第50話 まるゾン

 飛び出して来た影は、案の定というかなんというかミアルとリーリアじゃった。


「ユッコちゃん! 大丈夫!?」


 わしが隠れていた死者の壁に、二人も滑り込んでくる。

 わしがミアルに抱えられるも、三人で隠れるにはいささか狭い。

 というよりは少しはみ出しておるの。


「わしは平気じゃが、エンジ教授が攻撃を食らって気絶しておるのじゃ…。

 ミアル達の方、訓練場はどうなったのじゃ?」


「ユーレ症候群者は全員気絶させたよ。残ってる生徒会メンバーもモイブ先輩達が拘束してるけど、残っている人達は今回のこと知らなかったみたい」


「そうか。それなら訓練場まで辿り着ければ一安心じゃの。

 まぁ、こちらはスミセンが暴走しつつも少しだけ理性が垣間見えてやっかいでどうにもならんのじゃが。有体に言えば、打つ手がない状態じゃな」


「え? あれってスミセン先輩!?」


「あ、本当だ……あの顔の陥没具合はヒリア教授に殴られたスミセン先輩で間違いないかも」


 リーリアの素直な感想に、なんだかスミセンが哀れに思えるの。

 そんなことを言うておる場合じゃなかったか。


「恐らくなのじゃが、奴は魔法を吸収しておる。わしの停滞魔法も、ヤークト教授のアースプリズンも奴に魔力を吸収されて、無効かされてしまったように思う。

 それに全身が岩に覆われておって、生半可な攻撃では通用しなくての」


「それなら、ワタシの出番ってわけだね!」


 右手を左の掌にパシッと叩きつけて、ミアルが気合いを入れていた。

 身体強化魔法で強化したミアルであれば、その優れた格闘技術でスミセンを倒すことができるかもしれん。


「身体強化魔法であれば魔力は吸収されんとは思うのじゃが、前例の無い自体じゃ。身体強化魔法ですら吸収されてしまうようならすぐに戻ってくるのじゃぞ。

 それに、奴は意識がないからか、わしらの魔力を吸収しておるからか、魔力の枯渇など気にせずに魔法を放ってくる。どんなことをしてくるか予想がつかんから、十分に気を付けてほしいのじゃ」


「おっけーおっけー。それじゃ、ダブルを掛けるから、ディレイをよろしくね。

 <英雄の腕・ダブル>、<金剛体・ダブル><韋駄天>」


 ミアルは身体強化の魔法を二重に掛け、効果を高める。

 身体強化の魔法は効果が高ければ高い程、その効果時間が短い。

 それを補うために、停滞魔法を掛ける。

 韋駄天は移動速度が上がるが、体のコントロールが難しくなるから、通常通りで使用するのじゃろう。


「よっし、それじゃ行ってくるよ! 二人はワタシがまもーる!」


 ピョンピョンと軽くジャンプして、そのままの勢いで一気にスミセンとの距離を縮めるミアル。

 直前で跳躍し、回し蹴りを頭部にお見舞いして態勢を崩すと、着地と同時に乱打を見舞う。

 ミアルの拳がヒットする度に体がわずかに揺れるものの、岩に覆われたスミセンにダメージが入っているかはここからではわからない。


 乱打が十秒ちょっと続いた後、ミアルは回し蹴りを放ってスミセンを吹き飛ばす。

 そして、わしらの元へと素早く戻ってくる。


「ふぅーー。アレはヤバイかもね」


 大きく一息吸って、ミアルは頬を掻きながらそう言う。


「マジじゃ?」


「マジマジ。あれ、エクウィップウォールが二重か三重で掛かってるよ。ちょっとやそっとじゃスミセン先輩にダメージを与えるのは難しいかもしんない」


「なら奴を転がしてしまうのはどうじゃろうか? 何重にも岩を纏っているのなら、重さも相当じゃろう。起き上がるのも困難になるのではないか?」


「それはいい案かも! よっし、またちょっと行ってくるよ。念のためディレイもう一回お願いできる?」


「わかったのじゃ」


 わしは言われた通りに、英雄の腕が掛けられている腕に手を添えて魔法を発動させる。

 その時、ミアルの手に赤い物が見えた。


「ミアル!? お主、手が……!?」


「はは。思ったよりもスミセン先輩は固かったかな」


「お主、そんな手では碌に攻撃などでき「ワタシはね。もう、守りたいものを守れないなんてゴメンなんだ。

 だから、止めないで。じゃ、行ってくる!」


 ミアルはわしの静止の言葉を遮って、そう言った。

 そしてまた、一気にスミセンへと向かって走り出す。


 先程の攻撃を繰り返すかのような跳躍からの回し蹴り。

 着地後は先程と違って殴打、蹴りを頭部へと集中させる。

 少しずつスミセンの上半身が後ろへと傾いていく。


 顔以外は岩で全身を覆われているスミセンの自重は相当なものじゃろう。

 それが傾いてしまえば、倒れるのは必然。

 ミアルは上半身が傾いたのを確認すると、跳びひざ蹴りをスミセンの顔に叩きこんだ。

 その攻撃が決め手となり、スミセンは地面へと倒れていった。


「ふぅ。これでしばらく動けないはず! 教授達と一旦訓練場に戻ろう!」


 そう言いながら戻ってくるミアルの後ろで、ゆっくりと動くスミセンが目に入った。


「なん……じゃと……!?」


 人間ではありえぬ動きで、ボキッゴキッと背筋が凍るような音と共にスミセンが立ち上がってきた。

 さらに、全身を覆う岩の隙間から、大量の血を流しながら。


「ま、まるで……ゾ、ゾンビなのじゃ……」

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