第38話 恐怖や心配の後には気も緩むというものじゃろう

「ふぅ~。なんとかなったねぇ~」


「あぁ。皆に大きな怪我がなくてよかった。盾もまだ大丈夫だろう」


 最前線で奴らの攻撃や魔法を防いでいたモイブの制服も所々破れておった。

 幸い大きな怪我はなく、小さな傷は回復魔法で癒せるから今の所問題はない。

 ミアルも風魔法はよけきれずに食らっておったが、金剛体のおかげか大きな怪我はないようじゃ。


「ひとまず皆が無事でよかったわ。でも、訓練場で何が起こっているかわからない以上油断しないように」


「でも教授、どうやって訓練場に入ります? 昨日はワタシ達見張り台から入りましたけど、この人数じゃ絶対無理ですよ?」


「そうなのよねぇ。この状況で素直に扉を開けて貰えるとも思えないし、かといって扉を壊して入るわけにもいかないし……」


 ヒリア教授は酔っ払いモードからはとうに元に戻っている。

 身体強化魔法は効果が高ければ高い程、持続時間も短いからの。


「見張り台からSOSの魔法が打ち上げられたんですよね? だったら、ここから魔法を上げれば気づいて貰えるんじゃないんですか? 校内のユーレ症候群者達は気絶してますし、落ち着いて行動できるんじゃないかなって」


 さすがリーリア。

 実にまともな意見じゃ。


「見張り台に今も人がいればいいけどな。あっちに何があったかわからない以上、もういない可能性もあるんじゃねーか」


「う~ん、その可能性もあるわね。他に何か案がある人いる?」


「また、ワタシ達三人で見張り台まで行って、中の状況確認したら扉を開けるっていうのはどうです?」


「もし訓練場内がそれ所じゃなかったらどうするのじゃ?」


「そうだね、見張り台から飛び降りて戻ってくる!」


「お、恐ろしいのじゃ!?」


「ダイジョブダイジョブ~」


「その自信はどっから出てくるのじゃー!」


「昨日は怖い怖い言いながら楽しんでたじゃん」


「登るのと飛び降りるのは大きな違いがあるじゃろうーがぁ!」


「ユッコちゃんの気持ちはともかく、一番それが手っ取り早い手段な気がするわね」


「ヒリア教授!? 他人事だと思っておるじゃろう!?」


「扉を開けられるような状況だったら、見張り台から合図を貰えれば五分後に訓練場に向かうわね」


「無視はひどくないかの!?」


「それなら私がファイヤーの魔法で合図します」


「そう、それじゃあ決まりね。三人は準備して頂戴」


「わしの意見は……」


「嬢ちゃん、あきらめろ……」




「うひょー! <ロック>」


「ほら、やっぱり楽しんでる」


「あわわわ。<ウォール>」


「リーリア、さっきの勇ましさはどうしたのじゃ! <ロック>」


「二回目でもやっぱり怖かったよー! <ウォール>」


 わしらは今、空中をぴょんぴょん飛んでいる。


 準備といっても大してすることもなかったので、念のためパンと水と魔力回復薬だけ持った。

 昨日と同じようにミアルにわしとリーリアがひっつき、飛び回っている状況じゃ。

 違う所は、クロネがわしにしがみついていることじゃろうか。


 クロネについてはみなから質問にあったのじゃが、こっそり餌付けしていたと誤魔化しおいた。

 不信な顔をされたが、今はそれどころじゃないとリーリアが話を逸らしてくれたおかげで助かった……のか?


 そんなことより空の旅である。

 順調に辿りつけるとか思ったんじゃが、暗くて見張り台がはっきり見えずに着地ができないという誤算があった。


「二人とも、ちょっとくらい痛くても平気?」


「平気なわけないじゃろ!! <ロック>」


「でもこのまま、空中を飛び回りながら少しずつ近づいて行くんじゃ、魔力使いすぎちゃうよね?」


「うん、まだ余裕はありそうだけど、ずっとこのままはやばいかも……<ウォール>」


「それじゃあリーリア、明かり出して! 早くしないと跳ぶよ!?」


「ちょ! えぇ!? ま、<ウォール> <ファイヤー>」


「オーケー、しっかり捕まって!」


 一際大きく飛んだわしらは、無事に見張り台へとたどり着くことができた。


「ふぃ~。さすがにゴールが見えない状況には恐怖を覚えたの。

 なんにせよ無事に到着できてよかったのじゃ」


「でも、誰もいないねぇ。中で何かあったのかな?」


「決めつけるのは危険じゃが、ヤークト教授が何かしら暗躍している可能性は高いじゃろうな」


「それじゃ、一休みして気合入れていかないとね!」


「そうじゃな。リーリアは本館でもここでも魔法を沢山使ったんじゃ、ちゃんと魔力回復薬を飲むのじゃぞ」


「……うん。ありがと、ユッコちゃん」


 両手にトンファーを持ったミアルが先行して階段を降りる。

 長い階段には本館や研究棟と同じく照明用のランプがあるので、リーリアが明かりを灯す。


 わしは二人の袖を掴んで恐る恐る進む。


「ワタシ、時々ユッコちゃんの怖がりポイントがわからなくなるよ」


「人は未知と暗がりが怖いものなのじゃ」




 暗く長い階段をゆっくりと降りていくと、途中から喧噪が聞こえてくる。

 怒号が聞こえたかと思いきや、爆発音が聞こえてくる。


 人と人とが争いあっている。


「ワタシが一人で行くよ。

 ユッコちゃんとリーリアはワタシが呼ぶまで待ってて」


「お主一人に危ないことをさせるわけにはいかんじゃろ」


「ワタシ一人の方が安全なのっ。二人を守りながらのほうがちょっと危ないかな」


「ならクロネを連れて行くと良い」


「ダメ。その子には二人の守りを任せるよ」


「ニャー」


「わしに、できることはないのかの?」


「そうだねぇ。無事に戻ってきたらぎゅってさせてよ」


「……阿呆め。一分だけじゃぞ」


「!? ワタシ、行ってくる!」

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