間話 オークション

 西部方面での任務を終えた親衛隊第一遊撃騎士団は、帝都に帰還したあとも休むことなく訓練に励んだ。

 というよりも強制的に訓練させられたというほうが正しいだろう。


「はぁ……はぁ……ようやく休憩か」

「毎日……これじゃあ持たんぞ」


 親衛隊所属のグランツとアルノルトが肩で息をしながらぼやく。体力作りの走り込みに連携訓練、剣術や魔法修練に体術など、朝から晩までひたすら鍛え上げられた2人の身体は、筋肉痛でボロボロだ。


「しかし……どうもやりにくいな」

「……気持ちはわかるぞ」


 グランツの言葉に、アルノルトは神妙な面持ちで頷く。

 騎士というのは圧倒的に男が多いが、現在所属している親衛隊は護衛対象のマリアが第一遊撃騎士団の団長を務めているため、合同訓練になることが非常に多い。

 そのため必然的に女性の比率が圧倒的高くなり、グランツ達にとっては非常にやりづらい環境なのだ。


 そもそも第一遊撃騎士団は儀典用に採用されていた女性騎士で構成されているため、皆が容姿に優れている。

 そんな彼女たちが頬を上気させ、艶めかしい汗を流しながら一生懸命に鍛錬する姿は、健全な青少年の親衛隊員たちには目に毒だった。

 そして体術訓練ともなると当然ながら密着しての訓練になるため、彼らにとってまさに天国とも地獄とも言えるような時間となる。

 そのため当初は合同訓練は中止にすべきではないかとの意見もあったが、マリアがそれに耳を貸すことは無かった。それどころか平然と言い放ったのである。


「女も押し倒せない騎士など必要ない。逆に男に抵抗出来ない騎士も必要ない。騎士ならば己の身は己で守れ。そのための合同訓練だ」


 その正論により反対意見は封殺され、結果、地獄の合同訓練は続けられることになった。

 尤も気にしているのは男たちだけで、当の女性騎士たちはむしろ歓迎ムードである。戦場に出て敗北すれば男の慰み者にされる可能性が高い以上、そうならないようにするための訓練は必要だと誰もが思っているからだ。

 死ぬことも犯される心配もない以上、少しくらい身体に触られたりしても問題無い。またそれとは別に、今まで見向きもしなかった男性騎士たちが自分たちの身体をチラチラ見ていることに、ある種の優越感を感じていたりもする。中には結婚相手でも探しているのか、熱心に品定めしている者もいるくらいだ。

 そんな具合なので、合同訓練自体は特に問題なく続けられている。


「それにしても……やはりあの三人は別格だな」


 アルノルトの言葉にグランツは無言で頷く。訓練場の中央には、まるで疲労感を感じさせない様子で佇む三人の姿があった。


「やれやれ、老骨には少し堪えるな。動きについていくのがやっとだ。やはり衰えたかな」

「そう言われると私は自身の未熟を恥じねばなりませんね。老骨一人倒せないのですから」

「長年の経験だな。必要最小限の動きで相手の攻撃を躱す。衰えたのではなく研ぎ澄まされたというべきだな」


 ガウェイン、ブリュンヒルデ、マリアの三人だ。三人は訓練を終えても涼しい顔で模擬戦まで行い談笑していた。


「それはそうとブリュンヒルデ、魔導騎士が何故そんな鈍らな剣を使っている。こだわりでもあるのか?」


 そう言ってマリアは鞘に収められた剣を顎で指す。


「特にこだわりはありません。これも戦場で拾った剣ですから」


 そう答えたブリュンヒルデは剣を抜いてみせる。刃こぼれ一つなく磨き上げられた剣ではあるが、魔導騎士が使うにしてはあまりにも普通すぎる剣だった。


「新調したらどうだ。この先、戦いはより激しくなるだろう。魔導騎士くらいの実力者と本気で剣を交えれば折れてしまうぞ」

「ですが魔剣となると魔導技師が必要です。腕が良いのは既に三公爵家が押さえているかと」


 ガウェインの言葉にマリアは眉を顰める。確かに今の帝国では優れた技術を持つ魔導技師は三公爵家が独占しており、敵となる相手との取引には応じないだろう。


「しかし今後のことを考えると武具の新調は必要だ。特に親衛隊や騎士団の戦力を底上げするという意味でもな。市場駄目か?」

「安物なら簡単に手に入るでしょうが……殿下が要求する水準ともなると市場には出回らないでしょう。魔導技師を探す方が確実です。気は進みませんが奴隷オークションはどうですか?」

「オークションか……確かに没落貴族も増えたからな。一人くらいはいるか?」


 マリアは少し思案すると、気乗りしない表情で顔を上げた。


「ものは試しだ。オークション会場に足を運ぶか」



 ◇◆◇◆


 帝都歓楽街の中央に位置する豪華な建物、それがオークション会場である。ここでは月に一度、大陸全土から集められた奴隷が競売に掛けられるのだ。

 階級は平民から元豪商や元貴族、果ては希少価値のある亜人種に至るまで様々であり、様々な理由でその身を売られた者たちが数多くいる。

 そしてその日も多くの貴族たちが訪れて賑わっていたのだが、その中に一際目を引く一団がいた。

 煌びやかなドレスに身を包んだ女性二人と、護衛らしき屈強な騎士たちである。


「なぜ私までドレスを」


 不機嫌そうに呟くのはブリュンヒルデであり、周囲からの視線を感じて居心地悪そうに身体を縮こまらせていた。

 なにしろ南部風のデザインをしたドレスであるため、身体のラインがくっきり浮き出るデザインとなっており、背中も大きく開いているため非常に扇情的な姿となっている。普段は騎士服であるために余計に恥ずかしいのだろう。

 だがそんな彼女とは対照的に、マリアは普段から着慣れているだけあって実に堂々としたものである。


「似合っているではないか。なぁグランツ、アルノルト」


 マリアに話を振られた二人は視線を逸らすことで返事とした。普段は凛々しい上官であるブリュンヒルデの煽情的な姿に、恥ずかしながら情欲を抱いてしまったからだ。

 もちろん二人はそれを口にするつもりは無いし、行動に移すつもりもない。

 一方のガウェインは洗練された上流貴族なだけあって、誉め言葉忘れたりはしない。


「お二人共、よくお似合いです。美しさがより一層、際立っております」

「だそうだ、ブリュンヒルデ」


 嬉しそうに笑うマリアに、ブリュンヒルデは恥ずかしげな表情で頷いた。

 そんなやり取りをしていると不意に会場が薄暗くなり、ステージがライトアップされる。どうやら競りが始まるようだ。

 司会進行役の男が挨拶を終えると、早速とばかりに商品の紹介が始まった。

 まずは借金により売り飛ばされた奴隷たちだ。彼らは皆一様に暗い顔をしており、生気のない目で壇上を見つめている。中には涙を流している者すらいた。そんな彼らに次々と値段が付けられていくが、その殆が命の金額とは思えない程の安さであった。


「……酷い現実ですね」

「消耗品とでも思っているのだろう。誰のお陰で貴族が生きていけるのか、奴らは考えたこともないだろうな」


 吐き捨てるように言うマリアに、ブリュンヒルデは同意を示すように頷く。

 そんなオークションはやがて中盤に差し掛かると商品の質も徐々に上がっていき、自然と女たちが多くなっていった。卑猥な格好をさせられた女たちが次々と紹介されていき、その姿を観客たちは興奮気味に眺めては落札していく。


「なんと下劣な」

「貴族も一皮剥けばこんなものだ。いや、寧ろ貴族だからだな」


 嫌悪感を露わにするブリュンヒルデに、マリアは軽く肩を竦めてみせる。


(しかし欲しい人材はいないな)


 マリアは内心で嘆息する。というのも彼女の目当ては奴隷ではなく魔導技師だからだ。


(残りもあと僅かだろう。これは無理だな)


 半ば諦めかけたその時、一人の女がステージに連れてこられた。

 そして次の瞬間、会場中がざわめきに包まれた。美女と呼ぶに相応しい美貌を持った女が、猿轡に裸体を縄で官能的に縛られていたからである。

 それは一見するとまるで芸術品のようにも見えた。


『彼女は東方リュミエール王国の元伯爵令嬢の魔導技師です。反逆罪の連座により奴隷としてこのオークションに出品されました。年齢は二十歳。勿論、あらゆる調教を施してありますので、ご安心ください』


 司会の説明を聞いて、客たちがざわめきの声を上げる。女の身体は確かに素晴らしいものだが、それよりも女の出身国に興味を抱いたらしい。

 何故なら東方リュミエール王国は帝国から遠く、訪れたことのある貴族など殆どいない。そのためリュミエール王国の女がどんな痴態を晒してくれるのか、誰もが興味を示して金額は凄い勢いで上がっていった。


「五百万!」


 誰かが叫び、それに続くようにして入札の声が上がる。


「六百万!」

「七百万!」


 どんどん上がっていく金額に対して、司会者も煽るように言葉を返す。


『帝国では珍しい黒髪黒目、それに元貴族だけあってご覧の通り肌には傷一つありません! 更にこの張りのある美しい胸。極めつけは紛うことなき処女です!』


 その言葉に場内が更にざわつく。

 基本的に男を知らない女の身体というのはそれだけで価値が高い。

 何も知らない女を屈服させて快楽に溺れさせるのもまた、男にとってはたまらないものがあるからだ。

 特に貴族の男はそういった征服欲が強い傾向にあり、嗜虐趣味の持ち主も多い。


「一千万だ!」


 そんな中で一気に値を吊り上げたのは成金上がりの子爵商人で、それに対抗するのは初老の伯爵貴族だった。どちらも競い合うように価格を上げていき、いつの間にか二人の一騎討ちとなっていた。


「一億だ!」

「一億五千万!」

(欲望とは恐ろしいものだな)


 マリアは思わず苦笑する。とはいえ、彼女自身も決して他人事ではないことを自覚していた。なにせ彼女もある種同じ穴のムジナなのだから。


(まぁ私も人のことは言えんか)


 そう思いつつも、マリアは成り行きを見守っていた。単純に興味が湧いたのだ。果たしてあの女に二人の男がどこまで執着するのかと。


 結局、最終的に白熱した勝負を制したのは件の成金上がりの子爵商人だった。


「三億九千万!」


 その声に会場中からどよめきが上がる。三億という額は一般庶民であれば一生遊んで暮らしても余る額だ。それほどまでにあの魔導技師には価値があるということなのだろう。

 一方で敗北した伯爵の方は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


『さて、三億九千万以上の方はいらっしゃいますか?』


 司会の言葉に誰も手を挙げない。それを見て、子爵商人は勝ち誇った笑みを浮かべた。


『では三億九千万で――』

「五億」


 その瞬間、会場中の全ての視線が声の主――マリアへと向けられた。その彼女は平然とした様子で、相変わらず椅子に腰掛けたままである。


「ぐぬ、で、では儂は五億――」

「面倒だ。十億」


 さらにマリアは追い打ちを掛けるかのように提示する。これには流石の司会も驚きの表情を見せた。

 だが彼女からすれば当然の行動だ。そもそも魔導技師ならば十億払ったところで直ぐに回収出来る金額だからだ。


(性奴隷としての価値しか見えないのか、愚か者共が)


 内心呆れながらも、表情はあくまで涼しげである。

 これに対して子爵商人は怒りの形相で叫んだ。成金上がりであるためにプライドだけは高く、小娘に出し抜かれたことが我慢ならなかったのだ。


「女が女を買ってどうする! たかだか性奴隷になるだけの女に十億だと!? 小娘風情が身の程を弁えろ!!」

「……グランツ、剣を借りるぞ」


 そう言って立ち上がったのはブリュンヒルデであり、彼女はグランツの返答も聞かずに剣を抜くとそのまま子爵商人に迫った。


「な、なんだお前はっ!」


 突然の事態に狼狽える子爵商人だったが、そんな彼を無視してブリュンヒルデは剣を一閃して首を刎ねた。


「皇族侮辱罪だ。身の程を弁えろ、下種が」


 ブリュンヒルデはそう吐き捨てると、剣に付いた血を払ってグランツに返す。この突然の出来事に静まり返った会場に、マリアの声が響き渡った。


「競り合っていた相手が死んだな。では三億九千の落札でいいな?」


 有無を言わせぬ物言いに司会者は頷くことしか出来きず、マリアは三億九千万で魔導技師の女を落札することに成功したのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る