第39話 訓練場の今

 ミアルが訓練場に突入してから早くも一五分が立つが、変わらず喧噪は続いている。

 突入前に強化魔法に停滞魔法をかけているが、後一〇分もすれば効果は切れるてしまうじゃろう。


 わしは突入したくなる気持ちを抑えて階段で待っている。


「このまま待っているべきじゃろうか……」


「ユッコちゃん、もうその言葉三回目だよ? ミアルを信じて待とうって言ったじゃない。

 それでも、どうしても心配なら私が行くよ」


「じゃが……」


 どうするべきか逡巡しておると、下から誰かが登ってくる音がした。


「ミアル、無事であったか!?」


 まだ距離があったが、わしは気が急いて声をかける。


「あ、ユーレさんとリーリアさんですね!? 私は生徒会のセーカと言います!」


 わしの問いかけにセーカと名乗る者が大声で返す。


「ミアルはどうしたのじゃ!!」


「すいません! そちらに着いたらお話しますから待ってて下さい!」


 わしが急いで降りようとすると、リーリアに腕を取られて止められた。


「な、何をするんじゃ!」


「ユッコちゃん、落ち着いて。これがヤークト教授の罠だったらどうするの?

 私達が人質に取られたら、ミアルが捕まっちゃうよ」


「な! いや、そうじゃな……。冷静さを欠いておった。すまんのじゃ」


「少しでも情報を引き出して行動しよう。何かあったら私が前に出るから」


「わかったのじゃ」


 セーカは急いで登ってきたのじゃろう、すぐにわしらの所までやってきた。


「はぁはぁ。ミアルさんが、大変なんです。急いで、訓練場へ……」


「落ち着くのじゃ。少し休んでからで良い。その間に何があったか教えてくれんかの。何も知らぬままいけば逆にミアルの足枷となろう」


 セーカは訓練場で今、何が起こっているか話してくれた。


 今日の夕食後、街から逃げてきた人達が次々に体調不良を訴え、それらの人々は全員ゾンビ化して暴れだしたようだ。

 元々街の人達は生徒達からは距離を取った場所に居たので、生徒達は噛まれることがないまま鎮圧し、ゾンビ化した人達は訓練場から放り出された。


 無事だった人は小さな兄妹の二人だけで、その二人も街から来たのだからゾンビ化する可能性が高いのではないかと言われ、縛られて隅に隔離された。


 ここまでは学院外の人ということもあり、なんとか教授らが統制を保っていた。

 が、生徒からも数名ゾンビ化が起こってしまった。


 直前に街の人らが訓練場に出されたことを見ていたからか、体調が悪いことを他の者に悟らせないようにしていたようだ。

 そのせいで発覚が遅れて対応が後手へとまわり、噛まれてしまう生徒が出てきてしまった。


 それを見た生徒の反応は様々だったようだ。

 ゾンビ化した生徒を取り押さえる者、噛まれた生徒を取り押さえる者、自分じゃない誰かをゾンビと疑い出し、排除しようとする者。


 取り押さえる最中、ゾンビ化した生徒は魔法を使い、周囲の生徒に怪我を負わせた。

 数人掛かりで取り押さえることには成功したが、魔法を使ってきたことに恐怖と戸惑いを覚えた生徒は多く、混乱は収まらなかった。


 それを制したのは天井に向かって魔法を放ったエンジ教授だ。


 放たれた魔法は見事天井を破壊し、瓦礫が訓練場内に降り注ぐことで注目を集めると一言「騒いだ者は撃つ」と言って拳銃を生徒達に向けた。

 ちなみに、この時の魔法がユーレ達が確認したSOSの魔法だったようだ。


 一時静かになった生徒達だったが、一部の者がエンジ教授の行動に抗議の声上げる。

 そんな中、さらにゾンビ化を発症した生徒が現れ、別の生徒を噛もうとした。

 それにいち早く気づいたエンジ教授は引き金を引き、生徒を殺してしまう。


 上がる悲鳴、逃げ惑う生徒。

 それを制したのはやはりエンジ教授の銃声だった。

 天井に放った拳銃を再度生徒の方へ向けるが、他の教授らがそれを止める。


 生徒達に距離を取って相互に見張ることを告げると、教授達は話し合いのために下がった。

 理性的な者を撃つほどエンジ教授は短絡的ではないし、拳銃が使われるとわかれば魔法で身を守ることは造作もない。

 教授間の話し合いは一応穏便と評することができる範囲で行われた。


 エンジ教授はやりすぎだ批判されたが、発症者への対処や生徒達への統制方法について良い案はなく、結局二つのグループに別れることになってしまう。

 安全のために積極的にゾンビ化した者の排除を行うというエンジ教授を中心としたグループと、殺さずに捕らえ治療法を探そうというヤークト教授を中心とするグループに。


 教授達の方針が生徒に伝えられるとほとんどの生徒達がヤークト教授を支持する。

 自分が殺されてしまう可能性が低い、守ってもらえる可能性があるヤークト教授らと一緒に行動したいと思うのはある意味で当然のことだろう。


 ただ、エンジ教授に支持する者も少数ながら存在した。

 いくらゾンビ化した生徒を捕縛しようとも、魔法を使われては命の危険があるからだ。


 二つの陣営に別れ、実際に訓練場で左右を分断して過ごすこととなった。


 両陣営が別れて膠着状態となって約一時間、ヤークト教授グループからまたゾンビ化した生徒が現れた。

 殺さずに捕えようとした彼らは、ゾンビが魔法を使ったことによって手痛い傷を負ってしまう。

 最悪なことに、魔法を使うゾンビを捕まえることができずに結局殺してしまうことになった。


 パニックは助長される。

 人が人を疑い、奇妙な行動と指摘されれば殺し合いが始まる。

 地獄だと、誰かが呟いた。


 ミアルが突入したのは、そんな地獄が始まった頃だった。

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