第16話 精霊術と月の暗示
王都サン・ベナールに続く大都市、ロザロの街。そこで一番高い建物が白騎士の兵舎だ。周りには立派な教会や、闘技場、劇場が並んで建てられている。
市場や政治目的の主要な建物は、この兵舎から均等な位置に建設されており、白騎士が街の中心、文化・生活、すべての中心であると知らしめているようだった。
螺旋階段を上ると、眩しい朝日の中に伸びた石畳が見える。正門には守衛所があり、準備を整えたた騎士が二人立っていた。
そして、このロザロの街から北西に八十キロ行く場所に〈古代迷宮〉がある。ローズはこの迷宮に向かった別部隊を追う任務を受けることになった。
「古代迷宮までは僕が案内します」
「ありがとうございます。シャイアさん」
ローズは手綱を引く陽気な精霊術師に礼を言った。ちぢれ髪の痩せた男で名はシャイア。粗末なローブ姿であるが、しっかりした体格に器用で鋭敏な手を持っていた。厩舎で複数人の術師から導きを受けた白馬を連れている。
「いや、本来は犬や狼、馬を操るのが僕の仕事なんですがね、
「この革鎧もありがとう。すごく気に入ってます。ちょっと恥ずかしいけど」
ヴァッレで着た麻のリボン付きワンピースは廃棄され、標準装備である揃いの
彼女には一番小さいサイズの鎧でも大きすぎたため、革の生地は肩から裂かれ、ノースリーブのワンピース状になっている。
元の状態を知っている者なら騎士の上着を改造しているのは一目瞭然である。更に軽量化を図りショートパンツを履いていた。
「わかりますか?」シャイアは気さくに話した。「サイズにあった革鎧を着て頂きたくて色々とやってるうちに――僕ってこんな性格でしょ。だんだん凝りはじめちゃって、試行錯誤の連続ですよ。膝が出てて、あれ、何も履いてないんじゃないかぁ、なんて思われちゃうかもしれませんけど、そこがいいんですよ。敵も油断するから。誤解しないでくださいね。僕の趣味とか、そういうんじゃないんです」
「え、ええ、もう分かりました」髪をかっちりと固めてくれたのも彼だった。裁縫や髪のセットを楽しんでいたのは充分わかった。
「……なにも誤解はしてませんから」
「まあね、彼をみる騎士たちの視線のほうが僕はどうかと思いますね。今まで感じたことの無い侮辱の目です。まあ、精霊術をやってりゃあ、ああいう好奇の目、非難の目、そして軽蔑の眼差しには、敏感になりますからね」
番兵がささやき合っているくすくす笑う声が風に乗って聞こえる。かと思うと急に、荒々しい笑い声がどっと響く。不貞腐れた顔つきで立つ青年リウトをみて馬鹿にしているのだ。
「陰口たたくのはやめろ! 俺は陰口が大嫌いなんだ」
リウトが声をあげると噂話をしていた騎士たちはバラけて行く。人波を掻き分け走り寄ったローズは、彼を強く抱きしめた。
「……!!」
前より少し痩せた感じがした。まわりじゅうが、よってたかって彼の人生と体重までも奪ってしまったような気がした。少女は自分が、その張本人だと思った。
「ご、ごめん。置いてきちまったダリルのことも」頭を掻きながら、リウトは照れるようにローズに言った。「ううん。きっと……大丈夫。大丈夫よ」
精霊術師はそっと二人の横に立つと、少し待って口を開いた。「傷口はふさがってますが、痛みはまだ残るでしょうね。なにぶん、回復魔法では最下級の
「俺はいわれたことはないんだ。面と向かって言われるから」
「……ぷははっ。つまり、さっきのは彼女と僕を庇ってくれたのかな。やっぱり、君は面白いですね。すごく面白い」
「治療してくれたことは感謝してる。ありがとう、シャイアさん」
「とんでもない。嫌われものの精霊術師は雑兵以下の扱いですからね、仕事のうちではありますが、君らの味方をするのには理由があります。厩舎で歯のない爺さんや婆さん方がいうんですよ。精霊たちがザワついて――おっと、先行して騎士が出発してるじゃありませんか。話は道すがら致しましょうかね」
三人の馬は朝焼けを背に、
「こんな小さな娘さんを、地下迷宮なんぞに行かせるとは。あの団長も酷なことをするもんです」しばらく走ったあと、馬をよせたシャイアが言った。「何十年も封鎖されてた場所に今更なにがあるっていうんでしょうね」
「俺にもさっぱり分からない」リウトが同意する。「そもそも団長は、俺のこともローズのことも信用してない。でなきゃ後ろに付いてる騎士のことも説明がつかない。あんたも監視するように言われてるんだろ?」
「知っていましたか」シャイアはうなずき、無感動に冷静な口調で続けた。「無事に戻って来らると思ってるんですか?」
「先行部隊の場所は詳しく聞いてる。合流するくらいなら簡単に出来ると思う」
「ふふっ、どうですかね」シャイアはローズを見て顎をしゃくった。「いい娘さんだ。君に抱きついたときは、正直いって驚きました。嫉妬までは行きませんが、近い感情を覚えました。あの娘を守るなんて、そんな甲斐性なんてあるんですか。何がいるか分からないうえ、逃げ場のない場所ですよ。きみが選ばれたのは、
「……だろうな」しばし考えたように応えた。「目的は宝珠ってことか。つまり、俺みたいな実力の無い若造が迷宮に向かえば無事では済まないって言いたいのか。脅してるのか?」
「いえいえ、行くのを取りやめようなんて考えないことです。やっとの思いできみを無罪にした彼女の行動が水の泡になりますから。きみの任務はあくまで解封師を迷宮内部に送り届けることだけです。今はそれだけを考えるんです」
「あんた、ただの精霊術師じゃないよな。予言めいた謎掛けなんかしてないで、もう少しはっきり言ったらどうだ。何を知ってる」
「僕は不安で不安で仕方がないだけですよ。放っておけないんです、あなた達が。遅かれ早かれ、耳にするようなことなら、もちろん僕の口から言いたいに決まってますよ。どうしてかって――それはですね、私の
「な、なんだって!?」
シャイアは手を振ってリウトを黙らせたが、表情はゆるんでいた。面白がっているようにも見えた。「つまり、君にとっては野暮な仕事かもしれませんが、地下から黒騎士が攻め入る可能性もあります。充分に気を付けてほしいと言ってるんです」
「……」それ以外にもシャイアは何点かのアドバイスのようなものを残したが、一方的で不可解なお喋りをリウトは聞き流した。
森の小道を何度か曲がりローズはリウトと共に馬を走らせた。食事をするときは、揺れを抑えゆっくりと進み、急かせばその馬の限界以上まで走り続ける。シャイアと共にいる限り、馬はおそろしく便利な乗り物になる。
数時間後――。
「僕の役目はここまでのようですね」
「ありがとうございます。気をつけてお帰りください」ローズはシャイアと白馬に礼を言って首元を撫でた。古墳地帯は肌寒く、森は深かった。
「いいえ、馬たちの体調を整えて好きなだけ休ませてから帰らせてもらいます」シャイアは言った。「いままで魔力のせいで疲労を意識せずに動き続けてきたでしょうから、それも終わります」
「そ、そうだったの……?」
「ええ。精霊魔法が切れれば、
「い……いいえ。教えてくれてありがとう」
「では、精霊のご加護がありますよう――」
ローズは精霊術師が嫌われる理由が分かった気がした。呪術で動物を操れば、何もしらずに死に至らしめることまで出来てしまうのだ。
まして戦争に利用される兵馬や犬狼のことを考えると、胸が痛まずにはいられなかった。
旧ロザロ遺跡の迷宮は森の中にあった。石垣は崩れ去り、ツタや枯れ木に覆われた瓦礫の山が放置されたままに置かれている。遺跡の裏は木々がなぎ倒され山肌が見えている。
一階部分は老朽化で押しつぶされ、むき出しになった石柱が散乱しており、人を近づかせない雰囲気が漂っている。崩れた英雄の石像が立ち並ぶ先に、地下への入口があった。
「!!」
石畳を進むと地下に続く道の先に二人の白騎士が倒れていた。慌てて駆け寄ろうとするローズの手を掴み、ぐいと引き留める。
「待てって。トラップだ。真っ直ぐ行こうなんてするなよ。死にたいのか?」
「く、詳しいのね」
「知識だけはあるんだよ。大学の書物は全部読んでるって言ったろ」
「見て……し、死んでいるわ……ううっ」
息をのみ、こみ上げる吐き気を抑える。ここまで凄惨な場面は想像していなかった。数時間前まで共に馬を走らせていた騎士は、無惨に頭部を破壊され、うつ伏せに死んでいた。
「……」
リウトはシャイアが言った通りになったと思った。あの精霊術師のロープには月のブローチが輝いていた。
【シャイアのアドバイス】
〈先行しすぎた騎士は助からない〉
〈陽気なダンスで運気をアップ〉
〈ラッキーカラーは黄色〉
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