第4話 野心家

 昼から始まった歓迎パーティーに参加した貴族たちは午後になると、割り当てられた部屋へと案内されて暫しの休息をとっていた。


「皆、面白いほど私たちのドレスに釘付けだったな」


 豪華なソファで寛ぎながら語るマリアの言葉に、正面に座っていたブリュンヒルデは呆れた表情を見せる。


「殿下は慣れているから宜しいでしょうが、私などは慣れていないので疲れました。そもそもこのような格好は恥ずかしすぎます」


 そう言って自身の着ている衣装を摘まむブリュンヒルデに、マリアはクスクスと笑う。

 彼女が着ているのは南部ではロングテールドレスと呼ばれる物で、後ろのスカイ丈が長くて前が短くなっており両足が大胆に露出するデザインだ。

 またリアンナとアネットが着ているのは片脚部分だけが極端に短くなっていてる代物で、二人並ぶと左右対称に見えるように計算された一品である。


 ちなみにマリアの衣装はチューブトップ型のロングドレスで、背中を紐で締め上げているために深い谷間と美しい背中、そして引き締まった腰回りがこれでもかと強調されている。

 またスカート部分はいつも通りに深いスリットが入っており、そこから覗く白い脚は男の視線を釘付けにしていた。


「そなたも女なのだから慣れないとな。常に騎士服というわけにはいくまい。そもそも経験済みの者が何を言っているのやら」


 からかうような口調のマリアに、リアンナとアネットは驚いたようにブリュンヒルデを凝視する。


「そんな……まさかブリュンヒルデ殿は経験者なのですか?」


 信じられないといった表情で尋ねる二人に、ブリュンヒルデは困った表情を浮かべる。


「帝都住まいのお前たちでは分からないだろうが、戦場という場所に身を置く騎士や兵士は常に命の危機に晒される。そのような場所では男女問わずに性欲というものは高まるものだ。まぁ人の本能だな」


 マリアの説明に二人は目を輝かせながら質問を繰り出す。


「は、初体験はどのような状況でした?やはり殿方から迫られたのでしょうか!?」


 前のめりになって聞いてくるアネットの質問に、ブリュンヒルデは恨めしそうな表情でマリアに視線を送るが、話題を振ったマリアは素知らぬ顔でグラスを傾けていた。

 仕方なく彼女は質問に答えるために口を開くが、その内容は未経験者の二人にはあまりに刺激的すぎた。


「――というわけで基本的には私が選んでいたな。殿下も仰っていたが戦場から帰還すると身体が火照って仕方がないんだ。だから手近な男を捕まえては発散していたな。ただ天幕だからな。こう言っては何だが、私の喘ぐ声で発散していた者もいるだろうな」


 淡々と話すブリュンヒルデに対して、アネットは真っ赤な顔を両手で覆い、リアンナは興味深そうに質問を重ねる。

 二人ともこういう話には興味津々の年頃なのだ。


「そういえば三人で交わったこともあったな。いや、あれは四人だったか。酒も入ったあとで、私もだいぶ酔っていたからな。よく覚えていないが、目を覚ましたあとの処理は大変だった。なにせ髪や身体中に――」

「その辺にしておけ、ブリュンヒルデ。二人には刺激が強すぎる」


 懐かしそうに話していたブリュンヒルデだが、マリアの声を聞いてハッとした表情を見せる。どうやら少し話し過ぎてしまったようで、二人の少女は顔を真っ赤にしてうわ言を呟いていた。


「な、なという……ありえません……破廉恥すぎます……」

「ひ、一人ではなく……複数人も相手に……殿方とそんな風に交わるなど……」


 ブリュンヒルデはバツの悪い表情を浮かべながら、二人を正気に戻すべく声をかける。

 その甲斐あってか何とか現実に戻ってきた二人は、羞恥に悶えながらも冷静さを取り戻していった。

 そうして落ち着きを取り戻した頃、マリアは本題を口にした。


「まぁ雑談はこの程度しておこう。それより想像していたよりもレーゲンスブルク属州は厄介そうだな。どうも一枚岩ではないようだ」

「総督代行のシャルロッテでしたか。かなり孤立しているように見えましたが」


 ブリュンヒルデの言葉に、マリアは同意を示すように頷く。


「あぁ、実際に孤立しているのだろう。でなければ総督代行があのような衣装でいるものか。明らかに浮いていたぞ」

「私たちが似たような衣装でなければ、確実に嘲笑されていたでしょう。というよりもそれが狙いだったのでは?」

「仮にも総督代行ですよ?それを嘲笑の的にする理由とは?」


 リアンナの言葉にアネットが疑問を呈すると、ブリュンヒルデが顎に手を置きながら言葉を発した。


「総督代行を晒し上げて嘲笑の的にするくらいだ。権力争いだろう」

「それ以外ないだろうな。ただ総督代行の娘にあれだけことが出来るのだ。既にフェルゼンシュタイン家よりも権力を握っているのだろう」

「……殿下は誰だと思いますか?」


 リアンナの問いに、マリアはパーティーで会話した人物を即座に思い浮かべた。


「副総督のオットマーだろうな。シャルロッテは明らかに彼に怯えていた」

「そうなると簒奪ということになりますが……」

「話した感じ、いかにも野心家といった印象だった。私のことも支配できると思っていそうだったな」


 それを聞いた瞬間、ブリュンヒルデは眉を顰めた。たかが属州の一貴族が皇女を従えるなどと冗談にしても笑えない話だからだ。

 しかし当のマリアは真剣な表情で続ける。


「実際にそうなる可能性は十分にある。こちらはレーゲンスブルクでは新参者だ。あらゆる面で私たちは遅れをとっている。この状況下で我々が生き残るには、味方を増やすしかない」


 そこで言葉を区切ったマリアは不安気な三人を見渡すと、笑みを浮かべながら告げる。


「幸いにしてオットマーは野心家だ。その部分を満足させてやれば、しばらくの間は我々の邪魔はしないだろう」


 自信に満ちた表情でそう告げたマリアを見て、三人は揃って安堵の表情を浮かべたのだった。


 一方その頃、シャルロッテはいつものように自室でオットマーと対面していた。


「皇族ともあろう者があのような格好をするとは……お陰で私の計画が台無しだ」


 シャルロッテを晒し者にして、フェルゼンシュタイン家の名誉と尊厳を傷つけようとした計画は、マリアたちが似たような格好をしてきたことで頓挫してしまっていた。

 そのため彼の表情は苦々しげである。

 逆にシャルロッテは内心で彼を嘲笑っていた。


(いい気味だわ。せいぜい悔しがるといいわ)


 そんなシャルロッテの心情に気づいたオットマーは、鋭い目つきで睨みつけながら詰め寄った。そして彼女をベッドへと押し倒すと、乱暴にドレスを引き裂いた。


「っ!?何を……!!」


 突然のことに驚き、抵抗しようとするシャルロッテだったが、彼女の両手はあっさりと押さえつけられてしまう。


「自分の立場を分かっていないようだな?お前は私に媚びへつらうしか生きる術はないのだ。変態貴族に売り渡してもいいんだぞ?」


 怒りの形相で脅してくるオットマーに、シャルロッテは恐怖のあまり涙を浮かべてしまう。


「お前は若くて美しいからな。さぞ高く売れることだろう。そして嬲られ、犯され、地獄のような日々を過ごすことになるだろうな。それが嫌ならば、どうすればいいか分かるな?」


 まるで呪いのように耳元で囁かれる言葉に、シャルロッテは震えながらも頷いた。ここで逆らえばどんな目に合うか分からないからだ。

 そしてそのままオットマーの首に手を回して抱きつくと、自分の唇を彼のそれを重ねた。

 その瞬間、オットマーの表情が勝ち誇ったような笑みに変わる。


(いや……誰か……助けて……)


 心の中で助けを求めるも、当然ながら誰も助けになど来ない。それをいいことにオットマーはシャルロッテの身体を弄び、やがて満足した彼は衣服を軽く整えると部屋を後にした。

 残されたのはボロボロになったシャルロッテだけであり、彼女は荒い呼吸を繰り返しながらベッドのシーツを握りしめていた。


「……随分と汚れてしまわれましたね」


 不意に聞こえた声に、シャルロッテはビクッと身体を震わせた。

 ゆっくりと声のした方に視線を向けると、そこにはヴィンデンライヒ家の侍女が佇んでいた。


「晩餐会まで時間がありません。すぐに身を清め、着替えましょう」


 何があったか理解しながら、まるでどうでもいいことのように淡々と告げてくる侍女の言葉に、シャルロッテは惨めさを感じずにはいられなかった。

 そんな彼女に構うことなく、侍女はテキパキと準備を進めていく。

 浴室で身を清められ、再び露出度の激しいドレスを着せられたシャルロッテは、虚ろな目でされるがままになっていた。

 やがて準備を終えた彼女は、半ば引きずられるようにして晩餐会の会場へと向かうこととなった。

 会場には既にオットマーが到着しており、シャルロッテの姿を見つけるとわざとらしい笑みを浮かべて出迎える。

 ちなみに彼女の席は彼の隣だった。


「理解していると思うが、余計な真似はしないことだ。私は寛大だからな。お前が大人しく従っていれば、可愛がってやらんこともないぞ」


 そう言ってテーブルの下で太ももを撫で回してくるオットマーに、シャルロッテは吐き気を堪えながら我慢するしかなかった。


「ローゼンハイム帝国第二皇女マリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルク殿下がご到着されました!」


 その言葉とともにマリアたちが入場してきたことで、シャルロッテは一時的にオットマーの魔の手から逃れることができたのだった。



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