第1話 追放
それは、彼が
「空也。申し訳ないんだけど、このパーティを抜けてくれないか?」
開口一番のその台詞に、空也は一拍置いて聞き返した。
「……どうしてか、聞いても良いかな?」
「はあ⁉ もしかしてあんた、わかってないのっ?」
空也の当然ともいえる疑問に答えたのは、高志ではなく
高志が「お、おい」と制しようするが、お構いなしにほのかは続けた。
「そんなの、あんたが役立たずだからに決まっているじゃない! 雑用しかできない雑魚じゃん!」
「おい、ほのか!」
「だってそうじゃん! パーティが魔物とエンカウントしないようなルート決めと、ちょっとした戦闘中のサポートしかできない雑魚! 今までどれだけ迷惑かけられてきたと思っているのよ! 私たちは皆から期待されている、いずれはSランクにまで上り詰めるパーティなのよ⁉︎ これ以上、お荷物がいる状態で戦うとかしんどすぎるって、高志も思っているでしょ⁉」
「そ、それは……でも、言い方ってものがあるだろっ」
これまでの
そんなパーティメンバーを見ても、空也の心は少しも動かなかった——唯一仲良くしていた
それに、ほのかの評価も見当違いだ。彼女の言う「ちょっとした戦闘中のサポート」でどれだけ戦況が変わっていたか、彼女たちは知らない。
この先苦労するだろうな、と他人事のように考えつつも、自分を
「いや、だからって——」
「良いんだよ、高志」
空也は、ヒートアップするほのかを
「ほのかの言っていることは本当だから」
「空也……」
「皆はどんどん強くなっている。僕がいても足を引っ張るだけだ。だから、双方のためにも僕はこのパーティを抜けるよ」
「そ、そうか」
空也があまりにもあっさりと承諾したためか、高志は戸惑いながらも頷いた。
「へえ……もっと泣き喚くかと思ったが、存外まともな判断ができるじゃないか」
茂が眼鏡を押し上げながら、この日初めて空也に言葉を投げかけた。
空也と茂の視線が交差する。
茂は意地の悪い笑みで続けた。
「強がっているのはわかっているが、それでも立派だよ。最後の最後で大役を果たしたじゃないか」
自称【流星】のブレーンを語る茂は、自分の発言がまったくの的外れであることにも気づかずに、得意げに眼鏡を押し上げた。
——ブレーンを語るなら、もう少し
「世話になったよ。これからも頑張って」
「おい」
空也が部屋を出ていこうとすると、後ろから肩を掴まれた。
「どうしたの? 茂」
「退職金だ」
茂から袋を渡される。受け取れば、ジャラジャラと音がした。
「えっ、良いよそんなの」
「良いから受け取れ」
空也に袋を押しつけつつ、茂は低い声で目つきを鋭くしながら言った。
「——その代わり、愛理には二度と近づくな」
「……わかったよ」
正義感が強くて誰にでも優しい愛理は、極度の
そのとてつもない
「……何、笑っている」
茂の低く抑えられた声は、彼の感情を素直に表現していた。
「いや、ごめんごめん。何でもないよ」
空也は何とか真剣な表情を浮かべようとするが、その軽い謝罪はさらに茂を刺激してしまったようだ。
「っ貴様、馬鹿にしているのか!」
茂が額に青筋を浮かべながら殴りかかってくる。
貴様って使う人を他に知らないな、と場違いな感想を抱きながら、空也はお世辞にも鋭いとは言えないその拳を受け流した。
茂が体勢を崩すが、何とか転倒は
「ちっ……!」
「ちょっと短気すぎない? すぐに手を出す人、愛理は好きじゃないと思うけどな」
「なっ……⁉︎ ただ付き
茂が再び殴りかかってくる。
その顔は真っ赤に染まっていた。今にも血管がはち切れてしまいそうだ。
「知っているよ、君よりは」
ただ力任せに振るうだけの何の
「何っ⁉︎」
自分より小柄な空也に単純な力で負けるとは思っていなかったのか、茂は目を見開いている。
しかし、驚きを覚えているのは空也も同じだった。見せびらかしたことはなかったが、空也が体術をかじっていることくらいは普段の戦闘を見て知っていると思っていたが。
「愛理は冷静で思慮深い人が好きって言っていたよ?」
「貴様に愛理の何がわかる⁉︎」
「わかるというか、彼女がそう言っていただけだよ」
「っこの……!」
「おい、お前ら。もうやめろっ」
高志が振り上げられた茂の拳を掴んだ。
「何も喧嘩別れしなくても良いだろ?」
「……ふん」
さすがに間が悪いと悟ったのだろう。茂は大人しく拳を収めた——その目は相変わらず空也を
「そうだね。今度こそ僕は失礼するよ」
「ふん、多少体術が得意だからって調子に乗るなよ! そんなものは魔法の前では何の役にも立たない。俺らとお前では格が違うんだ! 後でやっぱり戻してください、なんて泣きついてくるなよ?」
茂がせせら笑った。
「そんなことにはならないから安心して」
少しでもマウントを取ろうとするその姿勢に
「それじゃあ——あっ、そうだ」
扉に手をかけつつ、空也は茂を振り返った。
「退職金ももらったし、
「っ貴様!」
「おい、落ち着けっ」
空也の安い挑発に乗った茂を、高志が再び抑えにかかる。
——存外
扉を閉めて、空也は苦笑を浮かべた。
◇ ◇ ◇
自室に戻って支度をし、そのままの足で宿を出る。
(次からはもっとうまくやるか。追放は嫌だし……)
空也はため息を
戦闘経験の浅いほのかたちが空也をお荷物だと感じてしまうのは、今思えば仕方のないことだった。
何せ空也は攻撃などはすべて仲間に丸投げし、一番得意な無属性魔法【
空也が裏方に
いっそ、自分の実力を見せてみようか——いや、やっぱり駄目だ。
ふと浮かんだ考えを、空也は即座に打ち消した。
はっきり言って、短期決戦や最高瞬間火力という観点では、【流星】のメンバーはもとより大抵の魔法師には負けない自信が空也にはあるし、一目置かれることは間違いないだろう。
だが、同時にそれはリスクの高い、いや、高すぎる選択肢でもあった。今の空也は、お偉いさんにでも目をつけられたら本当に困った事態——それこそパーティ追放とは比べ物にならないほどの——になりかねないからだ。
「後は、愛理の代わりに僕の部屋を掃除してくれる人も見つけないとなぁ……」
今後の人生設計に考えを
◇ ◇ ◇
第三者となった空也とは違って、直接的な被害——今回は物理的ではなく精神的なものだが——を
プライドの高い彼は、宥め方にも気を遣うのだ。
「……ふん。調子に乗るのも
「あれは負け惜しみだろうよ。言わせておけ……んでまあ、明日には愛理が帰ってくるわけだけど、二人とも計画は忘れていないな?」
「もちろんっ」
「当然だ」
高志の話題転換に、ほのかは元気に、茂は眼鏡を押し上げながら頷いた。
「愛理は誰に対しても優しいからな。いくらその対象が空也だとはいえ、追放したんじゃ快くは思わないだろう。だから——」
高志がほのかに視線を向ける。彼女は頷いて口を開いた。
「高志と付き合っている私に
「そういうことだ」
「ほのかの演技が鍵だからな。しくじるなよ」
茂が眼鏡を押し上げながら言った。
「大丈夫だよー」
ほのかが親指を突き立てた。
「愛理はお人好しだし、噂も流すんだから」
「大衆はこういう話が大好きだからな。勝手に色々
茂の「あのゴミ」が空也を指すことは、もはや言うまでもないだろう。
「ああ。それに空也もそんな噂が広まればこの街には留まりづらいだろう。近いうちに出ていくんじゃないか?」
「ふん。そうなったらどこかで
「
空也の死を望んでいるようなその発言に、高志は苦笑した。
「あれ? それは言いすぎだろー、とか
ほのかが高志の頬をつつく。
「
我ながら堂に入った演技だったぜ、と高志はあくどい笑みを浮かべた。
しかし、その表情はすぐに真剣なものになった。
「まあ、空也の悪口はこれくらいにしておこうぜ。ほのかだけじゃなくて、俺と茂も悲しい雰囲気を出さなきゃいけないんだからな。ちょっと練習するぞ」
「吐き気がするが、仕方ないな」
「ああ、我慢しろ」
——それから、三人の「役作り」は夜まで続けられた。
◇ ◇ ◇
「白井さん、こちらですよ」
「あっ、はい。すみません……」
一方、自分のいない間にパーティで起こっていることなど知らない愛理は、滞在している王都から馬車で半日ほどの都市マナカで、その
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