第14話 謀略の影
第二皇子クリストフは焦っていた。最近母親であるマヌエラ皇妃の癇癪があまりにも酷いからである。
「ロスヴィータも余計なことを」
最近になってロスヴィータが敵であったはずのアーデルハイトを、自身の茶会に誘ったことで社交界は騒然となった。
そして調べてみると、夜会の席でマリアがシュテファニエとロスヴィータを交えて談笑していたというではないか。
こうなると社交界はその話で持ちきりだ。
ギュンター派閥がマリアたちを取り込みに掛かった。マリアたちがギュンター派閥に庇護を願った。共闘関係を結んだのではないか。
そんな噂が大きくなればそれを真に受ける者も多くなり、実際にマヌエラは疑心暗鬼になっている。
ロスヴィータとアーデルハイトが手を組んだとなれば、最初に狙らわれるのは間違いなくマヌエラだ。何しろディートフリート派閥は三派閥の中では一番小さいのだから。
「幸い近衛騎士団の再編によって宮殿の警備は手薄なっています。今なら暗殺することも可能ですが」
いつの間にか起きていた忠実な侍女にして暗殺者でもあるアンナが、ベッドから這い出して来てクリストフの顔を下から覗き込むように見上げた。
「流石に直接は不味い。疑われるにしても敵は少ない方がいいからね」
「では毒殺などは?」
「……毒味役の目を誤魔化すことができないだろうね。アーデルハイトの侍女は実家から来た専属で、忠誠心は非常に高い。買収などは不可能だよ」
クリストフがそう答えると、アンナは少し考えてから口を開いた。
「買収ではなく脅迫しては如何ですか?」
「……どういうことだい?」
「ロスヴィータ皇妃殿下に仕える侍女の家族を人質にとって脅しを掛けるのです。そうすれば侍女は我々に協力せざるを得なくなるでしょう」
なるほど、とクリストフは思った。確かにその方法ならいけるかもしれない。
「そしてロスヴィータ皇妃殿下のお茶会でアーデルハイト皇妃殿下を毒殺するのです。そうなれば疑いの目はギュンター派閥に向くでしょう」
「ふむ……悪くはないね」
クリストフはアンナを抱き寄せて、髪を優しく撫でながら思案する。
(実際に協力関係にあるかはこの際どうでもいいが、仮に上手く行けばシュテファニエとマリアの奇妙な関係はきっと崩壊するし、ギュンター派閥も打撃を受けるだろう。問題はヴィルヘルム派閥が無傷だということだが……)
そこまで考えたがクリストフは、迷いを振り切るために軽く頭を振って考えを追い出した。
(ヴィルヘルム派閥は帝国教会と手を組んだ。そうなればこっちはソフィア教会の力を借りられる。奴は最後でいい)
「アーデルハイトはそれでいいとして、マリアはどうかな。狙えるかな」
「ハイドリヒ卿とグライスナー卿という二人の魔導騎士がおりますので、かなり難しい思われます。ただ第二皇女殿下は騎士団長に任命されたお陰で、外での活動が多くなっています。狙うならばそこしか有りません」
「そうか……ならば失っても痛くない駒を使うように」
クリストフはそこまで言うと時計に目をやる。朝までまだ少し時間があった。
「せっかくの早起きだ。少し愉しもうか」
「殿下それは――んっ!?」
アンナが何かを言おうとするが、その前にクリックは唇を重ねて封じてしまう。
「んっ……はぁ……で、殿下、朝になれば他の侍女たちが来てしまいます」
「ならば君の可愛い鳴き声をたくさん聞かせてあげようじゃないか」
クリストフはそう言って再び唇を奪うと、そのままアンナを組み敷いたのだった。
◆◇◆◇
「盗賊団の掃討……まるで便利屋扱いだな」
軍務省からの命令書を読み終えたマリアは思わずそう呟いた。
今回の任務は帝都から三日ほど東に歩いた距離にある領地に出没する盗賊団を掃討しろというものらしい。
「そもそも警備隊で対処出来ない盗賊団とはなんだ?そんな存在聞いたこともないぞ」
「……確かに腑に落ちませんね。そもそも大規模な盗賊団が暗躍できること自体おかしな話です」
ブリュンヒルデの疑問は当然だ。少なくとも警備隊が対処不能なほど大規模な盗賊団ともなれば、維持するだけでも相当な金や食料が必要になるし、居住場所だってなければおかしい。
「……どうもきな臭い任務だな」
「そうですね。何か裏があると考えた方が自然だと思います」
マリアの言葉にブリュンヒルデも同意する。しかしそれでも命令である以上従うしかないのも事実だった。
「少なくとも軍務省からの正式な命令だ。盗賊団らしきものはいるのだろう」
「ただの盗賊団とは思えませんが?」
「だとしてもやるしかない。命令は命令だ」
マリアはそう言うと立ち上がった。
「どちらへ?」
「着替えだ。ブリュンヒルデは親衛隊と騎士団に召集を掛けろ。すぐに出るぞ」
「はっ!」
マリアは隊長室に戻ると、控えていたリアンナとアネットに着替えを持ってくるように指示する。
(思えば騎士服を仕立てるのも苦労したな……無能貴族どもが)
帝国騎士の多くは男性であって女性というのはそこまで多くない。そしてそんな数少ない女性騎士の殆どが儀礼的な存在として採用されていたため、服装は見た目が重要視されていた。つまり華美であり、機能性よりも装飾性を重視して女性的なものが好まれるのである。
当然そんなものを着ていれば動きやすさなど皆無だし、いざ戦闘になった時に邪魔でしかない。
そこでマリアは当初男物を仕立てるように指示したのだが、それが認められることはなかった。男性貴族はもちろん、それどころか同じ女性貴族からも非難されてしまったのだ。
そこには女性はスカートが当然という固定観があり、女性が男装すること自体が恥ずべき行為だという理由があった。
(まったくもって理解しがたい価値観だ。戦いやすい格好をして何が悪いんだか)
マリアは結局スカートタイプにすることで妥協したわけだが、スリットを入れたり厚手のタイツで脚を隠したりと色々工夫して今の形に落ち着いた。
ちなみにその過程でブリュンヒルデを含めた配下の女性騎士も欲しがったため、全員分用意することになったのは完全に余談である。
そんなことを思い出しながら二人に手伝ってもらって着替えを終えたマリアは、最後に腰に愛剣を吊るして部屋を出た。
そして宮殿の廊下を歩いていると、正面から二人の人物がやってくるのが見えた。
「これは姉上ではありませんか。お久しぶりですね」
「……久しぶりだな、第二皇子殿下」
「相変わらずですね姉上は。気軽にクリストフと呼んでくれて構わないのに」
クリストフは満面の笑みを浮かべながらそう言ったが、マリアとしては冗談ではないと思った。何しろ皇族の中では一番信用していない人物だからだ。
「遠慮しておこう。ところでそなたは初めて見るな」
「お初にお目に掛かります、第二皇女殿下。私は第二皇子殿下専属侍女のアンナ・フォン・ヴァルトシュタインと申します」
そう言って侍女のアンナは優雅に一礼してみせたが、マリアは厳しい視線を彼女に向けたままだった。
「……何か戦闘に関連したことを習っていたか?」
「はい、一通りの護身術や護衛訓練を受けてまいりました」
「……それだけか?」
「それだけですが、それがどうかしましたでしょうか?」
疑問を口にするアンナをしばらく見つめていたマリアだったが、やがて小さく首を振って視線を外した。
「いや、何でもない」
「そうですか」
アンナは特に気にした様子もなくそう答えると、クリストフの隣に再び控えた。
「それで姉上は何処かにお出掛けですか?もしや軍務ですか?」
騎士服を身に纏っていることからクリストフはすぐに察したのだろう。少し目を輝かせているように見えた。
だがマリアからすればあまりいい気分ではなかった。その瞳の輝きすら信じられないからだ。
「そうだが詳細は秘密だ。私は急いでいるので失礼する」
「ああ、申し訳ありません。では帰還したらゆっくりとお茶でもしましょう」
「……機会があればな」
マリアはそう言い残してその場を後にした。
「護身術と護衛訓練だ?嘘付きが」
クリストフから見えない位置まで移動した途端、マリアは小さく吐き捨てるように呟いたのだった。
「戦場経験者の目を誤魔化せるとでも思ったのか?暗殺者め」
一方、マリアを見送ったクリストフはアンナから謝罪を受けていた。
「申し訳ございません。間違いなく気付かれました」
「……まあ証拠はないんだから気にする必要はないよ。それより例の計画はどうなっているんだい?」
「滞りなく進んでおります。あとはご指示があれば決行いたします」
アンナの言葉にクリストフは満足そうに頷く。
「そうか、それなら計画通り進めて。あと分かっていると思うけれどくれぐれも――」
「――口封じも完璧です」
アンナの言葉に満足したように頷くと、クリストフは踵を返して歩き出した。
「時代を動かしてみようじゃないか」
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