第34話 薄々疑ってた
「なんだかこわ~い夢を見てるようでした~。みなさん、ありがとうございます~」
正気に戻ったナナイに今までの事を話をした。
ナナイ自身は、噛まれてから発症した後のことははっきりと覚えていないようであった。
おっとりとした性格のナナイは、先の一言で全てを済ませたようじゃった。
もはやおっとりを通りこして、何も気にしなさすぎじゃろ! と思ったわ。
これで、わしらの役目は一区切り付いたと言えよう。
訓練場からのSOSがどんな状況であるかはわからんが、状況の確認と治療法を伝えねばならん。
わしらは全員で訓練場へ向かうことにした。
「スミセンが戻ってこんのじゃが、どうするのじゃ?」
「少し探して見つからなかったら、先に行きましょう。研究棟なら安全だろうから、書置きを残しておくわ」
わしらは食料や魔力回復薬など必要最小限の物だけをまとめて、準備をする。
「ルートは二階の連絡通路を通って、本館へ。
本館では二階を奥まで移動してから、一階、訓練場へと向かうわ。
途中、暗い状況でいつユーレ症候群者が襲ってくるかわからないから、リーリアさんとモイブ君が照明用のランプに火魔法で火を灯してね。
先頭を行く人はランタンも持って行動して」
「「了解です」」
「さぁ、みんな行くわよ」
わしらは全員で研究室を後にし、研究棟の二階へと進む。
研究棟は安全じゃし、実験が上手くいって上機嫌のわしは火を灯されたランタンを持ってズンズンと進む。
階段を降りきり、通路に出ようと曲がろうとした途端。
「フシャーっ!!」
猫の威嚇する声が響いた。
陽が沈み、暗くなった研究棟の中でランタンに照らされたのは黒猫、つまりクロネじゃった。
「ひぎゃぁぁあ!?」
そして通路の奥にうっすらと照らされる奴らの姿があった。
わしは思わずピョンピョンと後ろへ飛び、ミアルに受け止められた。
「ユッコちゃん!?」
「奴らがおるのじゃぁああ!?」
「全員、踊り場まで戻れ!!」
モイブが声を上げ、全員が慌てて階段を登って踊り場まで戻る。
その声に釣られたのか、奴らがおったのとは逆の通路側から一人の人間が走ってきた。
「スミセン先輩!?」
「スミセン先輩よぉ、こいつぁどういうことだ?」
ミアルが驚きの声を上げ、ストイーヤが訝しんで問いかける。
「急にユーレ症候群者が現れたんです! 逃げてた所でみんなの声が聞こえて!」
「スミセンよ、猿芝居はよすのじゃ。それ以上近寄ることは許さん」
「ユーレさん!?」
「ここに奴らをおびき寄せたのも、校門を倒したのもお主であろう?」
「なんのことを、言っているんです?」
かすかなランタンの光の中で、スミセンの表情が消えていく。
「校門が引き倒されておったじゃろう。奴らは門を押しこそすれ、引いてなどおらんじゃった。
それに、引き倒すにも壁が本来それをさせぬはずじゃが、そうはならんかった。
つまり、何者かに壁が崩されたのじゃ。例えば、土魔法での」
「……それだけでは僕が犯人と決めつけるのは早計なのでは?」
「お主は、恋人が校門におると言っておったな?
じゃが、あそこにはさすがにパン屋の娘というには高齢の女性と、わしより小さな女の子しかおらんかった。
個人的には年の差があっても本人同士が良ければそれで良いとは思うが、まだ恋を知らなそうな女の子を恋人というのはさすがにおかしいのではないかの?」
「……なるほど。とっさのこととはいえ、苦し紛れの言い訳ではあなたを騙しきれませんでしたか。それにしてもよく見ている。
しかも、そこにいるのがナナイさんですか。まさか治療法を見つけてしまうなんてね。
なおさら、あなた達を通すわけにはいかなくなりました。僕達の邪魔は決してさせない!」
「来るぞ!」
「<エクウィップウォール> <ストーンスプラッシュ>」
モイブが警告すると同時に、スミセンは魔法陣刻まれているだろう指輪と腕輪から魔法を放つ。
エクウィップウォールは自身の任意の場所に岩を鎧のように発現させる魔法で、主に守りに使う魔法。
ストーンスプラッシュは石を散弾状に放射させる魔法である。
「みんなは下がって!」
ミアルがわしらの前に立ち、トンファーで放たれた石を弾くが、スミセンは絶えないようにストーンスプラッシュを放ってくる。
「そうも言ってられんじゃろ。時間が立てば奴らが集まってくる。<ディレイ>」
わしが魔法を放つも、魔法の光はスミセンに避けられてしまう。
「それなら私がっ! <ファイヤー>」
「自分も助力しよう。<ウィンド>」
ファイヤーボールでは威力や音が大きすぎるからか、リーリアはファイヤーの魔法をスミセンの顔に向けて発動させ、モイブはその火を広がるように発動させた。
「くっ! この程度!」
スミセンの言葉とは裏腹に、人は咄嗟の事態には防衛本能が働くものじゃ。
両手をクロスさせるようにして、顔を庇って視界を遮る。
その隙を見逃すミアルではなかった。
「はぁぁあああ! たああ!」
階段の中腹から一足飛びでスミセンとの距離を詰めたミアルは踵落としで、顔を守っていた両手を蹴りつける。
容易くスミセンのガードを取っ払うと、顔面に向けて数発殴打を放ち、止めに後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。
「右腕とあばらが折れてると思います。無駄な抵抗は止めて下さいね。ユーレ症候群者が来ちゃいますよ」
「くそっ、予想以上の強さですね……。僕はここまでですか……。
だけど、あなた達をあの人の所へ行かすわけにはいかないんですよ……」
そう言うと、左手でビンを懐から取り出し、ビンに入った飲み物をゴクリゴクリと飲みだす。
魔力回復薬かと思ったが、ビンの形や色はどうも違うようである。
その飲み物を全部飲み切ると、スミセンの様子がおかしくなっていく。
「あは、あはは。あはははっ! さぁ、皆さん一緒になりましょう!?」
目は虚ろに、口はだらしなく、体全体が脱力気味になる。
その特徴は、奴らのそれである。
「え!?」
「そんな!?」
「マジかよ……」
「人を奴らにする薬……? そんな物を作りだしておるとはの!
くそ! 聞きたいことはまだまだあったんじゃが、ああなっては仕方あるまい……。
一旦、下がるしかあるまいて」
わしらは態勢を立て直し、方針の再検討のため研究室まで戻ることにした。
「ヒリア教授よ。本当に訓練場に向かうのかの?」
「ユッコちゃんが言いたいのは、ヤークト教授のことよね?」
「そうじゃ」
「んんん? どういうこと、ユッコちゃん」
「スミセンが飲んだ薬じゃよ。あれは魔法薬学の、ヤークト教授の研究室で作った物じゃと思う」
「ん~スミセン先輩が一人で作った物かもしれなくない?」
「スミセンが『僕達の邪魔を』とも『あの人』とも言うておったじゃろ? スミセンがわしらと一緒に行動していたのはヤークト教授の推薦があったからじゃ。つまり、ヤークト教授の命令で動いておったのじゃろう」
「あ、なるほど。それじゃSOSのタイミングでスミセン先輩が行動したって感じなのかな」
「恐らく、そうじゃろうな」
「話を戻すけど、訓練場に行くことに変更はないわ。
ヤークト教授が何か企んでいたとしたら、なおさらエンジ教授や生徒達が危ない。
それにスミセン君が飲んだ薬。
あれで確実に人をユーレ症候群化させることができるなら、一刻も早く止めさせないといけないわ。
ユーレ症候群者を治すにも人手が必要になるし、治せる人数も限るがあるわけだし……」
「エンジ教授や生徒会もグルという可能性はないかの?」
「少なくともエンジ教授は誤解されやすいけど立派な人よ。
生徒会は断定するほど彼らを知らないけど、薬の研究をしているイメージはないわ」
「それなら良いのじゃが、油断はしたくないの。
それで、みなはどうなのじゃ?」
「自分も訓練場の人達を助けることに同感だ」
「みんなが私を助けてくれたように、私も他の誰かを助けたい」
「私も~」
「俺もそれでいいぜ」
「ワタシも、できることをしたい!」
「それならわしも異論はないのじゃ」
「決まりね。SOSから時間が立ってしまっているけど、治療法を知っている私達の安全が優先よ。
もう一度、安全に進むための検討してから行きましょう」
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