第3話 皇族との面談
帝都において旬の話題と言えば皇族親衛隊に関する話である。
どの貴族がどの皇族親衛隊に入隊するかによって支持する派閥が分かるからである。そして、その話題の中心にいるのがブリュンヒルデ・フォン・ハイドリヒである。
「聞きました?あのハイドリヒ卿が帰ってきたらしいですわ」
「えぇ聞きましたとも!何でも親衛隊に参加なさるとか」
「まぁ!どこの親衛隊に所属なさるのかしら」
「第一皇子のフリードリヒ殿下かしら?それとも第二皇子のクリストフ殿下かしら」
「いいえ、第一皇女のシュテファニエ殿下という可能性もありますわ」
ブリュンヒルデがどこの派閥に属するのかで今後の権力争いは大きく変わる。そのため中央貴族たちはブリュンヒルデの動向に目を光らせていた。
さらに言えばその容姿も注目を集めていた。赤髪碧眼、誰もが見惚れるような美貌を持ち、身長は百六十五センチほどで女性としては長身で、出るところは出ていて引っ込むべきところは引っ込んでいるというスタイルだ。
「容姿端麗なフリードリヒ殿下とはさぞお似合いでしょうね」
「あら、でも天真爛漫なクリストフ殿下ともお似合いですわ」
「シュテファニエ殿下と並んでも良いでしょうね。その場が一気に華やぐわ」
などと、中央貴族たちは誰がブリュンヒルデの主になるのかを予想し合っていた。
しかしそれが気に食わない者たちもいた。同じく親衛隊へ入隊しようとする者たちである。
特に嫌悪感を見せていたのは侯爵家出身のオスヴァルト・フォン・ブリュックナーであった。
(どいつもこいつもハイドリヒ卿のことばかりだ。最年少魔導騎士なんだ?どうせ実家の威光と容姿で選ばれたに違いない)
幼い頃は神童と呼ばれたオスヴァルトは自分の実力に絶対の自信があったのだが、魔導騎士の試験に受かることはなかった。
それなのに自分より年下のブリュンヒルデは帝国史上初という十五歳で魔導騎士に任命されたのだ。プライドが高い彼は当然面白くなかった。
(親衛隊の選抜でも被るとは……どこまでも邪魔しやがって)
オスヴァルトの狙いは第一皇子の親衛隊である。何せエーデルシュタイン家の派閥が一番大きい。入隊さえすれば出世は約束されたも同然だ。
しかし仮に所属が被ってしまった場合、親衛隊内部での序列は当然魔導騎士であるブリュンヒルデが上となる。そうなれば自分の評価が落ちるのは間違いない。
(だが、それも今日までだ。俺が選ばれればあいつの立場などなくなるからな)
オスヴァルトはすでに勝利を確信していた。それほどまでに自分が優れていると思っていたからだ。
(見てろよ。俺は必ずお前よりも上に立って跪かせてやる。いや……それすらも生ぬるいな。女だということを嫌というほど身体に刻み込んでやる)
醜悪な笑みを浮かべながら妄想に浸るオスヴァルトの乗った馬車が宮殿に到着したのは、それからしばらく経ってのことであった。
◇◆◇◆◇
一方その頃、ブリュンヒルデはというとオスヴァルトより先に第一皇子であるフリードリヒと面談を行っていた。場所はフリードリヒの私室である。
尤も普通の面談とはまるで違った。
「噂に違わぬ美貌ではないか。魔導騎士として置いておくにはあまりにも惜しいな」
「……お戯れを」
フリードリヒの言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまうブリュンヒルデ。確かに彼の言っていることはあながち間違いでもなかった。普通の令嬢として生まれていれば縁談が殺到していたのは間違いないないのだから。
そんな彼女をフリードリヒはまじまじと見つめる。その視線に耐えかねたブリュンヒルデは思わず目を逸らした。
「ふふ、恥ずかしがることはないぞ?」
「…………」
まるで品定めするような視線をずっと向けられて、さすがのブリュンヒルデも居心地の悪さを感じ始めていた。そんな時、フリードリヒは立ち上がると彼女の横に腰を降ろした。そして肩を抱き寄せると太腿を撫で回し始めたのだ。これにはさすがのブリュンヒルデも動揺を隠せなかった。
「あ、あのっ……」
「良いではないか、少しくらい触らせてくれても」
「いえ、ですがこれはちょっと……」
困惑しながらも皇族故に強く出れないブリュンヒルデに気を良くしたのか、フリードリヒは更に行動をエスカレートさせていき、徐々にその手つきは厭らしくなっていく。
(なぜ周りの侍女たちは止めようとしないのだ)
不思議に思ったブリュンヒルデだったがすぐに理由は分かった。侍女たちは観てみぬふりをしているのだ。つまり彼女は今、孤立無援の状況だった。
それでも必死に抵抗しようと試みるものの、相手は腐っても皇子であるため彼女は本気を出せないでいた。下手に怪我を負わせてしまえば後々面倒なことになると思ったからである。
「おやめください!フリードリヒ殿下!」
「よいではないか。これからもっと仲良くなろうじゃないか」
「これ以上はいけません!!」
何とかして拒絶の意思を伝えようと抵抗するも虚しく、フリードリヒはとうとうブリュンヒルデの騎士服のボタンを外してしまった。そこから覗く肌を見てニヤリと笑う。
「ほぅ、魔導騎士というから傷だらけかと思ったが、中々そそられるものがあるな」
「…………」
もう言葉すら出ないほどに唖然とするブリュンヒルデをよそに、遂にボタンは全て外されてしまった。完全に露わになった双丘を見たフリードリヒの目が妖しく光る。その目はまさに獲物を狙う肉食獣のような目であった。
しかしその時、ドアがノックされ外から声が聞こえてきた。その声は女性のものであった。
『皇女殿下の侍女にございます。面談の時間が過ぎている為、ブリュンヒルデ様をお迎えに上がりました』
その声に反応したのはフリードリヒであった。彼は舌打ちすると名残惜しそうに身体を離した。
「ちっ……時間切れか」
そう言って立ち上がったフリードリヒは乱れた服装を整えようとしているブリュンヒルデに向かってこう言い放ったのだった。
「魔導騎士といっても所詮は女か」
その言葉を聞いた瞬間、怒りを覚えたブリュンヒルデであったがぐっと堪えた。ここで感情的になってしまえば相手の思う壺だからだ。
そんなことを考えながらブリュンヒルデは素早く騎士服を整えると、立ち上がってフリードリヒの部屋から出ていった。廊下には先程声を掛けてきたであろう侍女が待機していた。
「シュテファニエ皇女殿下の侍女イレーネと申します。失礼を承知で申し上げますが、ボタンが一部外れております」
さも当然と言わんばかりの侍女の態度と言動に、ブリュンヒルデはまさかと思い尋ねていた。
「もしやと思うが第一皇子……殿下はいつもあんな感じなのか?」
その問いに頷くでもなく首を横に振るわけでもなくただ無表情のまま沈黙を貫く彼女の様子に、それが肯定の意であることを理解したブリュンヒルデは絶句した。それと同時に自分の中で沸々と沸き上がる何かを感じていたのだ。それは今まで感じたことのないほどの強い憤りであった。
(魔導騎士を侮辱したこと……必ず後悔させてやる)
そんなことを考えていたらいつの間にか皇女殿下の私室に辿り着いてしまったようだ。侍女に案内され中に入るとそこには銀髪碧眼の女性が待っていた。
「お初にお目に掛かります、皇女殿下。ブリュンヒルデ・フォン・ハイドリヒでございます」
「……あなたが例の魔導騎士ね?まぁ立ち話も何だから座ってちょうだい」
そう言われてソファーに腰掛けると対面に座った彼女が口を開いた。
「私が皇女シュテファニエ・フォン・ヴェーデル・ハルデンベルクよ。どうやら……酷い目に遭われたみたいね」
そう問われたことで、ブリュンヒルデはフリードリヒの部屋で起きたことは把握されているのだと知った。
「正直腸が煮えくり返る思いですがそれだけです。生娘というわけでもないのでどうということもありません」
それを聞いた皇女であるシュテファニーは少し驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに微笑を浮かべると謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさいね、私の兄のせいで不快な思いをさせてしまったわ」
「皇女殿下のせいではございませんのでどうかお気になさらず」
それから三十分ほど会話を続けて面談を終えたブリュンヒルデは部屋を後にすると、続いて第二皇子の私室へと向かうだった。
その後、面談を終えたブリュンヒルデは宮殿に与えられた一室に戻ると盛大に顔を顰めた。
「……噂などアテにはならんな」
ブリュンヒルデが呟いた言葉に、部屋で待っていたガウェインが尋ねる。
「噂話は大抵尾ひれがつくものだが、それ程だったのか?」
そんな言葉を聞いてブリュンヒルデは大きくため息を吐くと、三人の皇族について語って聞かせた。
「容姿端麗と噂の第一皇子フリードリヒ殿下だが……女癖が最悪だ。私を手籠にしようとしたからな」
「……なに?」
信じられないといった表情を浮かべるガウェインだったが、それも無理はないことだった。帝国の第一皇子と言えば次期皇帝の最有力候補であり、本来であれば将来帝国を背負って立つ存在なのだ。
「皇女殿下の侍女がやって来なければ、間違いなく最後までされていただろうな。それに魔導騎士を侮辱した」
「なんと浅慮で愚かな……では第一皇子殿下はありえませんな。第二皇子殿下は?」
「噂通り人懐っこいといった感じではあったが……なんだろうな、本心では何を考えているのか分からない不気味さを覚えた」
「……皇女殿下はどうだ?」
「一番まともといった印象は受けた。人当たりも良く接しやすかった。ただ、なんというか違和感を感じたな」
「違和感?」
「……良く分からない。過敏になっているだけかもしれない」
そう言うとブリュンヒルデは再び大きな溜息を吐いた。その様子を見ていたガウェインは難しい顔をしながら言った。
「いずれにせよ、ここまで来たからには皇族を選ぶ必要がある。第一皇子殿下は問答無用で除外するとして、皇女殿下か第二皇子殿下ということになるが」
「……そうだな」
難しい顔で考え込むブリュンヒルデではあったのだが、既に心は決まっていた。そしてそれを口に出そうとしたところで扉がノックされた。返事を返すと入ってきたのは若い侍女であった。
「予定時間になっても来訪がないためにお迎えに上がりました。私はリアンナと申します」
「……すまない、何のお話だろうか。面談は全て終了しているはずだが」
訝しむブリュンヒルデに対して侍女リアンナは少し困惑した表情を浮かべた。
「いえ、第二皇女殿下がお待ちですので……」
その言葉を聞き、ブリュンヒルデとガウェインは同時に顔を見合わせた。
「ま、待っていただきたい。第二皇女殿下とは一体どなたのことであろうか」
慌てて問いかけるブリュンヒルデの言葉でリアンナは理解した。彼女が第二皇女の存在を知らないのだということを。
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