第6話 マリアの実力
各皇族の親衛隊が組織されたその日、マリアは訓練場に集まった親衛隊員を眺めていた。
(当然といえば当然か。まぁこんなものだろう)
マリアは内心でそんな感想を零す。
その理由は彼女の視線の先にあった。
集まった人員の大半は子爵家や男爵家の三男や四男で、その殆どが他の親衛隊から弾かれた者であり、実力的にも劣る者たちであった。
(数も圧倒的に不利だな)
第一皇子親衛隊百五十名、第二皇子親衛隊百名、第一皇女親衛隊百二十名と比べて第二皇女親衛隊二十名とあまりにも少ない。
そんな親衛隊員たちは皆一様に緊張しており、中にはガチガチに固まっている者もいたが、それには大きな理由があった。
(魔導騎士が二人とは……これは予想外だったな)
現在帝国を騒がせている女性魔導騎士ブリュンヒルデと、生ける伝説と呼ばれるガウェインの存在である。
「……ようこそ第二皇女親衛隊へ。私がマリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルクである」
マリアは集まっている面々に向けて自己紹介を行う。
「さて、諸君らはこれから私を守護する盾となり私の敵を切り裂く剣となる。理解していると思うが、親衛隊となった者は主従契約によって私と結ばれることとなる。この意味が分からないものはいないな?」
主従契約――それは魔法による誓約の一種であり、主となった者と従者の間に魔力的な繋がりが生まれる。その繋がりの強さは主の魔力量に比例し、強い繋がりであればあるほど従者は主の命令に逆らうことが出来なくなる。
そして一度結ばれた主従契約はどちらかが死ぬまで解除されることはない。
「最後の機会だ。覚悟のない者は今すぐこの場を去るがいい。他の親衛隊を落ちて泣く泣くこの場に来た者もいるだろう。どうだ?」
マリアの言葉に何人かが下を向くが誰もその場を去ろうとはしない。下級貴族と馬鹿にされた彼らは、何としても他の親衛隊を見返してやりたくて仕方がなかったのだ。
「そうか……では主従契約を行う。まずは好んで来た者からやろう。ブリュンヒルデ」
「はっ!」
ブリュンヒルデは返事をすると同時に前に出て、マリアの前に描かれた魔法陣の中心に立つ。
「では……」
マリアはそう言うと右手の人差し指を立てて短剣で傷を付ける。するとそこから血が滴り落ち、床に描いた魔法陣の上に落ちた。
その瞬間、魔法陣が淡く光り出す。
「汝、我を主とし生涯付き従うことを誓うか?」
「誓います」
「汝、我が剣となりて敵を討ち滅ぼすことを誓うか?」
「誓います」
「汝、我が盾となりてあらゆる災厄より守り抜くこと誓うか?」
「誓います」
「汝の名前は?」
「ブリュンヒルデ・フォン・ハイドリヒです」
「よろしい。我マリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルクが汝、ブリュンヒルデ・フォン・ハイドリヒを我が騎士として認めよう。『契約』だ」
マリアは言葉を紡ぐと自身の血を一滴魔法陣へと落とす。
瞬間、魔法陣から赤い光が溢れ出し、ブリュンヒルデの身体を覆い尽くした。
「これで主従契約は終わった」
その言葉と共に光は消え去り、そこには何も変わらない姿のブリュンヒルデが立っていた。
「次だ。ガウェイン」
「はっ!」
こうしてマリアは次々と騎士たちと契約を行っていき、全ての契約が終わった頃には既に日は傾き始めていた。
「本日のところはここまでとするが、役職だけは決めておこう。ブリュンヒルデ、お前が隊長だ。ガウェインは副隊長としてブリュンヒルデを補佐せよ。良いな?」
「承知しました」
「御意のままに」
「あぁそれと本日からブリュンヒルデは護衛に付け。ガウェインは明日より親衛隊員を徹底的に鍛え直せ」
「はっ!お任せください!」「かしこまりました」
そうしてこの日の鍛錬は終わりを告げたのだった。
◆◇◆◇
第二皇女マリアはどこか変わっている。ブリュンヒルデが気づいたのは仕えてすぐのことだった。
基本的にマリアは貴族令嬢が好むようなドレスは着ない。その殆どが軍装用に改造されたドレスで、動きやすいように深いスリットが入った大胆なデザインのものを好んで着ていた。剣も貴族が好むような装飾が施されたものではなく、実戦用の無骨なものを使っている。靴も革の軍用ブーツでヒールすらついていない。化粧も必要最低限で髪も一本に束ねているだけだ。まるで常在戦場――魔導騎士のようではないかと錯覚するほどであった。
「そんなにジロジロ見てどうした?」
不思議そうに首を傾げるマリアに対して、ブリュンヒルデは慌てて頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!不躾な視線を向けてしまい……」
「いや、別に構わんが……何か言いたいことでもあったのか?」
そんな問いにどう答えるべきか迷ったものの、正直に話すことにした。下手な嘘を吐いて不信感を持たれるよりも、きちんと真実を伝えたほうがいいと判断したからである。
「実は……殿下は皇女としては随分と勇ましい装いだと思っておりました」
「あぁ、なるほどな……」
そこでマリアは一度考え込む素振りを見せたあと、何かを思いついたようにニヤリと笑った。その表情を見たブリュンヒルデは嫌な予感を覚える。
(なんだかとても悪いことを思いつかれたような気がする)
そしてその予感はすぐに的中することになる。
翌日、マリアはブリュンヒルデを訓練場へと呼び出した。何事かと思いながらやってきた彼女に告げられた言葉は意外なものであった。
「よし、今から模擬戦をするぞ!」
「……え?今なんと……?」
思わず聞き返してしまったブリュンヒルデに対し、マリアはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「だから私と模擬戦をするのだ」
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ブリュンヒルデが恐る恐る尋ねると、マリアは腰に手を当てながら答えた。
「護衛を任せているのだからな。実力は知っておきたいだろう?」
さも当然とばかりに言ってのけるマリアに、ブリュンヒルデは困惑した表情を浮かべることしかできなかった。確かに護衛の実力を知っておくことは大切であろう。だが普通は誰かと模擬戦をやらせるのが常識だ。皇族本人が確かめるなどありえないことである。だがマリアにはそういった常識がないらしい。
「し、しかし万が一ということもありえます。やはり誰か代理を――」
なんとか説得を試みようとするブリュンヒルデであったが、その言葉を遮るかのようにマリアは言った。
「勝てるつもりか?」
そして次の瞬間、マリアが剣を抜くと一瞬で間合いを詰めて斬りかかってきたのである。咄嗟に剣を引き抜きその一撃を受け止めたブリュンヒルデだったが、あまりの衝撃に顔を歪めた。重い一撃――その一撃で相手の力量を察したブリュンヒルデは戦慄すると同時に歓喜していた。
(これが……第二皇女の力……!)
今まで見てきたどの敵とも違う圧倒的な力を感じたブリュンヒルデは、その力が自分に向けられていることにゾクゾクとした快感を覚えてしまう。それはまさに強者と戦う悦びであった。
「どうした?かかってこないならこちらから行くぞ?」
その言葉にハッと我に返ったブリュンヒルデは、すぐさま反撃に移るべく動いた。素早い動きで何度も切りつけるが、それら全てを難なく受け止められてしまう。しかも片手でである。それがまた彼女の闘争心を刺激した。
(この方はどこまで私を滾らせてくださるのかしら)
徐々にテンションが上がっていくブリュンヒルデとは対照的に、マリアは涼しい顔で彼女の攻撃を捌いていく。明らかに実戦慣れしたその動きを見て、ブリュンヒルデは思わず呟いた。
「貴女様は一体どれほどの死線を潜り抜けてきたのでしょうか」
それを聞いたマリアは獰猛な笑みを浮かべてこう告げた。
「さぁな、少なくともお前よりは死線をくぐってきたことは確かだな」
そう言った瞬間、マリアの剣速が増した。さらに鋭い連撃を繰り出し、ブリュンヒルデを追い詰める。なんとか受け流そうとするブリュンヒルデではあったが、次第に捌ききれなくなっていく。
そして剣に集中していたところで、マリアの美しく伸びた脚が視界に入った。予想外の攻撃に対応できなかったブリュンヒルデはそのまま吹き飛ばされ壁に激突してしまう。
「かはっ……!」
背中を強打して一瞬呼吸ができなくなるほどの衝撃を受けたが、すぐに態勢を立て直して構え直す。だが既に目の前に迫っていたマリアの斬撃によって、またしても弾き飛ばされてしまった。
「くっ……!」
痛みに耐えながら立ち上がったブリュンヒルデは、今度は自分から攻めていった。一気呵成に攻撃を仕掛けることで流れを変えようとしたのだが、それすらも軽くあしらわれてしまう。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
渾身の力を込めた突きを放つも簡単に弾かれてしまい、体勢を崩したところに蹴りを入れられて吹き飛んだ。
「あぐっ!」
地面を転がるようにしてようやく止まったブリュンヒルデはゆっくりと立ち上がる。そんな彼女に対してマリアは再びこう言った。
「もう終わりか?」
その言葉を聞いてブリュンヒルデは不敵な笑みを浮かべると、再び突っ込んでいくのだった。しかし結果は先ほどと同じで、結局為す術もなく倒されてしまっていた。
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をしながら地面に横たわるブリュンヒルデに対して、マリアは僅かに息を乱しているだけであった。その差を見せつけられたブリュンヒルデは悔しさが込み上げてくるのを感じた。
(私はまだ殿下の強さの一端しか見ていない)
そう思うといてもたってもいられなかった。もっと知りたいと思った。そのためにどうすればいいのかも理解しているつもりだ。だからこそブリュンヒルデは決意した。
(いつか必ずその強さを超えてみせるわ)
そう心に誓うと立ち上がり、深々と頭を下げる。そんな様子を見てマリアは小さく笑みを浮かべた。
「なかなかいい目をするじゃないか」
そう言って手を差し出してくるマリアの手を取り、ブリュンヒルデもまた小さく微笑んだのであった。
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