第34話 最凶の祭壇〈ローズ編〉

「ローズさん、祭壇に魔道具がある。あれを解封印しなきゃ泥人形ゴーレムは何度でも甦る!」カレスが声をあげた。


 白魔術師の火炎に警戒した泥人形は距離をとっていたが、黒騎士と黒の魔術師に囲まれている状況に変わりはない。


「あの缶詰か?」老騎士は自ら動物の骨や死骸で組まれた祭壇に向かおうとした。「壊しゃあいいんじゃな」


「二重トラップだ」誰ともなく、あちこちから罵声のような言葉が飛び交っている。「破壊しようとすれば、おそらく起爆トラップが発動するぞ」


 解封印は時間と労力を使う仕事だ。小競り合いの最中にトラップを見つけ出し解封印をするなど、普通の神経を持った人間なら百パーセント不可能だというだろう。


 ローズは前へ出た。「私がなんとかする」とだけ言葉を残し止めようとする老騎士の脇をすり抜けて走り出した。


「ま、待つんじゃ」


 ローズは優しい表情でダリルに心配を掛けまいと取り繕った。「大丈夫。私が行かなきゃ、状況は変わんないよ」


 追いかけようとするカレスの目前に槍が伸びた。かわそうと倒れかかったカレスを支えるように老騎士ダリルも前へ出る。


 ふたりの黒騎士の背後に真っ黒な兜とチェンメイルを覆うボロボロのローブが見えた。


「おお、恐ろしい……まるで亡霊じゃ」


 ローズは靄のかかった祭壇の前に立つと躊躇なく缶詰のような魔道具をつまみ上げ、森の反対側へ蹴り飛ばした。


「!?」


「……」白騎士たちは彼女の行動が理解出来なかった。何故、たやすく魔道具を蹴り飛ばすことが出来たのか。何故、大胆にも。


「壊せないなら、神木から離せばいいだけ」


「はっ、ははは」カレスは少女の咄嗟の判断に驚きながらも、泥人形が崩れ流れ落ちるのを見て、勝ったと思った。あとは黒騎士を追い詰め、喉を掻き斬るだけだ。


 その油断が危険を招いた。黒騎士ふたりと魔術師は、一斉にカレスに攻撃をしかけた。動作は無造作だが、素早く、深かった。


「ほれっ、危ないぞ」


 老騎士はカレスを押しだすのと同時に地面を蹴りあげ、無理矢理、彼の重心をずらした。立ち位置は一瞬で入れ替わったが、カレスの足には黒騎士の槍が突き刺さっていた。


 ダリルの革鎧の胸部分もスッパリと斬られ、勢いは止まらず黒騎士の間に割り込むように、飛び出す形になる。


 三人にたったひとりが囲まれ、さらには老騎士の武器は鞘に収まったままだった。


「!!」


 ローズが叫ぶよりはやく、黒魔術師の身体が燃え上がった。


「ぐぅおおおっ!」魔術師は体を丸めて後退していく。「……っく」


 黒魔術師の炎を消そうとふたりの黒騎士が態勢を崩したときだ。カレスと白騎士は一瞬の隙を逃すものかと、斬りかかった。


「死ねっ! 死ねえっ!」


 白騎士たちは、倒れた敵に対して執拗に剣先を突きたてた。何度も、何度も。


「……」


 いつのまにか雨はがあがり、泥人形はみな土に返っていた。泥に混ざったタールのような黒光りする液体が、火炎を避けていたのだろう。


「ふう……終わったようじゃの」


「また、貴方に助けられたわ。ダリル……ありがとう」


「礼には、およばんよ」ダリルの右手には口部分だけ残った酒瓶があった。燃えたのは引火した酒だった。


「ダリル!!」ローズは感極まって老騎士の胸に抱きついた。「無事で良かった。さっきも、その前の坑道だってそう」


「ひゃっはっは。こ、これを渡すように頼まれておったんじゃ。ソロモンの指輪じゃ。沢山あるぞ。ずっとそうしてるつもりか? 髭がお前をおおうぞぃ」


「アハハハ!! どんだけ伸びるのよ」


「痛ぇわ、髭を引っ張るでないっ」


「アハハ、ダリル、ありがとう。これ〈石指のオーツ〉さんが持っていた指輪。こっちは〈猫脚のクラフト〉さんのじゃない?」


「ああ……あの解封師達ならもうアクセサリーは必要ないんじゃ。山を降りた」


「今度、お礼を言わなきゃ」


「さあな。もう聞く耳も無いじゃろうが」


「し、死んでしまったの?」


「……あ、ああ」


 ダリルは申し訳なさそうに頭を掻いた。大きな手のひらから四つの指輪と数枚の改造コインをローズに手渡した。


 ソロモンの指輪は魔法数列の痕跡が残しやすく次の解封印に役立つ情報が詰まっている。


「すまんな、うまく言えなくて」


「ううん。いつからこっちに?」


「峠のほうに一週間くらいおった。武器や配給を運ぶ仕事が忙しくての。まあ、ほとんど怪我人と死体を運ぶ仕事じゃけど」


「……そうだったの」


 以前のローズであれば封印を解くたびに喜びを感じていたが、今では苦しみのほうが増していた。逆に封印を解けば解くほど、心がむしばまれていくような感覚すらあった。


 足を負傷した剛健のカレスと、深手を負ったが命だけは取りとめた窮追のジアンは、本隊野営地へ戻ることになった。


 後ろめたい気持ちを背負わずにはいられなかった。もう少し早く、トラップに気づいていたら――自分はどこで間違えたのか。もっと、感覚を研ぎ澄まさなければいけない。


 もっと上手く、もっと早く解封師の仕事をこなさなければ。


「約束を果たした」


 八人の騎士の顔に白い布が被せられると、カレスは言った。「黒騎士を一歩も通さないという約束を立派に。少し休んだほうがいい。ミルコ団長は、解封師にばかり大役を押し付けているように見える」

 

 声を漏らすようにローズは言った。「続けます……続けさせてください」


 疲労は蓄積し、集中力は落ちていた。解除に失敗した解封師が次々と命を落とし、あるいは致命傷を負い脱落していった。


「解封師が狙われている」ダリルは言った。


 口の中に苦い味が広がる。解封師が攻撃されるのは、この戦況での宝珠を使った時空間トラップの存在が大きいからだ。

 

「魔術師との知恵比べよ。連中ときたら性格がネジ曲がってるとしか思えないほど、厭らしいトラップを仕掛けるのよ」


「不利じゃな。儂だったら、ローズにこんな危険なまねはさせん」


「ううん、それを逆手にとるのよ。ふたりはちゃんと完成させたんだわ。この改造コインを見てわかった」


「どういう事じゃ?」


「こちらもダミーを使って、黒騎士を弾き飛ばしてやるのよ」


 ローズは神木と宝珠の間に、僅かにあるズレにグラスダガーの刃先を入れた。そこに王都で流通している濁った色の銀貨を挟んだ。


「何のまじないじゃ?」


「ふふふ、通称アスホール。〈石指のオーツ〉さんが考えついて〈猫足のクラフト〉さんが名前を付けたの……ふたりとも凄腕の解封師だった……ぐすっ」


「ふぉふぉ。若い娘がなんちゅうことを」


「シャドウホールに入った……ぐすっ……黒騎士は北部の沼地に……飛ばされる仕掛け……解封印する……必要も無いから時間も……ぐすっ」


 今度は老騎士の方からポロポロと涙を流す少女をそっと抱き寄せた。もう無理に喋らなくていい、誰もが今を生き延びたことに感謝するだけでいいというように。


「そりゃそうと」老騎士は言った。「ローズが〈缶蹴り〉をしておるのを見たら〈かくれんぼ〉の達人を思い出したのぉ」


「ふふふっ」ローズの顔に微かに笑いが戻った。「リウトは無事よ。妹さんのソフィアさんが、見つけてくるって約束してくれたわ」


「儂もソフィアさんと会ったよ。リウトにゃ勿体ない立派な娘さんじゃった。彼女が手を回してくれたおかげで、こちらの部隊に戻れたんじゃ」

 

「今ごろ、何してるのかしらね。いつまで隠れてるつもりかしら……ふふ」


「ああ、そのうちヒョッコリ現れるじゃろ」



「おい! 荷物運びの爺いはどこだっ」髭面の中隊長コリンズが、別動隊を率いてやってくると、酒の匂いを嗅ぎ付け、老騎士を見た。


「き、貴様。俺の酒を持っていきやがったな。しかも……割っちまってるじゃないか。この耄碌もうろく爺い!」


「こりゃ、すまんかった。いつ持ってきたんじゃろう?」


「「アハハハ」」


「どんだけボケとるんだ。笑ってねぇで、さっさと怪我人を運べ! まったく貴様のような老人を、援軍に送るとは上は何を考えてるんだ」


「じゃあ、また後でな。ローズ」


「また運に助けられたな、腹出し爺い」


「やな名前で呼ばんでくれ、コリンズさん」革鎧はちぎれ、ベルトが外れていた。


「あっはっは、みっともねえ。変態腹だしエロ爺いと呼んでやろう」


「中隊長殿は、儂を見張ってばかりおらんで仕事したらどうなんじゃ」


「俺は部隊を見張るのが仕事だ」


「ずっと、儂だけ見張っておるじゃないか。一途な恋人でもあるまいし」


 コリンズは無精鬚を撫でながら、ニタニタしながらダリルの尻を蹴っていた。


「ぷっ……」


 ローズは笑ってしまった。近くにダリルがいると思うだけで、彼女は安心して頬を緩ませることが出来た。あんな態度をとられていても、老騎士には何ともないことを知っていた。雨はやみ、森に暖かな太陽の光が差し込んでいた。



 始終見ていた騎士ライカは、不思議に思った。あれだけの働きをしても全く文句は言わず、泥人形から救われた騎士は自分とコリンズだけに礼を言っていた。


 中にはライカに抱きつき、泣いて感謝する騎士までいた。老騎士の手柄を奪うのは実に簡単だと言わざる得ない。


 泥人形に囲まれたときの冷静な対応。二十人以上の騎士たちが生き埋めになるところを救ったこと。

 

 火を焚き、黒騎士ヴィネイスを近づけなかったこと。敵の槍を奪ったこと。敵に火を放ったこと。


 すべては、たったひとりの老騎士がやってのけたのだ。あんな人が隊長だったら、よかったのに。気さくで力が強く、安心して身を任せられるはずだ。


 ライカは遠くを見るような目で〈臆病者のダリル〉と呼ばれる、誰より勇気のある老騎士を眺めた。


(ありがとう、ダリル。でも……今回の手柄は、貰っておくよ……それで、もし俺が昇進したら、貴方みたいな立派な騎士になって、成果報酬を求めず、命に代えて部下を守る。だから今は……俺も、礼は言わないよ)


 ライカはくずだった――。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る