「……ふん。調子に乗るのも大概たいがいにしてほしいものだ。愛理が自らあのゴミに会いに行くとでも思っているのか。付き纏っていただけのくせに、勘違いもはなはだしい」

「あれは負け惜しみだろうよ。言わせておけ……んでまあ、明日には愛理が帰ってくるわけだけど、二人とも計画は忘れていないな?」

「もちろんっ」

「当然だ」


 高志の話題転換に、ほのかは元気に、茂は眼鏡を押し上げながら頷いた。


「愛理は誰に対しても優しいからな。いくらその対象が空也だとはいえ、追放したんじゃ快くは思わないだろう。だから——」


 高志がほのかに視線を向ける。彼女は頷いて口を開いた。


「高志と付き合っている私に玉砕ぎょくさい覚悟で突撃した結果、振られて居心地が悪くなって自主的にパーティを抜けた、と」

「そういうことだ」

「ほのかの演技が鍵だからな。しくじるなよ」


 茂が眼鏡を押し上げながら言った。


「大丈夫だよー」


 ほのかが親指を突き立てた。


「愛理はお人好しだし、噂も流すんだから」

「大衆はこういう話が大好きだからな。勝手に色々脚色きゃくしょくもされていくだろうし、そうなれば愛理もあのゴミを見放すだろう」


 茂の「あのゴミ」が空也を指すことは、もはや言うまでもないだろう。


「ああ。それに空也もそんな噂が広まればこの街には留まりづらいだろう。近いうちに出ていくんじゃないか?」

「ふん。そうなったらどこかで野垂のたれ死ぬのがオチだろう。奴に知らない土地で一人で生きていく能力などあるはずがない」

辛辣しんらつだな、茂は」


 空也の死を望んでいるようなその発言に、高志は苦笑した。


「あれ? それは言いすぎだろー、とかいさめなくていいの? 追放したときみたいに」


 ほのかが高志の頬をつつく。


揶揄からかうな。あれは少しでも空也を居心地悪くさせるための演技だっつーの」


 我ながら堂に入った演技だったぜ、と高志はあくどい笑みを浮かべた。

 しかし、その表情はすぐに真剣なものになった。


「まあ、空也の悪口はこれくらいにしておこうぜ。ほのかだけじゃなくて、俺と茂も悲しい雰囲気を出さなきゃいけないんだからな。ちょっと練習するぞ」

「吐き気がするが、仕方ないな」

「ああ、我慢しろ」


 ——それから、三人の「役作り」は夜まで続けられた。




◇ ◇ ◇




「白井さん、こちらですよ」

「あっ、はい。すみません……」


 一方、自分のいない間にパーティで起こっていることなど知らない愛理は、滞在している王都から馬車で半日ほどの都市マナカで、その稀代きだいの方向音痴っぷりを発揮していた。

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