第18話 始めの一歩
レーゲンスブルク属州総督に関する議題は、これまで以上に帝国議会を紛糾させた。
「レーゲンスブルク属州は現地貴族を総督として長年管理してきた場所です。今さら中央から皇族を送り込んだところで、反発されるのは目に見えているでしょう」
ディートフリートが反対すると、すかさずギュンターが口を開いた。
「だからこそです。帝国が疲弊している以上、総督府と中央の風通しを良くする必要があります。第二皇女殿下を任命された皇帝陛下のご英断に、まさか異を唱えるおつもりですか」
「だがそのために貴重な騎士団を連れて行かれるのは困る。帝国には余裕がないのだぞ」
「第一遊撃騎士団は第二皇女殿下が団長として育て上げた女性の騎士団であり、数も少ないではありませんか。まさか彼女たちが抜けただけで帝国は揺らぐと?ならばそれは軍務大臣の怠慢ではありませんか?それとも第二皇女殿下が独自の戦力を保有することを懸念されているのですか?」
痛いところを突かれたディートフリートは押し黙った。裏で敵視するのと表立って敵視するのでは意味合いが大きく違ってくる。仮にこの場でそうだ、と言えば確実にギュンターは攻勢を強めてくるはずだった。
(暫くは第二皇女に敵意向けてもらいたかったが、もはや不可能だな)
ディートフリートにとってマリアの存在は、ヴィルヘルムやギュンターからの攻撃を減らすための囮であった。だからこそ、殺さずに生かしてきたのだ。
しかし今となってはその役目も機能しなくなってしまった。
「……懸念などない。第一遊撃騎士団は軍務省管轄から第二皇女殿下へと正式に移管、レーゲンスブルク属州へ派遣する」
苦虫を噛み潰したような顔でディートフリートがそう告げると、彼の派閥以外の貴族たちが大きな拍手を鳴らした。
(ギュンターたちを毒殺事件で追求したのは早計であった)
ヴィルヘルムとは宗教問題で対立している以上、本来であればギュンターとは中立か同盟的な立場を取り続けるつもりだったが、あの毒殺事件受けて彼はギュンターを蹴落とすことを選んだ。
なにしろ千載一遇の機会だったからだ。しかし彼はギュンターを追い詰め損ねて、逆にヴィルヘルムとギュンターの派閥を敵に回す結果となってしまった。
(しばらくは厳しい戦いになりそうなだな)
自分の判断ミスによって生じたこの状況に、ディートフリートは大きなため息を漏らしてしまったのだった。
◆◇◆◇
帝国議会が佳境を迎えていた頃、ギュンターの四男であるフェリクス・フォン・リュディガー・ヴェーデルは、マリアの私室を訪れていた。
彼は優秀な騎士として育ったが、愛妾の子であった為に本妻やその子供たちから疎まれており、これ以上の出世は望めない状況にあった。
しかし先日、久しぶりに父親であるギュンターに呼び出された彼は、そこで驚くべき命令を受けた。。
『お前は今から第二皇女殿下の騎士となりなさい』
最初は何かの冗談だと思ったのだが、父親の真剣な眼差しを見て本気なのだと悟った。そして同時に追放という言葉が脳裏を過ぎった。本妻の子供たちより目立つ故に、邪魔になったのだと。
しかし話を聞いてすぐにフェリクスは考えを改めた。寧ろ遥かに重要な任務だったからだ。
(大丈夫だ。俺ならやれる)
何故なら自分は優秀だからだ。他の兄弟たちとは違う。だから大丈夫なのだ、と言い聞かせながらフェリクスはマリアの部屋の前に立った。
「失礼致します!フェリクス・フォン・リュディガー・ヴェーデルです」
部屋のドアをノックすると、すぐに入室の許可が出たため、ゆっくりと扉を開いて中に入った。そこにはソファーに腰掛ける金髪の女性がいた。彼女は部屋に入って来たフェリクスを見ると、手で対面へ座るように指示を出した。
そして彼が座ると同時に、控えていた侍女が手早く紅茶を淹れてくれた。
「よろしい。では改めて自己紹介しよう。私が第二皇女マリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルク。後に控えるのは護衛の魔導騎士ブリュンヒルデ・フォン・ハイドリヒだ」
マリアの言葉を受けて、フェリクスも改めて名乗った。
「お初にお目に掛かります、第二皇女殿下。私はラインベルク公爵家の四男フェリクス・フォン・リュディガー・ヴェーデルと申します」
お互いに名乗り合ったところで、マリアが鋭い視線でフェリクスを見据えた。その視線の強さにフェリクスは思わず怯んでしまった。
「父君であるラインベルク公爵から話は聞いたか?」
「……はい。レーゲンスブルクに赴く殿下の騎士となるようにと」
ジッと自分を見つめる視線を感じつつ、フェリクスは答えた。しばらく無言の時間が続いた後、マリアはゆっくりと口を開いた。
「それだけではあるまい。首輪として役割も命じられたはずだ」
「……っ!」
図星だった。だがそれを見透かされているとは思わなかった。動揺を隠しきれないまま、それでも何とか言葉を紡ぎ出した。
「そ、それは……」
言葉が続かないフェリクスに対して、マリアは笑みを浮かべて見せた。
「それ想定の範囲内だ。別に咎めるつもりはない。使える騎士なら敵だろが私は使う」
「……ありがとうございます」
てっきり叱責されると思っていただけに、安堵すると共に肩透かしを食らってしまった気分だった。そんな様子を感じ取ったのか、マリアは再び笑みを浮かべた。今度は悪戯っぽい笑みであった。
「お前はいいのか?政敵である相手の騎士となり、地獄と呼ばれるレーゲンスブルクに向かうのだぞ」
まるで試すような口調で問われた言葉に、フェリクスは迷いなく答えた。
「構いません。それが任務であれば従うまでのことです」
「そうか。騎士ならば当然だな」
満足気に頷いたマリアを見て、フェリクスはようやく緊張が解けて余裕が出てきた。
(第二皇女殿下。こうして間近で会うのは初めてだけど……目のやり場に困るな)
なにせ目の前にいるマリアのドレスには深いスリットが入っており、彼女が脚を組んでいるせいで白い太股が大きく露出しているのだ。しかもその格好のまま足を組み替えたりするものだから、その度に際どいところまで見えてしまいそうで気が気でなかった。
「……気になるか?」
そんな彼の心情を見抜いたかのように、マリアが再び声を掛けてきた。その質問にどう答えるべきか迷ったものの、結局素直に答えてしまった。
「あ、いえ……その、大変魅力的な御召し物かと存じますが……些か刺激が強いのではないかと……」
それを聞いた瞬間、マリアは声を上げて笑った。笑われたことに羞恥心を覚えながらも、やはり気になってチラリと視線を向けてしまうと再び目が合ってしまい慌てて逸らす羽目になったのだった。
「男装出来れば一番良いのだが貴族共が煩いからな。動きやすさを追求した結果こうなったのだ」
確かに男の服装の方が動きやすいだろうことは想像に難くない。特に乗馬などを行う場合は男物の服のほうが断然有利だ。
「まぁ見られて減るものでもなし、好きなだけ見るといいさ。油断も誘えるしな」
クスクスと笑う彼女に、思わずドキリとしてしまったフェリクスは自分が情けなくなった。これではどちらが歳上なのか分かったものではないからだ。
(落ち着け!相手は皇族だぞ!?)
そう自分に言い聞かせると、フェリクスなんとか冷静さを取り戻すことが出来たのだった。その様子を見たマリアは少し残念そうな表情を見せたが、すぐに切り替えたようだ。
その後、今後のことについて話し合いが行われた結果、彼はガウェインの下で仕事を教わることが決まったのだった。
「初心な奴だったな」
フェリクスが去ったあと、マリアは小さく呟いた。それに反応して彼女の背後に立っていたブリュンヒルデが肩を竦めた。
「少なくとも童貞ではないようです」
「殺しはな」
「しかし宜しいのですか?ラインベルク公爵の狙いが透けて見えますが」
ブリュンヒルデの言葉にマリアは苦笑を浮かべるだけだった。それを見た彼女は更に言葉を続けた。
「美形で結婚適齢期の騎士。明らかに狙っています」
「私を落とせる男ならそれはそれで面白いではないか。逆にお前はどうなんだ?」
急に話を振られたブリュンヒルデは迷うことなく簡潔に答える。
「私より強ければ歓迎しますが」
「……結婚は一生無理そうだな」
あまりにも高い理想を聞いてやれやれと首を振ったマリアは、苦笑いを浮かべるとティーカップに手を伸ばしたのだった。
そしてこの日の午後、帝国議会はマリアのレーゲンスブルク属州総督任命を正式に承認した。
この決定は後に帝国へ大きな変化をもたらすことになるのだが、この時はまだ誰も気づいていなかった。
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