第2話 虐げられる者たち
最愛の妻の死によって酒に溺れるようになったレーゲンスブルク総督に代わって急遽、政務を代行することになった一人娘のシャルロッテだが、温室育ちの彼女には魔境であるレーゲンスブルクを束ねることなど出来るはずもなかった。
さらにフェルゼンシュタイン家が傾き始めたことを察知した使用人たちは、次々と離れていったため、日々の生活さえも苦労するようになっていった。
そんな彼女に救いの手を差し出したのは、総督の座を狙うオットマーだった。彼はシャルロッテの信頼を勝ち取りながら、徐々に政務をヴィンデンライヒ家へと移管させていき、彼女がそれに気づくと脅迫して従わせるという卑劣な手段で実権を掌握していった。
「ご存知の通り、レーゲンスブルク総督に第二皇女殿下が新たに任命されました。これは由々しき事態です」
何時ものように二人っきりという空間で、シャルロッテは身体を弄られながらオットマーの話を聞いていた。
ドレスのスカートは大きく捲れ上がり、胸元も大きく開かれているが、彼女は抵抗もせずにされるがままになっていた。
なぜなら彼女は愛する護衛騎士エルンハルトを人質として取られているからである。彼の命を盾に取られてしまえば、もはや彼女に抗う術はなかった。
「聞いていますか」
オットマーはシャルロッテの耳元で囁くように問いかけた。
その吐息が耳にかかり思わず身震いしてしまう彼女だったが、それでも気丈な態度で口を開いた。
「聞いております。それで……どうするおつもりですか?」
そう答えるシャルロッテの声は震えていた。流石に純血を奪うような真似はしてこないが、それ以外のことは平然とやってのけるオットマーに対して恐怖を感じていた。
なにしろ派閥の集まりに呼ばれた際、全裸で縛り上げられた挙げ句に吊るされて、大勢の男性に視姦されるという屈辱的な仕打ちを受けたのだ。
「相手がどう出るか探る必要があります。その為には現総督である貴女が殿下に近づいて情報を引き出すのです」
オットマーはそう言うと彼女の胸元へと手を伸ばして、絹のような手触りの良い肌を堪能する。
「わ、私にそんなことが出来るでしょうか……」
シャルロッテは身体を震わせて不安を口にした。高貴な相手から情報を引き出すなど、世間知らずの自分では無理だと思ったからだ。
しかしオットマーは余裕の表情で、弾力を愉しみながら言った。
「優秀な者を侍女として付けます。心配はいりません」
それから四十分後、あらかた堪能し終えたオットマーは、息が上がってベッドに倒れ込むシャルロッテを放置したまま部屋を出て行った。
一人残された彼女はしばらくそのまま横になっていたが、やがて起き上がって鏡の前まで歩いていく。
「……酷い姿」
そこに映る自分の姿に自嘲しながら、シャルロッテは呟いた。
いいように扱われて髪もドレスも乱れていて、とても見られたものではない有様だ。
「いつまで……こんなことを続けるのかしら……」
乱れた髪を直しながら、シャルロッテは無意識の内に弱音を吐いていた。
愛する者を守るためとはいえ、こんな生活を続けることに限界を感じ始めていたのである。
身体を弄ばれても心までは屈しないと思っていても、やはり辛いものは辛いのだ。
そしてそれは、まだ十代後半の少女にとっては当然のことだった。
(いっそこの命を絶ってしまえば……楽になるのかもしれない)
そんな考えが頭に浮かんでしまうほど、今のシャルロッテの精神状態は追い詰められていた。
(……弱気になっている。こんなことではだめよ)
頭を振ってネガティブな考えを追い出そうとするが、一度浮かんだ思考はなかなか消えてくれない。
結局、この日はずっと悩み続けたまま夜を過ごすことになったのだった。
◆◇◆◇
現総督からの手紙が届いたのは、マリアたちがレーゲンスブルクに入ってから一ヶ月ほど過ぎた頃だった。
「ようやくフェルゼンシュタイン家から手紙が来た。忘れているのかと思ったな」
「ふぅ、それで手紙には何と書いてあったのですか?」
訓練で掻いた汗をタオルで拭いながら問いかけるブリュンヒルデに、マリアはつまらなそうに答えた。
「お詫びの言葉と、フェルゼンシュタイン家での歓迎を兼ねた式典への招待だ。待たせた割には普通だな」
あからさまに面白くないといった感情で話すマリアを見て、ブリュンヒルデも同意するように頷いた。
これだけ待たされた挙げ句に、普通の対応しかされないというのは拍子抜けも良いところだ。
「誰を連れていくおつもりですか?」
「そうだな。リアンナとアネットは連れて行く。それとお前もな。あとは護衛騎士数名だな」
それを聞いたブリュンヒルデは顔を曇ら
せた。明らかに護衛として自分が数に含まれていないことが分かったからだ。
「その……私は護衛として参加したいのですが……」
「却下だ。今回もドレスで参加だ。レーゲンスブルクの連中に、お前の美しさを存分に見せつけてやるんだ」
「いや……ですから私は――」
「必要なことだ」
有無を言わせない口調で言い切るマリアに、ブリュンヒルデは何も言えなくなってしまう。
そんな彼女にマリアは言葉を続ける。
「お前は魔導騎士であり、ハイドリヒ家の生まれだ。だからこそ、騎士ではなく女として振る舞って油断を誘う必要がある。強くないと思わせるために、わざと弱い部分を見せるんだよ」
確かに自分は女だということをアピールすれば、相手に与える印象はかなり違ってくるだろう。だがそれをやるためには、どうしても女性らしさを見せなければいけないということだ。
そんなブリュンヒルデの葛藤を察したのか、マリアは任せておけと言わんばかりに胸を叩いた。
「特別な衣装を用意してやる。楽しみにしていろ」
そう言って笑う主の顔を見て、ブリュンヒルデは思わず溜息をついてしまった。
(絶対に楽しんでいるだけだ)
内心でそう思いながらも、彼女に拒否権はないのだから従うしかない。
こうして一行は、一週間後に行われる予定の式典へと出席することになったのだった。
一方でガウェインは、マリアの命令を受けて単独で都市の調査を行なっていた。彼は今、騎士ではなく流れの傭兵といった風体で街を歩いている。
(活気も無ければ、人々の表情にも生気が感じられない……か。思っていた以上に深刻だな)
すれ違う市民たちの顔色は悪く、目の下に隈を作っている人も多い。明らかに圧政による影響が出ている証拠である。
さらに街の至る所に孤児と思われる子供の姿が散見される。彼らの表情は暗く、道端に座り込んでいる者も大勢いた。
そして何よりも深刻なのが、街中に漂う空気の悪さである。まるでスラム街のように淀んでいて、とても州都とは思えない状態だった。
(帝国本土も酷いがそれ以上とは……まさに地獄だな)
露店に並ぶ商品どれもこれも品質が悪く粗悪品ばかりで、これではまともに商売など出来るはずがない。
それにも関わらず、住民たちが文句を言っている姿を見かけないのは、総督府に対する不満を口にするだけで処罰されるからであろう。
(この地は腐り切っている。何れ大量の貴族が殿下に粛清されることになるだろうが……自業自得か)
ガウェインがそんなことを考えている時だった。
「そこの貴男」
不意に背後から声を掛けられて振り返ると、そこには煽情的とも思える露出の多い服を着た女性が、胸元を見せつけるように腕を組んで立っていた。
「もうすぐ日が暮れます。良ければ家で休んでいきませんか?」
女性は艶のある声でそう告げると、蠱惑的な笑みを浮かべて誘惑してくるが、ガウェインは声色や仕草からすぐに素人だと見抜いた。
恐らくは生活苦を打開するために、身体を売ることで生計を立てようと考えたのだろ。
「家といったが、娼館に属してはいないのか?」
「そ、そうよ。でも満足させてあげられるわ。や、約束する」
必死さが伝わってくる態度で売り込んでくる女性に、ガウェインはどうしたものかと考える。
このまま無視してもいいが、安心出来る拠点は確保しておきたい。レーゲンスブルクの宿は正直言って信頼できないからだ。
「ではまずは家に案内してくれるか。見てから決めよう」
女性はどうやら相当に切羽詰まっているようで、ガウェインを逃さないように腕を掴んで引っ張って行く。
やがて彼女が住んでいるという、古びた一軒家へ辿り着いた。
見た目からしてかなり年季が入っているようだが、中は綺麗に掃除されていて、家具などもしっかりと揃っていた。宿として使うには十分だ。
問題は、緊張でガチガチになっている女性だった。ここまで来ておいて怖じ気づいたのか、一向にベッドへ誘おうとはしない。
(まぁ無理だろうな)
心の中でそう思ったガウェインは、これからどうするべきかを思案する。
事に及ぶことは容易いが、正直に言えばそんな気分でもないし、女性を金で買う趣味も持ち合わせてはいない。
(どう説明すれば納得させられて、家を借りられるだろうか)
無言のままの女性を眺めながら、ガウェインは必死に考えを巡らせるのだったが、いい案は出てこずに時間だけが過ぎていくのだった。
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