第3話 歓迎パーティー

 第二皇女マリアを迎えパーティーが明日に迫っていたが、フェルゼンシュタイン家で開催するにも関わらず、準備の全てはヴィンデンライヒ家の関係者が行い、シャルロッテは蚊帳の外に置かれたからである。


「――以上が当日の流れになります。それとこれが当日お召しになるドレスです」


 監督と監視の為にヴィンデンライヒ家から派遣されてきた侍女は、そう言うとシャルロッテに一着のドレスを手渡した。

 明らかに貞淑や清純とは程遠い、煽情的なデザインだった。


「なっ!?これを着ろと仰るのですか?肩も背中もこんなに露出して……胸だって殆ど隠れていないではないですか!?」


 手渡されたドレスは身体にぴったりとフィットし、身体のラインをこれでもかと強調するような物であった。

 またV字にカットされたデザインであるため背中や肩はもちろん、乳房の大部分が露わとなってしまう。さらにスリットが腰まで入っているため、横から見ればお尻まで見えてしまうだろう。


「それと下着はこれです」


 そう言って渡された物は、白いTバックショーツとガーターベルト、そして白いいレースのストッキングだった。


「あ、あまりにも破廉恥すぎます!こんな物を私が着るだなんて……」


 シャルロッテは顔を真っ赤にしながら抗議をするが、侍女は涼しい顔でそれを受け流す。


「そうですね。ですがそれが何か?」


 その一言に、シャルロッテは一瞬言葉を失った。そして数秒の間を置いた後、絞り出すように口を開く。


「……なにか……何かの間違いよ。こんなの破廉恥なドレス……皆の嘲笑の的になるに決まっているわ……」


 そう自分に言い聞かせるように呟いたが、侍女は無慈悲にも言い放つ。


「そうですね。歓迎パーティーには大勢の男性貴族だけではなく、夫人や令嬢も参加されますから、そのような格好をすれば間違いなく笑い者となるでしょう」


 その言葉に、シャルロッテは目の前が真っ暗になった。


「……フェルゼンシュタイン家の品格と名誉を貶めるおつもりですか?」

「何を今さら」


 侍女はあからさまな侮蔑の眼差しを向けると、淡々とした口調で続ける。

 まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるような口調だった。

 しかしそれは今のシャルロッテにとっては、死刑宣告に等しい言葉だった。


「フェルゼンシュタイン家は力を失い、今やレーゲンスブルクはヴィンデンライヒ家が支配していると言っても過言ではありません。歓迎パーティーで破廉恥極まりない衣装を着て嘲笑され、皇女殿下からご不興を買ことが、貴女に課せられた役割なのです」


 そう言うと、侍女は冷笑を浮かべた。


「大丈夫です。取り潰されたとしても、オットマー様が貴女を可愛がってくれる方を紹介して下さいますよ」


 その言葉を聞いた瞬間、シャルロッテは言い様のない絶望感に襲われたのだった。


 そして翌日、いよいよ歓迎パーティー当日を迎えた。

 会場であるフェルゼンシュタイン家のホールには多くの貴族達が集まっていたが、その殆どがシャルロッテを嘲笑していた。


「まぁ、何と下品な」

「一体何を考えてあのような格好を」

「品性を疑ってしまいますわね」


 夫人たちがヒソヒソと眉を顰めながら会話する一方で、男性貴族達は情欲の籠もった視線を向けていた。


「全くこのような式典であのような格好などけしからん」

「そうですな。後でしっかり言い聞かせてやらねば」

「うむ、年長者として教育が必要ですな」


 言葉とは裏腹に、男性貴族たちの視線は今にも溢れそうな乳房や剥き出しの背中、スリットから見える脚や臀部に向けられていた。


(あぁ……そんな目で見ないで……)


 欲情の視線に晒されているシャルロッテは、羞恥のあまり消えてしまいたくなったが、逃げ出すことも出来ずにただ立ち尽くしてマリアたちが来るのを待つことしか出来なかった。

 すると突然、辺りがざわめき始めた。

 どうやら主役であるマリアとその付き人が来たらしい。


「ローゼンハイム帝国第二皇女マリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルク殿下が御到着されました!」


 声高らかに宣言された瞬間、ホールにマリア一行が入場してきた。

 そしてその姿を見た誰もが息を呑んだ。

 何故ならマリアを筆頭にした四人の女性は、揃いも揃って扇情的なドレスを纏っていたからである。


「せっかく帝国南部風のドレスで皆を驚かそうと思ったのだが、どうやら失敗してしまったようだ。まさかレーゲンスブルクにも南部風のドレスがあったとはな」


 開口一番そう告げたマリアの視線は、真っ直ぐにシャルロッテへと向けられていたのだった。



 ◆◇◆◇


 会場に到着してしばらくしたあと、情報収集を兼ねてバラバラに散った四人だったが、その中でも特に注目を集めていたのはマリアとブリュンヒルデであった。何しろ皇族で総督に任命された者と女性の魔導騎士である。注目されないわけがなかった。


(侮ってもらう為とはいえ煩わしいな)


 途切れることな挨拶に訪れる貴族たちの相手をするブリュンヒルデは内心で辟易としていた。


「魔導騎士と伺っておりましたが、これほど美しい方だったとは――」


 目の前で話す男性は明らかに谷間や太ももに目を向けており、彼女の身体目当てなのは明白だった。


「我が屋敷に訪れて頂いた際には是非とも歓待させて頂きたいものです」


 男性はそう言ってブリュンヒルデの手をとると、甲に口づけをした。


「殿下の護衛で忙しい身ですので、お約束はできませんが」


 社交辞令の笑顔を浮かべながら、やんわりと拒絶の意を示す。

 そんなことを何度も繰り返すブリュンヒルデは、早く終わってくれと心の中で愚痴を零した。


 一方でマリアはというと、シャルロッテとテーブル座って談笑していた。


「現在の総督に挨拶しようと思っていたのだが、どうやらいないようだな」

「父は現在、病気療養中なのです。殿下にご挨拶できないこと、代わりにお詫び申し上げます」

「そういうことな仕方ない。しかしそうなると今はそなたが総督の代行を?」


 マリアの問いかけに、シャルロッテは必死に笑みを浮かべながら答えた。


「若輩者ですが何とか務めておりますわ」

「レーゲンスブルクは魔境と聞いている。よほど優秀な側近や部下を揃えているのだな」


 そんな者は一人もいないのだが、それを悟られないようにシャルロッテは話題を変えるべく言葉を返す。


「……はい。副総督などが尽力してくれていますので。ところで……殿下の衣装ですが……随分と開放的なデザインですね」


 話を逸らすためとは言え、さすがにこの話題はまずかったかと後悔したが、当のマリアは特に気にした様子はなかった。


「貞淑さや清楚さよりも私の魅力を引き立たせてくれるからな」


 そう言って蠱惑的な笑みを浮かべると、マリアは少し前屈みになってみせる。すると胸元から深い谷間が見え、さらに胸の先端まで見えてしまいそうだった。

 その瞬間、周囲で様子を伺っていた男性たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「そもそも帝国教会の押し付けた教義など私は好かんのだ。女が自由奔放でなにが悪い。産めよ増やせよ励めよを推奨するソフィア教会のほうが、余程自然の摂理にかなっているではないか。なぁ」


 マリアは周囲の男性貴族に見せつけるように、わざとらしく脚を組み替えて見せる。するとスリットから黒いレースストッキングに包まれた脚が露になり、男たちの視線を釘付けにした。


「ふふっ。まぁそんなことはどうでもいい。それよりも今後についてだ」


 そう言うとマリアは表情を引き締める。それは先ほどまでのどこか人を小馬鹿にしているようなものではなく、皇女としての威厳に満ちたものだった。


「知っての通り、レーゲンスブルク総督は私になる。当然、フェルゼンシュタイン家が保有していた権限は全て私に移譲されるわけだ」


 その言葉にシャルロッテは身を硬くした。名誉に続いて地位まで失ってしまっては、フェルゼンシュタイン家を守るものは何も無くなってしまうのだ。


「副総督には誰を……任命なさるおつもりなのでしょうか」


 緊張で声が震えそうになるのを必死で堪えながらシャルロッテは問いかける。

 それに対して、マリアは少し考えてから口を開いた。


「まだ決めていないが、これまでの実績は考慮するつもりだ」


 その言葉を聞いて、シャルロッテは一縷の望みを抱いた。


(殿下……殿下を味方に出来ればあるいは――)


 そう思った瞬間、シャルロッテの背後から声が降り注いだ。


「ご挨拶が遅くなりました。レーゲンスブルク副総督を拝命しているオットマー・リューベック・フォン・ヴィンデンライヒと申します。以後、お見知りおきを、第二皇女殿下。ご一緒させていただいても?」


 その声に、シャルロッテはビクリと身体を震わせる。忌まわしい悪魔がやって来たのだ。


「そなたが副総督か。シャルロッテから優秀な側近だと聞いているぞ」

「それはそれは。ただ副総督としての仕事をこなしているだけです」


 そう言いながらオットマーは恭しく一礼しながら、横目でシャルロッテを冷たい眼差しで見据えた。まるで余計な事は話していないだろうなと言わんばかりに。


(……っ!)


 シャルロッテはその視線に射すくめられて、思わず身震いをする。


「まぁ立ち話あれだ。副総督も座りたまえ」

「ではお言葉に甘えて」


 そう言うとオットマーはシャルロッテの隣の椅子に腰を下ろした。


「それにしても驚きました。まさか殿下たちがそのような衣装でご参加されるとは」


 オットマーは平常心を装っているが、内心ではかなり怒り狂っていた。

 シャルロッテを晒し上げて、フェルゼンシュタイン家の名誉と誇りを地に落とすつもりだったのだが、皇族であるマリアが似たような格好で登場しては意味がない。

 現に会場の雰囲気は、シャルロッテ一人の時の蔑みや嘲笑ではなく、困惑と動揺が入り混じったものになっている。特に若い令嬢などは顔を真っ赤にしながらも、女性の魅力をこれでもかと言うほど強調するマリアたちの斬新なデザインの衣装から目を離せずにいるほどだ。


「先程シャルロッテ殿には説明したが、帝国南部で流行り始めた衣装で帝都でも最近流行り始めている。どうだ似合っているだろう?」

「……えぇ、殿下の魅力を最大限に引き立てていると思いますよ」


 オットマーは苛立ちながらも表面上はあくまで穏やかに返答する。だが、その内心は非常に荒れていた。


(クソッ!!これでは台無しじゃないか)


 しかしここで取り乱しては今までの苦労が全て水の泡になってしまうため、グッと堪えるしかない。


(落ち着け……落ち着くんだ)


 心の中でそう自分に言い聞かせながら、なんとか平静を保つことに成功させると、改めて口を開く。


「それで今後のことなのですが――」

「それについては後日話し合いの場を設けようと思う。今日のところはお互いに交流を深めたいと考えている」

「……わかりました。それではまた後日に」


 食い下がっても無駄だと判断したオットマーは、素直に引き下がると親睦を深めることに終始したのだった。



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