第51話 守りたいから

「ユッコちゃん、ユーレ症候群者が死んだら動きは止まるのかな……?」


 リーリアがボソリとそう呟く。


「……わからぬ。薬を飲んであぁなっておる以上、魔法ではない。魔力を含んだ薬が自我を失わせているじゃろうから、止まるかもしれん。じゃが、ストイーヤの話では生徒会長殿は魔力あるいは魔法によって強制的に動かす研究をしていたはずじゃ。可能性は随分と低いじゃろうが死してなお、動き続けることを否定できん」


「そっか。でも、死んでしまえば止まる可能性の方が高いって考えてるんだよね?」


「……そう、じゃな。じゃが、そんなことを聞いてどうするのじゃ?」


「……私が、スミセン先輩を殺すよ」


「お主、何を言うておる!?」


 リーリアが予想もしてなかったことを言う。

 こんな状況になっても、学生は誰一人として直接人を殺していないはずじゃ。

 手を汚していたのは、ほぼエンジ教授だったはず。

 奴なりの、責任かもしくは学生に対する気配りだったのかもしれん。


「私は、二人を助けるためならなんでもするよ。それがあの教室から助けてもらった意味だと思っているから」


「以前も言うたであろう!? そんなことのためにお主を助けたのではない!」


「じゃあどうしろっていうの!!」


「あの出血じゃ。時間が立てばお主が手を汚さなくてもいずれ死ぬはずじゃ。時間稼ぎをすれば良い」


「あれを見ても、それ言えるの?」


 スミセンに目をやれば、四つん這いの体制となり、こちらにゆっくりと向かって来ていた。

 岩を全身に纏った弊害か、自重が重くなりすぎて普通には歩けなくなったのかもしれん。


「あぁなっちゃうと、ワタシでも転ばせたりするのは難しいかな……」


「そうだよね。それなのに、ミアルが危険を冒してまでできるかわからない時間稼ぎをする意味なんてない。

 だから、私がスミセン先輩を殺すよ」


「……どうやってじゃ。奴は魔力を吸収し、魔法を無効化する。お主が魔法を使っても無意味じゃ」


「直接魔法はぶつけない。ファイヤーウォールでスミセン先輩を囲う」


 熱によって間接的に焼くということか……。

 それなら確かに、魔法を無効かさせられずに倒す手段としては有効かもしれぬ。

 魔法に触れられては吸収されてしまうじゃろうが、奴は四つん這いとなり移動するスピードはかなり遅い。


 じゃが。


「そんな規模の魔法を使えば、発症するかもしれんのじゃぞ?」


 奴らに噛まれた者は、魔力が少なくなると発症してしまう。

 発症したナナイは治療できた。

 じゃが、未だ発症していないリーリアやモイブが治療できている、あるいはできるという保証はどこにもない。

 噛まれてからこれほど長時間発症せずにいた例は他にないから、違う症状が出る可能性もある。


「どうなるかわからないのはわかってる。それでも私は構わない。

 だけど、二人に危害を加えてしまうことだけは絶対に嫌だから、その時はミアル。お願いね」


「……嫌、だよ。そんなの嫌だよ!

 ワタシは大切な人を守るために強くなったんだ! それなのに、それなのに、そんなお願いなんて……しないでよ……」


「ごめん……。でも、私だって二人を守りたい。今は、これしか思いつかないから……。

 全員がやられちゃうよりは、きっといいと思う。

 だから、魔法陣を書き終わるまでスミセン先輩の注意を逸らしていてほしいんだ」


 力なく、だけどわしらを安心させるためにリーリアは笑って、言葉を紡ぐ。


「でも……でも……。

 そんなことするくらいだったら、死んでもワタシが時間を稼ぐよ……」


 文字通り、ミアルは死を賭して時間稼ぎをするつもりじゃろう。


「ミアル」


「ユッコちゃんまで……」


「リーリアを連れて訓練場まで逃げるのじゃ」


「何、言って?」



 二人がここまでしようとしてくれておるのに、わしは何をしておる?

 わしにも、力があるのじゃろう?



「その間、スミセンの注意はわしが引きつける。韋駄天を掛けてもらえればなんとかなるじゃろう」


「バカなこと言わないで! ユッコちゃんになんとかできるわけないじゃない! だから私が」


「……クロネ、クロカ。リーリアの意識を奪うのじゃ」


 一匹と一羽は一声鳴くと、両サイドからココンとリーリアの頭部に向かって衝撃を与えた。

 本館で奴らの意識を奪っていたのは脳震盪を起こさせていたのか。


「ユッコちゃん!?」


「ヤークト教授も同様に頼むのじゃ」


 再度、クロネとクロカは一声鳴き、ヤークト教授の方へ向かい気絶させる。


「このままではみな死んでしまうのじゃ。

 ミアル、すまんが三人を訓練場へと連れていき、しっかりと扉を締めてはくれぬか」


「な、なんで……なんで、こんなこと、するの……?」


「考えがあるのじゃ。わしなら……わしならきっとなんとかできる……」


「どう、やって……?」


「すまぬが、それは言えぬ」


「そんなんじゃ信じられないよ! いつもみたいに説明して、信じさせてよ!

 だれも、だれも居なくならないって! 信じさせてよ!」


「つべこべ言っている暇なんてないんじゃ! このままでは、リーリアも教授らも、死んでしまうのじゃぞ!

 わしが招いた種じゃが、ミアルには三人を助けてやってほしいのじゃ」


 自分が引き起こした事態にも関わらず、無茶苦茶なことを言っているとは思う。

 じゃが、わしにもこうするしか方法が思いつかなかったのじゃ。


「……。三人を訓練場に連れていったら、ワタシもすぐ戻ってくる。

 だから、無事でいて。<韋駄天>」


「ダメじゃ。絶対に来てはならぬ」


「……」


 ミアルはわしを一睨みすると、リーリアを抱えて走り出す。

 その背に向かってわしは呟く。


「短い学院生活じゃったが、お主といられて楽しかったのじゃ。ありがとう、ミアル」




 わしはもう、何もせずに後悔などしたくない。


 呪いなど怖くない!


 大切な人を守りたいのは、お主らだけではないのじゃから!

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