第46話 死霊術

『久しいのぅ、ユーレや』


 わしの口から、わしの物ではない言葉が紡がれる。


「ご無沙汰してますのじゃ、おじいさま」


『随分と見ない間に、言葉遣いが珍妙になりおったの』


「おじいさまの口調に合わせておるのじゃ。おじいさまを呼んだら、急に口調がおかしくなったと怪しまれるでの」


『ほっほっほっ。わしを呼び出す時点で口調どころではない気がするがの』


「確かにの」


『まぁよい、記憶を少し見させてもらうでの。ユーレもわしの記憶から勉強するとよい』


「ありがとうなのじゃ。おじいさまの知識、学ばせてもらうのじゃ」


 サモンソウル。

 それは現世に留まったままの死者の魂を呼び出し、自身に半憑依させる魔法である。

 呼び出した魂と記憶を共有することができ、術者が許せば体を一時的に譲り渡すこともできる。


 わしがこの歳で学院に入れたのは、おじいさまの知識を学ばせてもらったからということは否定できんくらいに、色々と学ばせてもらった。


「ど、どういうことだ……? ユーレ君がフランシス・シュタインの孫娘で、死霊術士? それに、今の魔法は?」


『ふむ。おおよその事は理解した。して、わしに何をさせようというのじゃ? あまり死者に鞭打つでないぞ?』


「ゾンビジョークがきついのじゃ。

 おじいさまにはネクロマンスで周囲の死者を操ってもらいたいのじゃ。

 生徒会長殿を捕まえんとならんでの。もし奴らを仕掛けてくるようなら対抗してほしいのじゃ」


『その生徒会長とやらがお主を狙ってきたらどうするつもりなのじゃ?』


「クロネとクロカがいるでな。どうとでもなるじゃろう」


『あいわかった。こちらはまかせておくと良い<ネクロマンス>』


 おじいさまがわしの体を使って、メガネに仕込んである魔法陣に魔力を流し、死霊術を発動させる。

 打ち捨ててあった死者の体が一瞬光る。

 じゃが、それらが動くことはない。


「さぁ、生徒会長殿。大人しくわしに捕まってくれんか。

 お主であれば奴らを元に戻す方法を知っておるのであろう?」


「……。君には驚かされてばかりだ。だけど、はいそうですかと捕まる程、僕も自分のしたことが許されないことであると自覚しているよ。それに、元に戻す方法は本当にわからなくてね」


「なんじゃと!?」


「でも、君も予想している通り、あいつらを操る方法なら知っているけど、ねっ!」


 生徒会長殿が手をかざして、指輪が光る。

 が、何も起こらず周囲を警戒していると、奴らが何かに引き寄せられるようにこちらに集まってきていた。


「君はこれが役に立たないなんて断じてくれたけど、そんなことあるわけないがない。死を恐れぬ兵士の力、身を持って味わうといい!」


『妙な動きじゃのぅ』


「大した仕掛けではないはずじゃ。奴らは魔力に引き寄せられる。恐らくそれだけじゃ」


『羽虫のようなものか。死霊術士も舐められたものじゃな。<オーダー>奴らを近づけるな』


 おじいさまは集まってくる奴らに対し、死霊術で死者に奴らを防ぐよう命令オーダーを与える。

 先程までは動かなかった死者たちが一斉に動きだし、徐々に集まってくる奴らの前に立ち塞がる。


「……本当に死霊術士なんだね、君は。

 ふふ、はは、あははははっ! 君がほしい! 君がほしいよユーレ君! 僕の物になってくれ!!

 君と僕がいれば、不死身の軍隊が作れるっ!!」


『随分と見ない間に、モテる女になったもんじゃのう』


「まったく、男どもはロクな冗談を言えんの。

 お主がほしいのはわしではなく、死霊術じゃろう? 

 お生憎様じゃが死霊術は呪いじゃ。そうそう使うものではない」


「はったりを。現に君は今使っているじゃないか」


「お主が思う無敵の軍隊を率いておったフランシスが何故死んでおると思う? その家族は?

 死霊術は、使えば使う程術者を呪い、いずれ死を与える魔法なんじゃ。

 使いすぎればその魂をも蝕み、安らかな死など得られず、現世に魂を縛られる……。

 それを防ぐには、死霊術を使わずに長い時間をかけて浄化するしかないんじゃよ。

 わしは自殺志願者ではないのでな。余程のことがない限り使いはせんよ。今がその余程の時というだけであっての」


「だとしても僕は君のことがほしい! 死霊術もそうだが、君の知性はとても魅力的だよ。

 あまり気は進まないが、力づくでも君を手に入れるとしよう!」


 生徒会長殿は奴らの動きが死者によって妨げられているからか、自身でわしに向かってきた。


「クロネ! クロカ!」


「フシャーッ!!」

「カーッ!!」


 二匹は鳴き声を上げるとすぐに生徒会長殿へと距離を詰める。

 そして、死霊術によって強化された体で生徒会長殿に体当たりをしてその勢いを殺すと、クロネはその鋭い爪と牙で、クロカは強固な嘴で生徒会長殿を攻撃する。


「なっ!? なんだこいつらはっ!」


 不意を突かれた生徒会長殿だったが、さすが戦場を経験したと言うだけあって、対応が早かった。

 訓練場のどこかに隠していただろう剣を振ってクロネとクロカを追い払う。

 じゃが、小さく素早いネコと空を飛ぶカラスの同時攻撃の全てを防ぐことはできない。


「離れろ!! <ファイヤー>」


 生き物であれば火を恐れる。

 じゃが、二匹は死霊術で動いているだけじゃから、生徒会長殿の予想を裏切り、そのまま攻撃を続けていた。


「くそっ! <ファイヤーボール>」


 ファイヤーでは効果がないと見るや、より強力なファイヤーボールを発動する。

 クロネはわしの所まで戻り、クロカは空へと逃げる。

 クロネとクロカが優勢に見えるが、致命傷は簡単には与えられそうもない。


『このまま戦いが長引けば、奴らがどんどんと集まってくるの。魔法を使う奴が出てきおったらオーダーを何度も使うことになってしまうぞい?』


 死者への命令はオーダー一回につき、一つ。

 あまり複雑な命令はできないし、操る対象が多ければ魔力量も多くなる。

 魔法を防ごうと思ったら都度オーダーが必要になってしまい、いずれ魔力が枯渇するか、オーダーが追い付かなくなる……。

 こちらの不利を悟らせたくないの……。


「どうじゃ、わしはお主の手札には全て対抗してみせたぞ? 大人しく投降したらどうじゃ?」


「このネコとカラスも死霊術だというのか……。やはり、素晴らしい。

 力づくで君を手に入れるのは難しいか……。それなら、搦め手を使わせてもらうよ」


 生徒会長殿は片手を訓練場の方に向け、先程と同じように指輪を光らせる。


「姑息な手を使うの……。用具倉庫に閉じ込めていた奴らを暴れさせようと言うのか?」


「はは。そうだね。君の言う通りだ。だけど、それだけじゃないさ。

 ゾンビの暴走を止めるためにミアル君は動けないのだろう? だったら、僕の勝ちだよ」


 訓練場から足音が聞こえてきた。


「万が一に備えて生徒会メンバーを訓練場に待機させておいたんだ。これで、形勢逆転だ」

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