第48話 しつこい男

 奴らの動きは早くはない、それどころか遅い。

 そのおかげでまだ厚い包囲網は完成していないのが救いじゃった。


(おじいさま、奴らが集まってくる前に訓練場と本館の通路にゾンビでバリケードを作ってほしいのじゃ)

(グラウンドからの合流を防ごうというのじゃな。あいわかった。この二人に気づかれぬようにするために、遠くにいる死者を少しずつ操る。時間がかかるぞい)

(わかったのじゃ)


 エンジ教授は右手に剣を持ち、左手には拳銃を構えて訓練場に向かって走りだした。

 武器の他にも、よく見れば魔法陣を刻んだであろう指輪などの貴金属も複数身に着けておる。


 わしらが生き残るためには仕方がないこととはいえ、走りながら戦うエンジ教授の攻撃は苛烈じゃった。

 遠距離は魔法によってゾンビを焼き、中距離では拳銃によって正確に急所を打ち抜く。

 近づかれればヤークト教授とわしの援護で奴らの動きを止め、鈍らせた所を剣で切り裂く。


 こんな、こんなことにならんようにわしはなんとかしたかったというのに……。


「エンジ教授、左右前方に魔法を使うゾンビがいる! 私がウォールで右側を防ぐ!」


「わかった。左は私がなんとかしよう」


 わし個人の感傷にひたっている時間などない。

 次々に集まってくる奴らの中には、魔法を使う生徒が混じり、着実に包囲されていく。

 包囲がやや薄い箇所はおじいさまに防いでもらっている訓練場側なので、このままいけばなんとか訓練場に辿りつけるだろう。

 二〇人近い奴らに囲まれている状況は決して楽観視できないのじゃが。


 わしの懸念とは裏腹に、奴らを倒しながらも訓練場に進むことができた。

 そして、後二〇メートルという所まで来て、わしの目の前を石の弾丸が通りすぎる。

 あと二歩前に出ていたら、直撃していたであろう。

 あきらかに、奴らの意識のない魔法ではなく、意思を持った攻撃じゃった。


 魔法が放たれた方を見てみれば、距離は少しあるが見覚え……があるような気がする生徒が立っておった。

 顔を陥没させられているから、おそらく……。


「お主も大概しぶといの」

「スミセン、くん……?」


「オ、オマ、エタチハ、イカセ、ナイ……。アノカタ、ノ、モトニハ……」


 まさか、意識があるのかっ!?

 ……明確な理性は感じないのじゃが……執念とでも言うのじゃろうか……。


 生徒会長殿の奴らを操る魔法によって引き寄せられたのじゃろうが、そもそも奴らは階段の上り下りなどできないと思っておったんじゃがの。

 あ、そうか。

 上ることはできなくても落ちることはできるのじゃな。

 生徒会長殿の魔法で階段から落っこちながらもここまで辿り着いたのかもしれん。


 どうしてここにいるかより、どうやってここを潜り抜けるかを考えねばならん。


「他の奴らと違ってあきらかにわしを狙ってきたのじゃ」


「貴様に余程執着があるように見えるが?」


「理性のない男に付きまとわれるのなぞごめんじゃよ。なんとかしてくれんかの? 教授」


 必殺、お願いのポーズ!


「ふん。こんな時ばかり生徒面しおって。

 どちらにせよ、この生徒をなんとかしなければならないのは変わりあるまい」


「彼、スミセン君なら今回のことを少なからず知っているかもしれません。彼を殺さずに生け捕りにはできないか試してみましょう。ユーレ君なら治療できると思っていいかな?」


「おそらく……ですじゃ。じゃが、スミセンは他の奴らと違って、薬を一人で飲み干しておる。治療できる保証はないのですじゃ」


「殺意を持って魔法を使ってくる者に、加減などできん。生かしてというのは保障しませんよ、ヤークト教授」


「……わかりました。安全が優先です。それで構いません」


 わしらがスミセンをどうするかを話している内に、スミセンは自身の体の多くをエクウィップウォールによって覆っていた。

 体を岩で守るその魔法によって、生半可な攻撃は通じなくなってしまったじゃろう。

 こうなってはクロネやクロカの攻撃程度では大して役にたたん。

 実際にエンジ教授が放った拳銃による弾丸は、いとも簡単にスミセンを覆う岩によって防がれてしまった。


「ふん、やっかいな相手だな。ならばこれでどうだ。<ファイヤーボール>」


 ファイヤーボールは見事着弾するが、スミセンは倒れることなくその場に立ち続けていた。


「イカセ、ナイ……<ストーンバレット>」


「<ロック>!」


 岩の弾丸が射出されるその瞬間に、わしは固定の魔法を放ち、距離を取る。

 遅れて、岩の弾丸放たれるも誰も直撃することはなかった。


「どうするのじゃ……」


「貴金属に仕込んである魔法陣程度の魔法じゃ、スミセン君を傷つけることは難しいね」


「……。私が時間を稼いでいる間、奴を倒せる魔法陣を準備できますかな? ヤークト教授」


「アースプリズンの魔法陣を準備します。五分、時間を稼いで下さい。」


「了解した。貴様も手伝え」


「……わかったのじゃ。じゃが、援護くらいしかできんぞ?」


「それ以上など期待しておらん」


「<ディレイ> これで奴の動きを数分は遅くできるじゃろう。魔法を使ってくるようなら固定の魔法で発動を数秒遅らせられるのじゃ」


 ディレイは距離があれば避けられることもあるが、岩で覆われ、意識もはっきりとしていないであろうスミセンには容易く当てることができた。


「十分だ。行くぞ!」

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