第49話 油断大敵

 エンジ教授はディレイが掛かったスミセンを中心に左側へ回りこむようにして近づいていく。

 ヤークト教授が魔法陣を書き切るまで注意を向けさせないことと、流れ弾が行かないようにじゃろう。


 さらに自分に注意を引くためか、接近戦を挑む様子を見せておる。

 そんなエンジ教授の方へスミセンがゆっくりと向き……。

 んん!? だんだんと動きが普通の速さに戻っていっておる!?


「エンジ教授! ディレイの効果が切れそうなのじゃ!!」


 なぜじゃなぜじゃなぜじゃ!?

 確かにディレイは効果を発動しておった。

 実際にスミセンの動きは最初は鈍かったはずじゃ。

 いくらなんでも効果が切れるのが早すぎる!


「ふん。問題ないっ」


 エンジ教授はその言葉通り、接近して剣を振るい注意を引いた。

 じゃが、岩の装甲で覆われたスミセンにはさしたる傷は付けられない。

 さらに火魔法を立て続けに放つも、やはり効果はなかった。


 二人が戦っている間も、奴らがどんどんと集まってくる。

 エンジ教授はスミセンだけでなく、周囲の奴らにも気を配っていて、拳銃や魔法で着実に攻撃を当てていく。

 わしとヤークト教授の周囲は、クロネとクロカが守ってくれている。


 その間に、わしはスミセンをよく観察してディレイの効果がなぜすぐ切れたのかを思考する。


 ミアルのように力任せにディレイの効果を無視することはできる。

 じゃが、それは効果が切れるのではなく、身体強化魔法の効果でディレイ以上の力を出すからじゃ。

 スミセンが身体強化を使ったような素振りはなかったし、そもそも適正もないはず。


 わしが考えている間も、効果的な傷は与えられないものの、エンジ教授はしっかりと時間を稼ぎ切った。


「準備できました! 離れて下さい、エンジ教授!」


「了解した!」


 エンジ教授はすぐさま後方へと飛び退く。

 スミセンや奴らの動きは遅く、その場からあまり動かない。


 ヤークト教授がアースプリズンの魔法を発動した。

 すると、地面からドーム状に土が盛り上がって行き、スミセンを中心として、数人の奴らを閉じ込めることに成功する。


「ふぅ。エンジ教授、危険な役割をお願いして申し訳なかった」


「いや、お互いやるべきことをやっただけのことだ」


「まだ、周囲には奴らがおるがの」


「ユーレ君のいう通りだ。さぁ気を抜かずに訓練場まで戻るとしましょう」


 先程と同じように、エンジ教授を先頭にして訓練場へと向かう。

 奴らはエンジ教授が倒し、さらにヤークト教授の魔法で閉じ込められたからか随分と数が少ない。

 あ、おじいさまが食い止めてくれてるというのもあるの。

 もはやゴールしたも同然じゃな。


 と、目の前のエンジ教授が横に吹き飛んでいく。


 ?


 なんじゃ?


 エンジ教授はどうしたのじゃ?


 頭から血を流して、倒れておる……のじゃ?


「ユーレ君! 伏せて!」


 視界が急に低くなる。

 頭を押さえつけられるような感覚。


 なんじゃというのじゃ?


 周囲を見ればドーム状の土壁に穴が空いており、そこからスミセンが出ようとしていた。


『ユーレ、少しの間わしに変われ』


 体が自然に動きだす。

 体制を低くして、死者の影へ隠れる。

 いつの間にかおじいさまが複数の死者を操り、積み重なるように倒れさせていた。

 わしが移動したのを見て、ヤークト教授も移動をしていた。


『冷静になるのじゃ、あの教授はまだ死んではおらんよ』


「……そうか、よかったのじゃ。すまない、おじいさま」


 おじいさまの言葉で少し、頭を冷やす。

 じゃが、スミセンは十分な時間を与えてくれはしなかった。


「ウアァァアアアア!」


 土壁から出てきたスミセンは大きく吠えると、周囲に見境なく石の礫が発射する。

 おそらくストーンスプラッシュを連続発動しておるのじゃろう。


 倒れたエンジ教授の方を確認すると、ヤークト教授が付き添っており、土魔法で防御している。


 普通の人間であればあんな無茶な魔力の使い方をすれば魔力がすぐに枯渇してしまうじゃろう。

 正気をうしなっておるからこそできる芸当に違いあるまい。


 …………。


 魔力がすぐに枯渇する……?

 奴らは魔力反応し、魔力を求めて行動をする……。


 ディレイの効果はすぐに切れ、強固な魔法であるアースプリズンの一部に穴が空いている……。


 魔法を! 魔力を吸収したのかっ!?


 って、それめちゃめちゃヤバイのじゃ!?


 体は岩の装甲で覆われ生半可な攻撃は効かない。

 さらに、魔法は吸収されてしまう。

 一体どうしろというのじゃ!!


 周囲に放たれる石の散弾は他の奴らを巻き込んで、わしら三人に襲い掛かる。


 一旦、教授らと合流して訓練場に避難してから仕切りなおすしか……。


「うっひゃう!!」


 走り出そうとしたわしの目の前を、石の弾が通り過ぎていく。

 なんじゃあやつ! わしを逃がさんつもりかっ!

 やっぱり微妙に理性が残っておるのか!?


 スミセンを見ると、まっすぐにわしを見ていた。

 注意を引いておったエンジ教授が倒れて動けぬ今、今度の獲物はわしというわけか。

 ヤークト教授はエンジ教授を守るため動けんじゃろう。


 この状況をどう打開すればよいのじゃ……?


「「ユッコちゃん!」」


 訓練場からわしの名を呼び、飛び出してくる影が二つ、視界に飛び込んできた。

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