大文字伝子の休日13

クライングフリーマン

大文字伝子の休日13

午後2時。池上病院。南原の病室。

「そうですか。今回はDDの関与なしでしたか。」「お陰で、僕らは次の日の交通安全教室の打ち合わせをゆっくり出来たよ。」「半日で解決ですか。」「前のキーワードじゃないが、ギャンブルだったね。」「それで、今回のキーワードは?」南原と高遠の会話に服部が割り込んだ。

「まだ。あの重田千代子が『死の商人』じゃあなあ。簡単にはキーワードは入手出来ないだろう。」「いつまでも『棚ぼた』は期待出来ない、ってことよね。」と言いながら、池上院長が入室してきた。

「今日から車椅子の移動、オッケーよ。献身的な妻の支えがあってこその回復力よ。ところで、例の新人さんはどうなの?」

「同じタイミングで加入した、結城たまき警部がしごいてます。色んな面で。先日、事件の日、ウチはピッキング強盗未遂があったんですけど、二人でスピード逮捕したんです。警部は、このオチャラケ娘は根性入れ直してやらんとイカン、と所長に言ったそうです。みちるちゃんや総子ちゃんの、遙か上を行く『新感覚娘』だそうです。」と、高遠は説明した。

「ご両親、交通事故で亡くなったって言ってたわね。一度カウンセリング受けさせてみる?本人と保護者の許可がいるけど、保護者はいないし、ねえ。」

午後3時。伝子のマンション。「という訳なんだけど。あつこ警視、保護者代わり出来る?」「うーん。あの子見てから、みちるを改めて見ると、みちるがかなりまともに見えてきたわ。おねえさまは?」

二人の会話を見ていた伝子は、「あつこ、頼むよ。私は偏頭痛を起こしたくない。いつかの統合協会を抜けて云々の、怪しいカウンセラーじゃない訳だろ、池上院長の知り合いなら。」と高遠に言った。

「うん。週に何回か担当している、派遣カウンセラーだって。」

「これから、益々闘いが激しくなって行く可能性が高いからな。あつこ。私からも頼むよ。」となぎさが言った。

「交通事故でおかしくなったのかなあ。自衛隊じゃ、いつか除隊ですよね、一佐。」と確認を求める大町に、「うむ。過去に何度か実例がある。不適格者はみんなの脚を引っ張る。基本的に国民の命を預かっているのが自衛官だからな。」

「分かった。警部とスケジュール調整する。あ、でも事件が起こったら、どうするの、おねえさま。」「なるべく外す。人数が足りないようなら、無難な担当をさせる。避難誘導とか。」

翌日。午前9時。池上病院。副院長が対応に出てきた。「んちゃーすう。んちゃあ。」と新町あかりは、辺り構わず変な挨拶をしている。「愛想振り向かなくていい。」とあつこは窘めた。

副院長の案内で入った部屋は、他の病室とは少し違っていた。「カウンセラーの風間えみです。アロマの香り、分かります?とても落ち着くのよ。これ、問診票。ここで書いてね。」

あかりは、あつことえみの前で、すらすらと問診票を書き入れて行った。

「あらあ、綺麗な字。何段?」「初段の手前。恥ずかしいです。」「そんなことはないわよ、ねえ、渡辺さん。」

えみに言われて、よく見ると稚拙な文字とは言えない。あつこの感覚では『普通』だが、えみに合わせて「ほんと。部署が違うから知らなかったけれど、この頃の子にしては整っているわ。報告書も読みやすいに違いないわ。」と、あつこは褒めておいた。

「そんなああ。」と、あかりは頬を赤らめた。「今日は初日なので、レントゲンとCTとMRの検査だけにします。渡辺さん、看護師の案内に従って下さい。」

MR撮影室の前であつこが待っていると、池上院長がやって来た。

「どう?」「どうって・・・。」あつこは、字が上手いと褒めると顔を赤らめたと話した。池上院長は、うんうん、と頷き去って行った。

帰り、もし眠り難いことがあれば、と軽い入眠剤を処方され、薬局で薬を貰って、あかりは署に戻った。

伝子のマンション。「ふうん。誰にでも取り柄はあるんだね。」「これ、後で先生に頼んでコピーして貰いました。」と、あつこは問診票のコピーを出した。

「組んでいるのが愛宕なら文句は言わないだろうな。確かに初段は難しいが、見せて恥ずかしい文字ではない。他のことでダメでも、これはいい『武器』になる。いや、道具かな?」「え?」「褒めてあげればいいんですよ、警視。所謂『褒めて伸びるタイプ』。警視も経験あるのでは?」と高遠は割り込んで言った。

「確かに、そういうタイプの人間はいる。プライドをくすぐるってことですか?おねえさま。」「そういうことだ。お前が産休に入れば、直に褒めることは出来なくなるがな。」

「伝子さんは、何とか戦力にしてあげたいんだよね。警視。明日は僕と伝子さんが付き添いで行くよ。南原さんのお見舞いもあるし。」「お願いします。」

翌日。午前9時。池上病院。南原の病室。

「あの子の検査、付き添わなくていいんですか?先輩。」「10時から検査だ。色んな検査のついでに『適正検査』もする。会社の入社試験なんかでよくやるやつだ。本人には、無条件でEITOに入れる訳にはいかないから、という理事官からの指示と本人に言ってある。」

「案外、みんな心配しすぎているのかも。みちるちゃんは何て言っているんですか?」「二人の間では普通だったから、皆の反応に逆に驚いている、って。」「習慣的じゃない訳か。」「お医者の意見も聞かなくちゃならないけれど、事件解決の度に、その変な踊りやられるのが心配なら、チームに組み込めない、という判断?誰が決めるの?先輩。」と、南原京子が言った。「文字以外に特技はないの?」

「ありますよ。」と、高遠と共に結城警部が入って来た。「アンバサダー。みんな先輩とかおねえさまって呼んでいるけど、私は該当しないので、アンバサダーでいいですか?」と結城は遠慮がちに言った。

「それで行きましょう。それで、特技ありましたか?」「実は、警視に頼まれて、柔道場で新町を試験してみました。投げ技は相手に潰されるし、絞め技は非力だから相手に抜けられる。でも、受け身は良く出来ているんです。アンバサダーも有段者だからお分かりでしょう?受け身は基本中の基本です。柔道では、特に。」

「うん、そうですね。これは使える。今日午後から、あつこの家の訓練場でも試して貰えませんか。連絡しておきます。あつこ本人がいなくても、執事さんが案内してくれるでしょう。」「執事?」「凄い邸宅で、凄い訓練場ですよ、警部。」「へえ。そうなんですか。」

午前10時。ロビー。「私たちは、ここで待っているから、検査が終わったら、診察室に戻る前に、声をかけてくれ。新町巡査。」と結城はあかりに言った。「はあああいい。」

あかりは、駆けて行き、看護師長に注意されていた。「精神年齢の問題かな。」と、久保田管理官が近づいて来た。「大文字君。午後から私も付き合うよ。運動器具は執事では分からない。」「お願いします。」

午前11時半。診察室。あかりの他は伝子と結城だけ入った。「『すべて』、正常です。」

そう言って、風間医師はPCを起動させ、テレビ電話に繋いだ。「どうも。風間先生を派遣している、医療派遣会社の経営者、黒井信次です。大文字君。この名前、記憶にない?」

「確か小学校の同級生に・・・黒井君?」「そう、みんなに『くらいくん』って揶揄われていた黒井です。いつも、いじめっ子から助けて貰っていた黒井です。お久しぶり。で、新町あかりさん、ね。特にトラウマもないようだし、はしゃぎ過ぎただけだと思いますよ。」と、黒井は話した。

「実は、所長は、元々公認心理師なの。」と風間医師は話した。「それじゃあ、いつかまた。」と黒井が言うと、テレビ電話が切れた。

「興奮しやすい体質なのは事実。入眠剤を頓服で出しておきましょう。新町さんはね、周りの反応を見て、はしゃぎ過ぎないように。それから、コンプレックスがあるのは、いいことなのよ。向上心は、そこから産まれるの。問診票や心理テストに『自分に自信が持てない』とあったけど、特技あるじゃない。今はね、汚い文字書く人の方が多いのよ。それと、警部さんのお話だと、柔道の受け身が素晴らしいそうじゃないの。スポーツを今からやるのは無理だけど・・・。」「大丈夫です。訓練は成長を促します。あの踊りも、オッパイが成長して嬉しかったんだろ?」と、結城はあかりに言った。「はい。」

「じゃ、ここまでよ、診察は。」と風間医師は、にっこり笑って言った。

午後2時。久保田邸。ブーメランコーナー。結城とあかりが、交互にブーメランを投げている。結城は数回に一回は、手元に戻ってくるが、あかりは途中で落ちてしまう。

「そこまで。休憩して、シューターを投げてみよう。」と管理官が言った。

シューターコーナー。「新しく出来た特訓場だ。皆、順番に試してみたまえ。」

久保田管理官のかけ声に、なぎさ、みちる、金森。増田、大町、田坂、馬越、右門、結城、あかりの順にシューターを投げていく。管理官と伝子と高遠が見守っている。

最後のあかりの番で、皆が「あっ!!」と声を上げた。シューターは、的から外れたように見えて、ど真ん中に刺さった。一瞬の間を置いて、拍手が起こった。

「シューターは柔らかい部分と堅い部分がある、と草薙さんから聞いている。」と伝子が言うと、「よし。新町。3回続けて投げてみろ!」と管理官が言った。

3回ともカーブの仕方が違うが、真ん中付近に当たった。

「本物だ。お前はシューターにかけては第一人者だ。」と、管理官が言ったが、本人はぽかんとしているので、「褒めているんだ。喜べ。但し、変な踊りはするなよ。」と肩を叩いて管理官は言った。皆が笑った。

ひかりは、伝子に抱きついて言った。「おねえちゃま、あかり嬉しい!」

皆は素知らぬ顔をした。とにかく、EITOの新戦力が誕生したのだ。

夕方5時。伝子のマンション。交通安全教室と高齢者詐欺対策教室の帰りに伝子のマンションに寄った依田達が、久保田邸訓練場の映像を観ていた。

「高遠。今、『おねえちゃま』って言ったか?」「言った。」「また、新しいバリエーションだな。」と福本が呟いた。

「『おねえちゃん』じゃないからな。やっぱり、情操教育かな?子供の頃に両親亡くして我が儘に育ったか。」と物部が言うと、「いいじゃない。検査異常無かったんでしょ、伝子。」と栞が言った。

「管理官が『実力第一』って言ってた。取り敢えず、副総監の目に触れないようにすればいいことだって。総子もまともに見えてきた。」と伝子は呟いた。

「大きな事件には招集するけど、当面はミニパトで駐車違反取り締まりしながら、特訓だって。」と高遠が言った時、伝子のスマホが鳴った。伝子はスピーカーをオンにした。

「おねえさま、おねえさま。」「何を興奮している?」あつこだった。

「あの子、やっぱり取り柄があったんですね。」「うん。よく見ると、持ち方が皆と違う。野球のフォークボールとかシンカーみたいだな。」

チャイムが鳴った。依田が出ると、なぎさが立っていた。「何だ、皆まだいたんだ。何か夕食採ったの?」高遠が奥から「ピザ、注文した。一佐も食べて。」と声をかけた。

福本が、「ねえ、これ見て。」と高遠のPCの画像を再生した。

「面白い。ちょっと巻き戻して止めて・・・そこ!」なぎさが指さした所は、あかりの手首だった。「普通はこんな曲がり方はしないよ。おねえさま、レントゲンは?」「胸だけだ。改めて撮影して貰おう。」

やがて、宅配ピザが配達された。食べている最中に、なぎさがクリアファイルブックを取り出した。

「おねえさま、これ見て。」伝子が広げると、見合い写真がファイリングされてあった。「叔母がね、いつか来るからいつか来るから、ってファイリングしてくれてたの。でも、選べないわ、こんなにあっちゃ。誰か選んでよ。」

「自分で選びなさいよ。一佐の見合い相手でしょ。」と栞が言った。

すると、「あー疲れた。おねえさま、今日、泊まっていい?高遠さん、泊まっていい?」

「ああ。」と伝子が返事をすると、なぎさは奥の部屋に消えた。

「何か違和感があるな。」と物部が言うと、蘭が「言葉遣い、いつもの一佐と違う。」と言った。

皆、仰天して、奥の部屋を見た。

「あれが、本来の一佐の言葉遣いなんじゃないかな。伝子さんの『妹っぽい』感じだった。里帰りして、心境が変わったんじゃない?」と高遠が言うと、「管理官の言うとおり、個性だと思えば何でも受け入れられる。仮眠から起きたら、一緒に風呂入ってやろう。」と伝子が言った。

皆、黙々とピザを食べた。今夜はソファーで寝るか、と思う高遠だった。

―完―


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