第4話 出会い
ブリュンヒルデの目の前には今、一人の少女がソファに座っていた。歳は十五歳くらいだろうか。長い金髪に赤い瞳を持つ美少女だ。着ているドレスもかなり質素なものであったが、それがかえって彼女の美しさを際立たせているように思えた。
しかしそんな彼女から発せられた言葉はとても少女とは思えないものだった。
「随分待ったぞ?皇族を待たせるとはいい度胸だな」
「……これは失礼しました、第二皇女殿下」
ブリュンヒルデが素直に頭を下げると、少々は苦笑いを浮かべた。
「冗談だ。とりあえず座りたまえ」
促されてブリュンヒルデがソファに座ると、さっそくとばかりに話を切り出した。
「さて、まずは自己紹介といこうか。私はマリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルク第二皇女だ」
「ブリュンヒルデ・フォン・ハイドリヒでございます」
ブリュンヒルデが名乗ると、マリアは笑みを深めて言った。
「それで?遅れた理由はなんだ?」
ブリュンヒルデは激怒されることを覚悟で正直に第二皇女の存在を知らなかったと告白した。
それを聞いたマリアは怒るでもなく、むしろ嬉しそうに笑った。
「はっはっは、そうか、私の存在を知らなかったのか!まぁ戦場帰りでは当然だな」
まるで面白いものを見つけた子供のように笑うマリアを見て、ブリュンヒルデは少しだけ警戒心を解いた。少なくとも悪感情は持っていないようだと感じたからだ。
ひとしきり笑って満足したのか、マリアは大きく息を吐いて呼吸を整える。
「ふぅ・・・気付いたと思うが私は宮殿では嫌われ者だ。こうして無視されるほどにな」
「……心中お察しします」
「別に構わんさ。確かに疎まれ嫌がらせは酷いがそれだけだ。それよりも尋ねたい。ハイドリヒ卿は他の皇族と面談してどう感じた?」
そう尋ねられたブリュンヒルデは、少し考えた後に思うところを正直に答えた。
「……正直申し上げますと、貴族社会に流れる噂とは随分違うと感じました」
「どのように違うと?」
「……まず第一皇子殿下ですが――」
「あぁ、あいつはいい。どうせ身体を求めてきたのだろう?押し倒されでもしたか?」
からかうような笑みを浮かべるマリアだったが、その目は一切笑っていなかった。その瞳には確かな殺意が込められているように感じられた。
「……第一皇女殿下の侍女がやって来たお陰で未遂で終わりました」
「相変わらず下半身を優先する見境のないクズだな。あれが第一皇子など笑わせてくれる」
心底嫌そうに吐き捨てるマリアはブリュンヒルデを見据えて言葉を続ける。
「あいつ、最初に会ったとき私にも言い寄って来た。腹違いの妹だというのにな」
「・・・それは……」
さすがに返答に困るブリュンヒルデに対して、マリアは小さく微笑んだ。そして小さく首を振って気にするなと言う。
「いや、すまんな。愚痴っぽくなってしまった。ともかくあのクソ野郎のことは忘れてくれ。それより他の二人だ。どう思った?」
再び聞かれた質問に対して、ブリュンヒルデは率直な感想を述べた。
「……第二皇子殿下は表面上は人懐っこい性格に見えましたが、それが胡散臭く感じられました。現状、親衛隊を選ぶとすれば第一皇女殿下と私は考えておりました」
「そうか。まぁ妥当な選択だな。第一皇子を選んだらどうしようか思ったぞ」
「……私は親衛隊に入隊する為に来たのであって、愛人になりに来たわけではありませんので」
その言葉にマリアは楽しそうに笑った。そんな彼女に対して、ブリュンヒルデはやや呆れ気味に言う。
「笑い事ではありませんよ。実際に貞操の危機でした」
「だがハイドリヒ卿は生娘ではあるまい。違うか?」
「……なぜそれを知っているのですか?」
まさか自分の経験を見抜かれていたとは思っていなかったため、僅かに動揺を見せたブリュンヒルデに、マリアは再び笑みを濃くする。
「なに、簡単なことだ。魔導騎士として戦場に立ち殺し合えば、嫌でも死を実感する。そして死線を潜り抜けたものは否応なく興奮するのだ。それこそ異性を見れば犯したいという衝動に駆られるほどにな。一種の生存本能というべきかな。それは男も女も騎士であれば変わらん」
そこで一旦言葉を区切ったマリアは紅茶を口に含んで喉を潤す。そうして一息ついた後、言葉を続けた。
「まぁそんな話はいい。東部の戦況はどうなのだ?」
その問いにブリュンヒルデは答えた。
「膠着状態です。小部隊で小競り合いを行う程度にまでは落ち着きました」
「東部地域の独立から二年……ようやくか。長かったな」
しみじみと語るマリアはそこまで言うと手を差し出した。
「短い間であったが楽しかったぞ。どの皇族を選ぶのか楽しみにしている」
「こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました。それではこれで失礼させていただきます」
差し出された手を握り返したブリュンヒルデは、満足そうな表情でマリアの私室から立ち去っていったのだった。
◆◇◆◇
「まさかハイドリヒの娘がぽっと出の皇女を選ぶとはな」
第一皇子派閥の長であるエーデルシュタイン家の当主ヴィルヘルムは、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言った。彼はフリードリヒの祖父にあたる人物である。
「ふん、戦場帰りは権力闘争を知らんとみえる。後ろ盾も持たない小娘を選ぶなど身の程知らずも甚だしいわ」
フリードリヒの叔父であるフェルディナントも、ヴィルヘルムに追従するようにそう口にした。
「……ですがフリードリヒ殿下にも問題があったようです」
そう言ったのはフリードリヒの親衛隊隊長を務めるコンラートだった。
「問題だと?一体どんな問題があるというのだ?」
怪訝そうに聞き返すフリードリヒの叔父に対して、コンラートは淡々とした口調で答えた。
「はい、報告によればフリードリヒ殿下はブリュンヒルデ殿の隣に座り、肩を抱いて髪や脚などを撫で回して押し倒したと」
その言葉にヴィルヘルムは眉を顰めた。フリードリヒがそういったことをするのは珍しい話ではないが、今回ばかりは迂闊で愚かとしか言いようがない。何せ相手は魔導騎士なのだ。しかもハイドリヒの魔導騎士だ。
「……確かなのか?」
確認するように問いかけるヴィルヘルムに対し、コンラートは小さく頷いた。
「間違いありません。同席していたメイドが目撃しています。第一皇女の侍女がやって来たため、未遂に終わったとのことです」
それを聞いてヴィルヘルムは深いため息を吐いた。
「馬鹿な男だとは思っていたがここまで馬鹿だとは思わなかったぞ……」
呆れ果てて言葉が出てこない様子のヴィルヘルムを見て、フェルディナントが口を開いた。
「それでどうするおつもりですかな、父上」
問われたヴィルヘルムは難しい顔でしばらく思案した後、ゆっくりと口を開いた。
「起こってしまったことは仕方がない。他の公爵派閥に流れなかっただけでも良しとしよう」
「ですがお咎めなしでは同じことを繰り返すと思いますが?」
コンラートの言葉にヴィルヘルムは再び考え込む仕草を見せる。そして考えがまとまったのか、顔を上げてこう言った。
「確かにコンラートの言う通りだな。では儂が怒り狂っていたと伝えておけ。二度と同じ過ちはするなとな」
「承知しました」
恭しく頭を下げるコンラートを見ながら、フェルディナントは顎に手を当てて呟くように口を開いた。
「いっそのことフリードリヒに婚約者を見繕ってはどうですか?」
「む、それも手かもしれんな……」
フェルディナントの提案を聞いてヴィルヘルムも同意する。
「我が派閥で良い娘がいるかのう」
腕を組みながら悩むヴィルヘルムであったが、そこへフェルディナンドが口を挟む。
「いっそのこと我が派閥ではなく宗教派閥でも取り込みますか」
「宗教派閥というと……聖王国か?しかしあそこはラングハイム家と密接に繋がっておるだろう」
「……お忘れのようですが帝国教会のほうです」
フェルディナンドの言葉を聞き、ようやく思い出したかのようにヴィルヘルムは声を上げた。
「おぉ、そういえばあったな。あまりに聖王国のソフィア教が幅を利かせているから忘れておったわ。確か教皇猊下の孫だったか?」
フェルディナントの問いかけにヴィルヘルムは頷く。
「はい、今年で十八歳になったと記憶しております。容姿も優れており、箱入り娘で従順です。フリードリヒなら間違いなく気に入るはずです」
フェルディナンドの言葉を聞いてヴィルヘルムはしばらく考えたあと疑問を口にした。
「悪くないが、教皇猊下が納得するのか。可愛がってきた孫娘なのだろう」
「そこは帝国教会をソフィア教より優遇してやるといえば問題ないかと。教皇猊下が反発しても幹部たちは抑えられないでしょう」
フェルディナントの説明を聞きヴィルヘルムは満足げに頷くとこう命じた。
「ではその娘を候補に入れておくがいい。近日中に一度会ってみることにしよう」
「はっ、かしこまりました」
こうしてフリードリヒは知らぬ間に婚約相手を決められてしまうのだった。
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