第2話 進むべき未来
◆帝都ヘルムスドルフ◆
宮殿で働く侍女にとって皇族のお傍で仕えるということは、誇りある誉れ高き職務である。
家柄は当然のことながら実力や容姿も考慮され、厳しい選抜試験を潜り抜けた者だけが皇族の専属侍女となることが許されるのだ。
そんな栄誉に浴する幸運な者はそう多くはなく、毎年多くの者が涙を飲むことになるというから、まさに狭き門なのである。
そんな宮殿で働くリアンナとアネットは去年採用された新人であり、当然ながら皇族専属侍女に任命されるはずもないのだが、この日侍女長に呼び出されていた。
「あなたたち二人には第二皇女殿下の専属侍女となってもらいます」
「……へ?」
突然告げられた言葉に思わず変な声が出てしまう二人だがそれも無理はない。なぜならその名を知らない者など宮殿内には一人もいない。
「あ、あの……私たちのような下々の者にどうしてそのような大役を? 何かの間違いではないでしょうか?」
「私も同じ意見です! どうかご再考いただけないでしょうか!」
動揺しながらもなんとか言葉を発した二人は必死だった。なにせ第二皇女は三公爵家や他の皇族たちから敵視されている存在だ。そんな第二皇女の専属侍女になったらもはや出世どころか未来すら危うい。
しかし二人の懇願にも侍女長は首を横に振るだけだ。
「残念だけど諦めなさい。選ばれた理由は貴女たちが新人だからです。それで理解出来るでしょう」
侍女長のその言葉に二人は項垂れた。つまり誰も引き受けたがらないから厄介事を押し付けられたのだ。
((こんなの絶対におかしいわ!!))
心の中で叫んだところで事態は変わらない。ただ泣き寝入りして絶望するしかないのである。
「明日より早速お勤めしなさい。話は以上です。下がりなさい」
こうして半ば強引に話を切り上げられてしまった二人は、呆然としたまま部屋から追い出されてしまったのだった。
翌日、二人は挨拶のため第二皇女の部屋へと訪れていた。二人とも表情は硬く顔色も悪い。
(ああ、ついに来ちゃったよ……)
(どうしよう……まさかこんな日が来るなんて思わなかった……)
部屋の前まで来ておきながらノックもせずに立ち尽くす姿は、端から見たらとても怪しい光景だろう。そんな二人はしばらくすると意を決して扉を叩いた。するとすぐに返事があり入室の許可が出たので部屋に入る。
「本日より第二皇女殿下にお仕えさせていただきます、リアンナと申します」
「同じくアネットでございます」
二人は自己紹介を済ませると深々と頭を下げて跪いた。そしてそのまま頭を上げることなく相手の言葉を静かに待った。
その沈黙はとても長く感じるものだったが実際は十秒にも満たない時間だ。その間二人は生きた心地がしなかった。
「……顔を上げなさい」
ようやく発せられた第一声に恐る恐る顔を上げるとそこには一人の少女がソファに腰掛けているのが見えた。
「私が第二皇女マリア・フォン・クラウゼヴィッツ・ハルデンベルクだ」
こうして第二皇女専属侍女となったリアンナとアネットは、最初の三日間くらいは緊張しっぱなしだったが、それ以降は比較的落ち着いた日々を送っていた。
というのも基本的にマリアは皇族にありがちな理不尽さや傲慢さがまったくなく、言葉遣いこそ荒いが決して高圧的ではなく、きちんと人間として扱ってくれるため不快感を覚えることもなかった。また身の回りの世話なども必要最小限のことしか要求してこないため、寧ろ暇を持て余すくらいだった。
問題があるとすれば他の侍女や貴族からの間接的な嫌がらせだった。
「第二皇女殿下の専属……あらあらまぁ」
「お二人とも運がいいですわね。でも気をつけないといけませんわよ?」
などと遠回しに影口を叩く者もいれば
「第二皇女殿下の専属とは……その美しさを利用すれば誰か助けてくれるかもしれないよ?」
「何なら私の屋敷で雇ってあげようか。出世が望めない以上は良い案だと思うがね。対価はもちろん、わかるよね?」
などの露骨に身体を売れば助けてやるといった内容の誘いもあった。当然全て断ったが中にはしつこく食い下がる者もいたほどだ。それほどまでに第二皇女の専属侍女というのは左遷や冷遇と周囲には思われていたのである。
そんな状況下においても二人は与えられた職務を真面目にこなしていた。
その一方でマリアは冷静に二人を観察していた。
(最初は三公爵家から送り込まれた侍女かと思ったが、どうやら違ったようだな)
二人の動きを観察してわざと隙まで作ってみたりもしたのだが、密偵や暗殺者らしい動きは一つも無かった。
それどころか他の侍女たちから嫌がらせまで受けている始末であった。
(押し付けられたというところか。それなのに役割を立派に果たそうとするとは……ふむ、ならば側近として育てて見るのもありか)
後ろ盾がない以上は自ら力を蓄えるしか生き残る術はないと知るマリアは、この日から二人を本格的に鍛え始めることにしたのだった。
◆帝国東部国境砦◆
「グライスナー卿、少し宜しいでしょうか」
ガウェインの私室にブリュンヒルデが訪れたのは、夕食を終えて暫く立ってからだった。
「こんな時間にどうした? もう夜も遅いぞ」
「はい、実は少し聞きたいことがありましたので」
「立ち話もなんだ。狭いが入りたまえ」
ガウェインに招かれるまま部屋に入ったブリュンヒルデはそのまま勧められるままに椅子に座った。
「それで儂に聞きたい事とは何かな?」
「親衛隊のことです。なぜ私に勧めたのですか?」
「なるほど、そのことか」
ブリュンヒルデの質問に納得したガウェインは少し考えてから口を開いた。
「ハイドリヒ卿は帝国の現状をどう考えている」
ガウェインの問いにブリュンヒルデは静かに答えた。
「衰退しているかと」
「……やはりそう思うかね」
そう答えると同時に溜息を吐いたガウェインは再び話し始めた。
「……儂は父親が病死したために家督を継いだが、政治の世界には馴染めなかった。腹の探り合いというのが性に合わなかったのだ」
自嘲気味に話す姿にいつもの威厳はなく、どこか弱々しい印象を受けるほどだった。
「儂は家督を弟に押し付けて早々に戦場へと戻ることにした。魔導騎士として敵と戦い斬り伏せた方が帝国の為になる。そう信じたからだ」
「……」
黙って耳を傾けるブリュンヒルデに対し、一度言葉を切ったガウェインは再び問いかけた。
「君はどうだね?」
「……私はハイドリヒの生まれです。帝国の敵を排除する剣以外の何者でもありません。グライスナー卿と一緒です」
迷うことなく断言するその姿からは迷いを感じられなかった。それはブリュンヒルデの覚悟そのものだろう。
「流石はハイドリヒの者だな。しかしな……我々魔導騎士が幾ら戦場で敵を屠ったところで帝国の衰退は止まらないのだ」
ガウェインは苦々しい表情を浮かべながら言葉を続けた。
「真に帝国を思うのならば私は戦場で戦うべきではなかったのだ。不慣れでも性に合わなくとも侯爵として政治の世界で戦うべきだったのだ」
「私もそうあるべきだと?親衛隊ならばそれが可能だと?」
「皇族のお側で仕えるのだ。進言も可能であろう。少なくとも戦場で戦うよりは帝国の為にはなるはずだ」
そう言って再び溜息を漏らしたガウェインだがすぐに真剣な表情に戻ると改めて問いかける。
「どうかなハイドリヒ卿」
「……そうですね。確かに今のままでは難しいでしょう。ですが私も政治の世界は性に合いません。なにせハイドリヒ家の者ですから、そのような教育も受けていません」
そこまで言ったブリュンヒルデは椅子から立ち上がると、右手を差し出した。
「ですので政治に疎い私に色々と教えてくれませんか?どこまでやれるかは分かりませんが、挑戦してみたいと思います」
差し出された手を少しの間見つめていたガウェインだったが、やがてその手を取ると力強く握り返したのだった。
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