第7話 帝国議会

 三公爵家の台頭によって皇帝による絶大な支配体制が揺らぎ始めたローゼンハイム帝国だが、根本的な原因は歴代皇帝が実施してきた大陸統一戦争にある。

 広大な皇帝領を保有していた皇帝はその莫大な財力と兵力を背景に他国へ侵攻し領土を広げてきたが、当然ながら内政を疎かにしたツケは時間と共に大きく膨れ上がっていく。

 そこで皇帝は占領地域や貴族から強制的に税金を徴収する政策を打ち出した。これが俗にいう『臣民税』と『貴族税』である。読んで字の如く、皇帝に忠誠を誓う貴族と臣民から毎年一定額の税金を納めさせる制度だ。

 この税金を支払えない者は皇帝への反逆罪として財産没収の上、極刑とする厳しい法律であった。

 しかしこの政策は帝国の経済に大きな打撃を与えた。臣民は重い負担を強いられたことで生活水準が大きく低下、生産性も大幅に下がってしまう。

 さらに問題だったのが貴族の反発だった。当然ながら皇帝は武力を用いて強引に徴税を行うつもりだったのだが、既に皇帝が保有する兵力は三公爵や貴族と同等の水準にまで低下していた。

 その結果、皇帝の目論んだ貴族への増税は失敗に終わってしまう。

 そこで内政を重視していれば良かったものの、あろうことか皇帝は臣民から搾り取った税金を軍備増強に注ぎ込んだのだ。

 その結果、皇帝領の多くが財政破綻の憂き目に遭うことになり手放さざるをえなくなった。

 当然、領地を失った皇帝の権威と権力は失墜していき、代わって三公爵家が台頭し始める。

 彼らは財政破綻した皇帝領を買い取ると、膨大な資金を投じて領内を開発していく。奇しくもこの時、魔導具が発明され一気に技術革新が起こったこともあり、三公爵家は飛躍的に発展していったのである。



 ◆帝都ヘルムスドルフ宮廷議事堂◆


 帝国貴族の大半が出席する帝国議会。

 かつては皇帝が権勢を振るった独壇場だったが、今では三公爵家が猛威を振るう舞台となっていた。


「陛下はなぜ反対なさるのか!帝国全域に鉄道網を構築すれば、流通は更に加速されるでしょう!」


 そう壇上で熱弁するのは帝国宰相を務めるヴィルヘルム・ザルツブルグ・フォン・エーデルシュタイン公爵である。彼は今年で五十九歳を迎える老体であるが、その覇気は衰えるどころかますます勢いを増していた。

 現在、帝国では帝都を中心に鉄道路線を敷設する計画が進んでいる。これにより物流は大きく変化を遂げ、経済活動が活性化することが予想されていた。

 しかし、それに異を唱える者がいた。


「そなたたちは物流網を掌握したいのであろう」


 皇帝ディートヘルム・ローゼンハイム・フォン・ハルデンベルクその人である。


「魔導列車を全域に広げるのは時期尚早である」

「アンダルシア連合王国では、既に主要都市間を繋ぐ鉄道網が完成されたという情報がありますぞ」

「それはあくまで一部の都市だけであろう?全ての地域に鉄道網を広げるには莫大な費用が必要となる。そのような投資をする余裕はない」


 頑なに認めないディートヘルムだがそれには理由がある。これ以上、三公爵家の権威が強まることを良しとしないからだ。


「では未来を担う皇族の方々にお伺いいたします。殿下方はどうお考えでしょうか?」

 そう言ってヴィルヘルムは皇族席に座る四人の皇族たちに視線を向ける。

「私は当然賛成だ」

「僕も賛成です」

「私も賛成いたしますわ」


 フリードリヒ、クリストフ、シュテファニエの賛成を聞いてディートヘルムの表情が歪む。


(三公爵の間で根回し済んでいたという

 ことか)


 内心で舌打ちするディートヘルム。

 今回の鉄道計画はヴィルヘルムが熱心に進めていたこともあり、他の公爵家は反対に回ると考えていたのである。


「……マリア殿下、マリア殿下はいかがですかな?」


 ヴィルヘルムは最後の一人、ディートヘルムが次期皇帝に押すマリアへ問いかける。


「……」


 しかし、当のマリアは口を開こうとはしない。それどころか視線すら合わせようとせず、完全に無視を決め込んでいた。その様子を見てヴィルヘルムは内心ほくそ笑む。


「おや、マリア殿下は反対ですかな?」


 白々しく再び尋ねるヴィルヘルムに対して、マリアは内心で大きなため息を吐いた。


(くだらない)


 マリアからすればこのような茶番に付き合う気などさらさらない。誰もが後ろ盾である皇帝を庇うと思っているようだが、皇帝と共に沈むつもりは毛頭なかった。

 そもそも、マリアにとって帝国がどうなろうと知ったことではない。今の彼女にとって重要なことは、自身が生き残ることである。


「話を聞く限り三公爵家が資金を出すのだろ。なら好きにすればいい。興味がない」


 この言葉を聞いてヴィルヘルムは一瞬だけ眉をピクリと動かすが、ディートヘルムが唖然とするのを見てすぐに平静を取り戻す。


「陛下とは意見が異なるようですが、本心ですかな?」


 後ろ盾を切り捨てるのかというヴィルヘルムの問いに、マリアは静かに答える。


「興味がない、と言っているが?」


 その言葉にヴィルヘルムは内心で笑い出す。


(これは……陛下はしくじったな)


 一方、ディートヘルムの顔色は明らかに悪い。後ろ盾をしていたマリアが帝位を争うつもりはないと、貴族たちの前で宣言したのだから。


「鉄道網の整備?好きやればいい。尤も私は物流網の整備よりも軍事的利用に興味があるな」

「……軍事利用ですか?」

「そうだ。フリードリヒ殿下はどうおもわれるかな?」


 急に話を振られたフリードリヒは困惑して狼狽えた。何しろ彼はまともに政治や軍事を学んでいない。第一皇子という地位に胡座をかいて、女を侍らせ遊び呆けているだけのボンクラなのだから。

 しかし、この場で下手な発言をすれば自分の立場が悪くなる。それを理解しているからこそ必死に頭を回転させ、当たり障りのない言葉を選んだ。


「えっと、そうですね……父上の考えに従うまでですよ」


 しかしそれは悪手であった。彼の言葉を聞いた瞬間、ヴィルヘルムを含む派閥貴族の顔から表情が消え失せ、他の貴族たちは静かに嘲笑を漏らす。


「なるほど、クリストフ殿下は?」

「鉄道網が整備されれば大量の兵士を一気に動員出来ますね。東西の移動も楽でしょう。シュテファニエ殿下は如何お考えですか?」

「ふふふ、クリストフ殿下の仰っしゃる通りでしょう。広大な領土を持つ帝国にとって帝国網の整備は軍事的にも必要不可欠でしょうね。短時間で前線に兵士を送れる。素晴らしいことです」


 そう言ってシュテファニエは挑発するように微笑みながらフリードリヒに視線を向けた。彼女は暗にこう言っているのだ。『頭大丈夫か?』と。

 その視線を受けてフリードリヒの顔が真っ赤に染まる。そして怒りで身体を震わせながら立ち上がりかけたところで、マリアが言葉を発した。


「クリストフ殿下やシュテファニエ殿下の仰っしゃるとおりだ。それに短時間で前線へ送れるということは、国境付近に常に大部隊を駐屯させておく必要もないということだ。相手に動員の兆しがあれば送る。それで十分に守れる。この辺りは軍務大臣のルクセンベルク公爵の仕事であろうがな」

「……確かにそうですな」


 マリアの発言によって馬鹿を晒したフリードリヒを忌々しく思いながら、ヴィルヘルムは頷く。


「さて、これで満足かな?ザルツブルグ公爵」

「ええ、実に有意義な時間でした。皇帝陛下、では採決をお願いします」

「……鉄道網整備計画……賛成の者は起立せよ」


 ディートヘルムの言葉を受けて彼以外の全ての者が立ち上がるが、ヴィルヘルムはどうしても勝った気になれないでいた。


(あの馬鹿が!醜態を晒しおって)


 そう心の中で呪詛を吐きつつ、ヴィルヘルムは壇上を降りながらマリアに視線を向ける。


(帝位に興味が無いことが分かっただけでも良しとするか)


 そんなヴィルヘルムに代わって壇上に上がったのは、軍務大臣のディートフリート・ルクセンベルク・フォン・ラングハイム公爵であった。


「陛下もご承知の通り、帝国騎士団は歴代皇帝陛下が推し進めた無謀な戦争により弱体化しております。そこで私は近衛騎士団から戦力を抽出すべきと考えますが、いかがでしょうか?」

「却下だ」


 ディートヘルムは即座に否定の言葉を返す。


「なぜでしょうか?」

「帝室を守護することが近衛騎士団の責務だからだ」


 ディートヘルムはそう答えたが、実際のところは大きく違う。近衛騎士団が無くなる、あるいは縮小されれば三公爵家に武力面でも対抗出来なくなるからである。


「では帝国騎士団をどう補填するのです?東西に展開している騎士団は疲弊しきっていますぞ」

「各公爵家が負担すればよいだろう」

「筋違いも甚だしいですな。歴代皇帝の失策はまず陛下ご自身が率先して解決するべきでは?そうすれば我らもそれに倣いましょう」


 この言葉に他の貴族たちも賛同する声を次々と上げていく。

 一方でディートヘルムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「そもそも敵の脅威から最も遠い帝都に展開する近衛騎士団に、ここまで多くの戦力は必要ないと私は考えます。いかがですか、ハイドリヒ閣下」


 質問を振られた近衛騎士団長ランベルト・フォン・ハイドリヒ侯爵は迷うことなく即答する。


「近衛騎士団を弄る。それはハイドリヒ家の存在を脅かす行為だ。当然理解しているな?」


 ハイドリヒ家は帝国成立以前から存在する名門であり、帝国誕生以後は代々近衛騎士団長を世襲してきた家系である。

 家訓は『帝室を守護すること』であり、政治には一切関わらない絶対的な中立の立場を貫いてきた。その歴史ある家を弄ることはすなわちハイドリヒ家に喧嘩を売るに等しく、長年不可侵領域とされていた。


「帝国のためを思えば当然でしょう。なぜ最高戦力であるハイドリヒ家は前線で戦わないのか、それが私には理解出来ないのだが?」


 だがディートフリートはお構い無しに言葉を続ける。もはや三公爵家に抗える者などいないと知っているからだ。


「分家の者や息子たちを送っている」

「最高戦力が帝都で暇をしているのが問題だと申し上げている。それとも何か不都合でもあるのかな?」

(もう近衛騎士団を現状維持するのは無理だな)


 二人の会話を聞きながらマリアは今後の展開について考える。

 皇帝が絶大な権力と兵力を保持していた昔ならハイドリヒ家も要求を跳ね除けることは出来ただろう。

 しかし今やまともな戦力は自身が保有する近衛騎士団のみであり、このまま抗い続ければどうなるかは誰の目にも明らかだった。


(決まったな。現皇帝が権力を取り戻すことは二度とあるまい)


 この日、帝国議会は鉄道網整備計画と近衛騎士団再編計画を可決することで幕を閉じたのだった。


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